好きな食べもの (トウヤ+マサノリSS)「ん、何これ? 随分と可愛らしいもの持ってんじゃん」
ドリンクバーから適当な飲み物を選んで席に戻った伊勢木マサノリはテーブルに乗っていたそれを手に取り「プロフカード? こんなの書いてどうすんの」と首を捻った。
「あ、こら勝手に見るなよ。レクリエーションで使うからって書くように頼まれたんだ」
新弾のパック開封の前に課題を片付けていた江端トウヤはマサノリからそのファンシーな紙片を取り返そうと向いの席に手を伸ばすも、ひらりと躱される。
「ふぅん、学生さんは楽しそうでいいねぇ、っても小学生みたいだけど」
マサノリはちらほらと空欄が目立つまだ書き途中のそれを興味深げに眺めた。医学生の癖に採血が苦手なところが面白い、というか、きゅっと目を閉じて恐々と採血をしているトウヤの姿が容易に想像出来る。採血する側になって人に針を刺す行為も苦手そうだ。
ひとつ揶揄ってやろうかと口を開くがもっと気になる記述を見つけた。好きな食べ物は──、
「おばあちゃんの肉じゃがねぇ」
「何だよ、その含みのある感じ」トウヤがムッと顔を顰める。
「別にぃ、たださ、普通に『肉じゃが』じゃあ駄目なわけ?」
「駄目ってわけじゃないけど、やっぱ俺の中じゃおばあちゃんの肉じゃがが一番なんだよなぁ」
もう食べられないのに? と問うのは流石に野暮なので黙る。普通に『肉じゃが』と答えてもいいだろうに、『おばあちゃんの』と付け加える我の強さ。
「いいねぇ、トウヤのそういうところ」
その素直な真っ直ぐさは無自覚に人を傷つける。
それを彼の身近なところで言えば母親が聞いたらどう思うのか──。人間は悪意なく人を傷つけることが出来る生き物だ。だからこそ面白い。
「──でさ、冷めても美味しくて、どんどんご飯が進むんだよ」
いかにその肉じゃがが美味しかったかを身振り手振りを交えて嬉しそうに熱弁するトウヤは思い出を懐かしんで記憶が誘発されたのか「……また食べたいなぁ」と悲しげに呟く。視線を落として課題を進める手が止まっていたことに気づくと彼は再びノートにペンを走らせた。
「その記憶を頼りに自分で作ってみたらいいじゃん」
「そう思って何度か試したことはあるけど、同じ味にならないんだよ」
「………ふむ」
それを聞いてマサノリは少し考えるようにして腕を組む。
話に聞く限り彼の祖母は波風を立てない控えめな性格だったようだ。嫁と姑の関係は様々だが状況から察するに、少なくとも肉じゃがに関しては江端家の味と呼べる何かが引き継がれていないのだろう。ならばその解決策は──、
「トウヤのお父さんってさ、兄弟はいる?」
「何だよ藪から棒に、……確か叔母さんが一人いるけど」
「それなら──」
マサノリは一番確実性のある助言を口にした。
◇◇◇
「悪い、待たせた」
トウヤは墓所の駐車場の片隅でやけに目立つ真っ赤なオープンカーの助手席に乗り込むと運転席に座るマサノリに詫びを入れる。
「いいえ、好きでやってることだしねぇ。で、おばあちゃんとはゆっくり話せたの?」
「うん、まぁな。──っと、そうだ。これ、ええと、あれだ。おすそ分け的な」
そう言うとトウヤは手にしていた紙袋からごそごそと小さな風呂敷包みを取り出しマサノリに手渡す。何かと思って包みを開くと煮物が詰まった小さなタッパーが姿を現した。じゃがいもと人参、玉ねぎ、絹さやで等で構成されたこれは──。
「肉じゃが?」
「そう。お前のおかげでまた『おばあちゃんの肉じゃが』が食べれたからな。あ、もちろんそれには肉、使ってないぞ」
「え、何々? 今日の為にわざわざ叔母さんに作って貰ったわけ?」
先日、ファミレスでマサノリがトウヤにした助言はどうやら功を奏したらしい。トウヤの祖母の子供である叔母であればトウヤが再現出来ないという肉じゃがの味つけについて何か知っているのではないか、と話していた。
「流石にそこまではしてもらってないよ。電話でレシピを教えてもらって俺が作った。肉が入ってると墓前に供えられないから抜いて作ったけど、それでも良い線いってると思う」
よくよくと見てみればタッパーの内側に見える野菜たちの切り口は見事に歪でガタガタだったが味には自信があるようだ。
「まぁ、それでおばあちゃんに供えるのは分かるけど何でまた俺にも?」
「それは礼を兼ねているのもあるけど、マサノリ、前に話した時うちのおばあちゃんの肉じゃがの味、疑ってただろ。だから覆してやらないとな、と思って」
トウヤはグッと拳を握る。
別にそこは疑ってなどないが、成程、トウヤにはそう受け取られたのか。それもまたトウヤらしい。
「それに自分が美味いって思ったものを友達に食べてもらいたいって思うのは普通だろ?」
トウヤは曇りなき眼で小首を傾げる。マサノリは友達という言葉に反応し、サングラス越しに双眸を瞬かせて小さく息を飲んだ。
「ははっ、──成程ね。ま、男の手料理って何だかむさ苦しくて花が無いけど、せっかくトウヤが俺の為に作ってくれたんだし有り難く頂戴しますか」
「むさ……、そういう一言が余計なんだよ。因みにお前の為じゃなくて、おばあちゃんのついでな。ついで。──って、今ここで食べるのか?」
マサノリはタッパーを開けると丁寧な所作で手を合わせたのでトウヤが思わず口を挟む。
「だって冷めても美味いんでしょ」
何となく今すぐこの肉じゃがを味わってみたくなった。マサノリは食べやすそうなじゃがいもを選び、ヒョイとひとつまみして口に含む。マサノリがもぐもぐと咀嚼する姿をトウヤは少し緊張した様子でじっと見つめ反応を伺った。
「あ、本当に美味い」
そう言ってマサノリは指先を舐め、「うーん、この味は……」と記憶を辿り味付けの推量を始める。一方のトウヤは「っ! ──だろっ!」と彼の口から自然と溢れ出た『美味い』という言葉に反応し、ニカッと嬉しそうに満面の笑みを浮かべるのであった。
おしまい