ワードパレット6夜の散歩6夜の散歩
『夢のような』『前世の話』『流れ星』
「なー、まだ呑み足りないだろ?」
その一言から始まった夜の散歩はコンビニで買った適当な酒とつまみと共に河原に辿り着いた。
「この時間は暗いね」
「こんなに暗かったらなにしてもバレないよ?」
「えっ、ゲロ吐きそうなの?」
「そうじゃなくてさぁ」
おそ松兄さんの顔がグッと近づく。少しだけ酒の匂いがした。こんなに暗いのに、どんな顔してるのかは分かってしまう。
「やっと2人きりになれたねってこと」
分かってたよ、僕も。分かってて気づかないふりしてたんだ。
「そう、だね」
「なんか歯切れ悪いなぁ。お兄ちゃんとイチャイチャしたくないの?」
「したくない、わけじゃ……」
「じゃあ、とりあえずキスでもしておこうぜ」
優しく僕に触れる手も、唇も。真っ暗なのに鮮明だった。
目を閉じてもわかる。まるで夢のような感覚。
「はぁ……」
何度やっても慣れない。緊張してしまう。
「そんな緊張しなくても良いのにぃ」
「逆になんでお前はそんな普通なんだよ」
「だって、俺やりたいことぜーんぶやりたいんだもん」
ぎゅっと抱きしめられる。おそ松兄さんの顔は見えなくなったけど、耳に口が近い。これはまずい。コイツの声、すごく良いから。
「ね、誰も見てないからもうちょっと」
「ひっ……」
「そんなかわいい反応されると俺、どうにかなっちゃうよ?」
どうにかなるってなんだよ、なんてツッコミもできない。
する、とおそ松兄さんの手が僕の身体形をなぞるように触れる。それ以上は……。
「だ、だめだろ。お前も僕もいつかは離れなきゃいけないかもしれないのに」
「なにそれ、前世の話?チョロ松が俺以外選べるとか思うなよな」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、びっくりするほど冷たい声だった。腕は解かれ、肩をしっかり掴まれて、暗さで顔が見えないことが恐ろしい。なにを考えているのかわからない。
「僕はもう無理だけど、お前はできるだろ」
毎回、こうやって恋人のように触れ合うたびに、もう僕にはおそ松しかいないと思えてしまう。それがすごく嫌だ。
「本当にそう思う?」
「え?」
「俺だってもう、チョロ松以外考えられないよ。別に兄弟が一生一緒にいたっていいじゃん。いつか離れなきゃいけないなんてことない」
おそ松兄さんはこういうこと、なにも考えてないのかと思ってた。
「そうなの?」
「そうだよぉ。だから、そんな悲しいこと言うなよ」
ふと、空が明るくなる。その中で見えたおそ松兄さんの顔は見たことがないほど赤くなって、眉根を寄せて、どうしようもないくらい情けないような顔だった。僕が離れるのがそんなに嫌なんだ。
「うん……。もう言わない」
「待って、なんか今急に明るくならなかった?」
キョロキョロと周りを見渡している。
「うん。一瞬だけおそ松兄さんの顔がよく見えたよ」
「え、俺どんな顔だった?かっこよかった?」
「さっきのは流れ星かなぁ。どっちかと言えば隕石?」
「ねぇ、無視しないでぇ」
肩を掴まれているのでゆさゆさと揺さぶられた。
「言わない。秘密だよ」
あんな顔、僕だけが知っていれば良い。