文字書きワードパレット『16約束のティータイム』16約束のティータイム
『甘い』『安らかな寝顔』『そよ風』
頬を撫でるそよ風が、妙に規則正しく生暖かくて、誰かの吐息なんじゃないかと思った。夢から現実へとゆっくり脳が目覚めていく。
隣はどちらも規則正しく寝息を立てる方だ。だけど、こっちだったらいいなという方へ手を首を回す。当たりだ。
「ちょろ……?」
普段は天井を向いているはずの顔が俺の方に。
安らかな寝顔だ。こういう時にしかゆっくり顔を見れないからじっくり見ておこう。身体を横にしてチョロ松の方を向き直す。
への字口に困り眉。閉じた瞳の中に俺よりも小さな黒目があるんだろう。
そっと触れたくなった衝動のまま、手で優しく頬を撫でる。こんなことしてるの、他の兄弟に見られたらヤバいけど止められない。
もち、とした感触と普段は触れない場所を触っている背徳感でぞくぞくする。こいつの頬なんて、喧嘩で引っ張る時以外触れない。こんなに柔らかいんだ。まあ、俺もそれなりに柔らかいけど。
起きていたら、きっとなに触ってんだよみたいに俺を叱ってくるんだろうな。チョロ松の反応って面白くてついつい意地悪してしまう。
「くぅ……くぅ……」
寝息が顔に当たる感触が近さを感じる。あと数センチでキスくらいの距離なんだ。そういえば、この前チョロ松が俺の寝相がひどくて抱きしめられたみたいに怒ってきた時あったな。あの時はなんで俺に記憶がないんだろうと惜しい気持ちになったけど今なら……キスしてもバレない!
何を隠そう俺はこの10年くらいチョロ松に拗らせた片想いをしているのである。流石に弟にこういう気持ちはおかしいことは分かっているので口や態度には出したことはない。多分。
キスって言ってもチュってするだけ。やってみようかな。こんなチャンスはそうそうない。この俺が兄弟が寝てる時間に起きてるなんてこと、これからないかもしれない。それに、もしかしたらキスをしたことに満足してこの想いを諦められるかもしれない。
色々な期待を込めてチョロ松の唇を見つめる。ちょっとカサついてて薄い。片想いしてからずっと見続けることしかできなかった唇だ。
よし、行くぞ……。頬に当てた手が震えてるけど大丈夫。いける。
さっきよりも顔を近づけるとふぅ、と寝息が顔全体に当たった。あまりの近さに一旦フリーズしてしまう。おい、俺。普段こんなじゃないだろ。
ちょっと触れて離れるだけ。やれる。やれるよね?勢いが大事だ。
もう一度、挑戦。今度は寝息がかかっても取り乱さないぞ。
チョロ松の唇はここ!と思いながら俺の唇を重ねる。ただ、身体の一部が触れ合っているだけなのに胸の奥から甘い痺れが。これ以上はやばいと思って唇を離した。でも、この感触は忘れられない。
なにこれ。諦められるかと思ったのに全然無理じゃん。むしろ、もっと欲しくなる。
「ん……」
もにょり、とチョロ松の口が動いた。少しだけ見えるその隙間の中はどうなっているんだろう。
好奇心のままにチョロ松の薄い唇を指で撫でた。さっきまで俺の唇が触れていたところをなぞる。
「ふ……ん?」
どうか起きて、起きないで。このまま続けさせて、早くやめさせて。相反する感情を反復横跳びしながらもチョロ松に触れることはやめられない。
「んん……」
永遠にも一瞬にも感じる時の中、俺のお楽しみはチョロ松が寝返りを打って顔が天井を向いたところで終わった。
「いつか、起きてる時にできたらいいな……」
もう、諦めるという選択肢は頭の中から消え去った。