雨の日と甘い恋「雨だなぁ」
いつもの部屋でぼーっとしている。外を見ていると何かを考えていても思考が全て雨に支配されてしまう。
「なんか、悲しい気持ちになっちゃうよなぁ」
ざぁざぁ、と雨の降る音に加えて、家まで走ってくる音が聞こえた。
「おそ松兄さんだ」
特徴的な赤色。わかりやすい。
ガラッと玄関を開けた音がした。
「ただいま〜!いや〜濡れちゃったよ〜!おっ、チョロ松いるじゃん。チョロ松ぅ、タオル持ってきて!」
うるさいなぁ。自分で持ってこいよ。
「……雨だなぁ」
無視しよ。
「ねぇ〜。チョロ松〜!チョロちゃーん?俺のチョロ松?」
玄関でベトベトであろう状態のまま、僕を呼ぶおそ松。他に家に誰もいないから仕方ないよな。母さんは買い物いっちゃったんだよな。
「……チッ」
仕方なく階段を降りてタオルを持って玄関まで行ってやる。
「うるせぇな」
「ありがとぉ。まってたよぉ」
嬉しそうにデレデレとしたしまりのない顔に向かってタオルを投げつけてやった。
「わぶっ!?」
「そのままでいたら風邪ひくだろ。はやく上がって自分で拭けばよかったじゃん」
言外に僕をこき使うなよと匂わせる。コイツは馬鹿だから気づかないだろうけど。
「でもぉ、チョロ松が持ってきてくれたら全部解決じゃん?俺はタオルのとこまで行かなくていいし、家も濡れない!」
「僕の労力がかかるんだよ」
「てゆーか、やべーくらいベトベトなんだけど。家風呂入ろうかな」
わしわしと頭を拭いた後でもおそ松兄さんの髪はつやつや光っていた。パーカーは水を吸って重そうだし、ジーンズも濡れて色が変わっている。
「それにしても、こんな日に傘忘れるなんて馬鹿なの?」
「へいへい。馬鹿だよ」
ぐいっとおそ松の腕が僕を引き寄せようとしているのに気がついて急いで離れる。
「うっわ、あぶね」
おそ松の腕がすかっと宙を掴んだ。
「チッ、バレたか。せっかくだから家風呂道連れにしようと思ったのに」
「タオル持ってきてやった人にやることかよ!」
ほんとひどい。クソ長男。
「だって、1人で風呂入るの寂しいんだもん」
ドロドロの靴下を脱ぎながらおそ松兄さんは呟いた。
「何言ってんだよ。もう成人だろ」
「雨の日ってさ。ただでさえ悲しい気分になるじゃん」
まぁ、たしかに。
「人肌も恋しくなるじゃん!」
否定はしないけど。
「僕に求めなくっていいだろ」
「えー、ひどい」
「全然ひどくねぇだろ」
当然だろ。僕の人肌求めて何が楽しいのやら。自分と同じ顔に、同じ体型。体温もそんなに変わらないはずだ。
「チョロ松が良いって言ったらどうする?」
「はぁ?」
なんか、伝えたいんだろうなってことは分かるけど何言いたいのか全然わかんない。
「まーいっか。お前ポンコツだもんなぁ」
よいしょ、と言いながら今度はパーカーも脱いだ。ぽよぽよとしたお腹が冷たそうだ。
「馬鹿だから心配してないけど、風邪ひくだろうから早くシャワーでも浴びなよ」
「おー。なんやかんや、チョロ松って優しいよね。そういうところ、お兄ちゃん大好き」
大好き、とかそんな簡単に言うなよ。ほんと、軽い。
「はいはい。じゃあ僕、2階に行くから」
「ん……」
急に口数少なくなったな。と思って振り返るとおそ松兄さんの顔が赤くなっていた。
あー、まって。もしかしてさっきの、ガチなやつ?
意識した瞬間、僕の顔も赤くなったんだろう。バレないようにちょっと早足で階段を登った。
あいつが僕のことを好きだとして何だと言うんだ。兄弟だし、ありえない。なんて言えない。
僕とおそ松。おそ松と僕。
いつも一緒にいて、たくさんイタズラして……。
あいつが隣にいないと、無性に寂しくなるんだよな。
特に、こんな雨の日は。
部屋の中で聞く雨の音に混ざって、おそ松の立てる音が聞こえる。
「意識するだろ、クソ長男……」
これからどうしようか。昨日までのようにおそ松に接することはできなくなったんだろうな。