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    mimuramumi

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    mimuramumi

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    星と水晶 序破急の序くらい

     ね、ボクのことも占ってよ。

     クリスタルマン個人の考えとしては。
     占いとはもはや目に見えない運命の糸や不確かな未来を導く標を言い当てるものではなく、迷える心に応急処置を施すための、一本の添え木に過ぎない。
     神秘が事実として扱われていた時代ならばともかく、現代において占卜が万物の真理を言い当てるなどと本気で信じている者は滅多にいないだろう。それにも関わらず路傍や雑居ビルの片隅で占いの看板を掲げる者が絶たないのは、それに力があるからだ。弱く不安定な心に指針を、あるいはひとつの決断をもたらす、目に見えない強さがあるからだ。
     だからクリスタルマンは占いが好きだ。非科学的で前時代的でナンセンスな、個人の雑な統計と偏った経験と勘で成り立つ、バーナム効果の極みともいえる占いが、大好きなのだ。非科学的と断じる者も多かろう。だが形のない不確かな、非科学的で非論理的なものを認めないというのならば、希望や夢だって否定されて然るべきではないか。
     もちろん、この思想が他のナンバーズに少々気味悪がられていることは承知の上である。だがクリスタルマンも理解してもらおうなどとは思っていないし、なんなら単機(ひとり)のほうが自分の世界に没頭できて良いと考えていた。の、だが……。
    「……何ですか、藪から棒に」
    「聞こえなかったの? ボクのこと占ってほしいんだ」
     そう言ってスターマンはにっこりと笑う。両手で頬杖をついた彼のそのしぐさは可愛らしくはあるが、同時に妙なわざとらしさも感じるのでクリスタルマンはあまり好きではなかった。嫌いになるというほどでもなかったが。
     それはともかく。クリスタルマンはにこにこしている兄機をじっと見つめ、彼の意図を推察しようとする。はて、懐っこいように見えて個人主義の彼がなぜ急に占いに興味を持ち始めたのか。…………。
    「最近見た歌劇に占い師が出てきましたか?」
    「えっ、すごおい! なんで分かったの?」
     目を丸くするスターマンにクリスタルマンはやれやれと頭を振る。
    「前も似たような動機でウェーブに絡んで嫌がられていたでしょう」
    「ウェーブってば、つれないよね。ブルーホールの画像が見たいから任務で近くに行ったら撮ってきてって頼んだだけなのに」
    「……まあ私はウェーブではないので、構いませんが。何を占ってほしいのですか」
     スターマンは表情を輝かせて身を乗り出した。クリスタルマンは机の上に水晶玉を準備する。これを使って何かをするというわけではないが、こういったアイテムがあると雰囲気が出ていい感じなのだ。
    「何を、とか決められるの?」
    「たとえば悩み事に関することだとか、あるいは将来の不安だとか。……どちらも無さそうですね。あなたには」
    「ひどいなあ。でも確かに無いや。そうだな……ほら、あれ、性格占いみたいなやつがいいな」
    「ではあなたの製造日を教えてください。西暦から時間まで」
     返ってきた日付と時刻を、クリスタルマンは立ち上げたソフトに正しく打ち込む。プロ御用達の誕生日占い専用ツールである。ちなみに決して安くはない対価を払い、規定の講習を経て入手した代物だ。クリスタルマンの持つ占い道具の中でも屈指のお気に入りである。
     結果が出た。出力された診断に多少の脚色を加えつつ、クリスタルマンは語りだす。
    「あなたは優しく社交的、集団を引っ張るムードメーカーですが、同時に公私の線引きを大事にするタイプです」
    「ふんふん」
    「仕事に関しては真面目で自分のなすべきことをしっかりこなします。人付き合いも良いので自然と周囲にはひとが集まるでしょう」
    「なるほどね」
    「自分の世界に没頭しすぎると周りを置いていきがちなことに注意。また、よく八方美人と思われてしまうため本当に深く付き合える相手は少ないかもしれません。交友関係を広げたいならあなたから歩み寄ってみてください」
    「あはは、そうかも」
     スターマンはころころと笑った。クリスタルマンは肩をすくめる。正直当たらずとも遠からずという感じだが、まあ本人はそこそこ納得しているようので十分に当たりの範疇だろう。
    「もっと詳しいのもありますが、時間がかかるのでこのくらいで。満足しましたか?」
    「うん、面白いね! ……あ、待って。一回だけ別の日付でやってもらってもいい?」
     そう言って告げられたのは、クリスタルマンにはまったく覚えのない日付だった。時期としてもフィフスが製造されるより前で、誰の誕生日なのか想像もつかない。
     この頃は確かサーズの計画が始まるか始まらないかというあたりだな、と考えつつ、クリスタルマンは乞われるがまま出力された結果をかいつまんで伝える。
    「好奇心旺盛で活動的。興味の幅が広く、さまざまな分野で活躍できます。あれこれ考えるよりまず体を動かすのが好きな行動派。時には勢いのあまり突っ走ってしまうこともあるのが欠点です。……これ誰の誕生日です?」
     スターマンは一度、大きな瞳を瞬かせた。それからどこか困ったように微笑み、首を傾げる。
    「こないだ読んだ本の登場人物。ごめんね、本当に結果が違うのかちょっと試しちゃった」
    「自分から占ってほしいと言っておきながら……」
    「ごめんって言ってるのに〜。でもこれ、本当に面白いね。また時間あったらお願いしちゃおっかな」
     そう言ってスターマンは席を立つ。どこへ行くのかと問えば、新たなナンバーズの戦闘訓練に呼ばれているのだという。彼の特殊武器であるバリアは性能が安定しているため、他のロボットの破壊力を計測するために呼びつけられることがままあるのだ。
    「担当がメタルマンなんだ。遅れたら怒られちゃう。……じゃあねクリスタル、付き合ってくれてありがと」
    「ええ」
     小さく手を振って部屋を出ていくスターマンを見送り、ひと息ついたクリスタルマンは取り出した水晶玉を片付けはじめる。彼を占ったのは初めてだったが、ああも楽しんでくれるなら、素直に次回も付き合ってやっていいだろうという気持ちになれるというものだ。頭ごなしに否定してくるグラビティーマンやストーンマンとは大違いである。
     しかし、とクリスタルマンは考え込む。次回があるならば、誕生日占いとは別の占いを用意しておかなければならない。何ならあの脳内プラネタリウム野郎のお気に召すだろう。思案しながら彼は水晶玉を磨きつづけた。手入れのかいあってその表面は鏡のごとく綺麗に反射している。



     次の機会は予想より早く訪れた。フィフスに割り当てられた待機所の片隅で手持ち無沙汰にタロットカードを捲っていたクリスタルマンの前に、スターマンはひょっこりと顔を出した。
    「ね、時間ある?」
    「ええ、構いません。どうぞ座ってください」
     わざわざ用件を聞く必要はない。椅子代わりのコンクリートブロックを差し出しながら対面を示せば、スターマンは喜色を浮かべて腰を下ろした。
     少し離れた場所にいたナパームマンがちらりとこちらを見たが、自身も混ざろうとする意思はないようだった。鼻歌まじりにコレクションの銃火器を手入れする彼を横目に、クリスタルマンはちょうど手元にあったタロットカードをスターマンに見せる。
    「今回はこれにしますか」
    「タロット占いだ! このタロットカードっていう道具がまず良いよね、雰囲気があってさ」
    「仰るとおりです」
     クリスタルマンは深く頷いた。スターマンは変わり者ではあるが、ことロマンに関しては深い理解があるロボットなのだ。そういうところはクリスタルマンにとっても非常に好ましい。
     カードを机の上に置き、山を崩す。広げた二十二枚のカードをぐるぐるとランダムに混ぜ合わせ、再び一纏めにしてスターマンの前に置いた。スターマンは首を傾げる。
    「普通にシャッフルすればいいんじゃない?」
    「タロットには上下がありますから」
    「ああ、なるほどね」
     納得した様子のスターマンに、クリスタルマンは問う。
    「今回占いたいことは?」
    「そうだね……悩みとかも無いしなあ。またボクのこと占ってもらおうかな」
    「ではポピュラーなものにしましょう。これから三枚のカードを引いてもらいます。一枚目は過去、二枚目は現在、三枚目は未来というように、時系列にそってあなたの運勢や状況を見ていきます」
    「わ、本格的な占いっぽい! 楽しみ~」
     クリスタルマンが促せば、スターマンはうきうきした表情で一枚目のカードを引いた。表側を上にして置かれたそれを見て、クリスタルマンはおや、と声を漏らす。
    「……『塔』の正位置……」
    「どんな意味があるの?」
     クリスタルマンは少し迷った。意外なカードだ。どう読み解くべきか悩みながらも、口を開く。
    「まずこの『塔』というカードですが、二十二枚の大アルカナの中で唯一、正位置と逆位置の両方でマイナスの意味を持っています」
    「ええー、ものすごく悪いカードじゃない」
    「それは時と場合によりますが……気になるのは、これが過去にきたという点です。あなた、何か嫌なことがありました? それも、かなり嫌な出来事が」
     『塔』は、築き上げたものが崩れていくさまを描いている。多くの場合このカードに象徴されるのは破綻や破滅、あるいはそこに付随する負の感情だ。正直、目の前にいるこの兄機とは結びつけづらい。
     スターマンは腕を組み、ううん、と唸る。
    「嫌なこと……嫌なことかあ。ロックマンにボコボコにされたこと?」
    「そう……かもしれませんね」
    「でも過去のことだものね。悪いことはもう終わったってことでしょ? これが未来とかだったら最悪だよ」
    「……ええ。では続きを」
     どこか腑に落ちないものを感じつつも、クリスタルマンは次のカードを引くよう促す。スターマンは二枚目を引いた。今度は『恋人』の正位置だ。
    「やった、恋人だって。ロマンチックだねえ」
    「深い絆や結びつき、調和、協調……他者とのプラスの関係性全般を表します。素直に読み取れば、ナンバーズとよい関係を築いている、といったあたりでしょうか」
    「そっかそっか。いいねえ、良くなってきた! 次は未来だよね? いいカード引けますように!」
     ぎゅっと手を組んで祈るポーズをしてから、スターマンは三枚目のカードを引く。現れた図柄を見て、彼の目が輝いた。
    「『星』だ! ボクにぴったり!」
    「いや……見てください。逆位置です」
     クリスタルマンはカードを指さす。並んだカードのうち、三枚目の『星』だけが上下逆になっている。
    「このカードは希望や再生、願いの成就を象徴します。タロットは一連の並びがストーリーとして読み取れる形になっていて、先程の『塔』の後、崩壊して何もなくなった場所に再生への希望が生まれる……というのが『星』のおおよその意味です」
    「それって良い意味じゃないの?」
    「正位置ならね。逆位置の場合、意味は反転します。つまり、いま言ったこととは逆の意味が出ています」
     解説しながらクリスタルマンは考える。深読みするまでもなく悪い結果だ。希望のない未来、もしくは望みは叶わない、あたりが妥当だろうか。
     しかし、よりにもよって『星』……スターマンと同じ名のカードでこんな結果が出てしまうとは。流石にフォローが必要だろう、と顔を上げたクリスタルマンだったが、用意していた慰めの言葉は出てこなかった。
     スターマンは何の感情も浮かばない顔で、逆位置の『星』を見下ろしていた。普段の溌剌とした彼とは似ても似つかない、冷たく無機質な表情で、呟く。
    「そう。叶わないんだ」
    「……スター?」
     動揺が出た。僅かに音程の外れた声で呼びかければ、スターマンはぱちりと瞬きをして顔を上げる。クリスタルマンと視線を合わせた彼は途端にへにゃりと表情を崩した。
    「ねえ~これ悪い結果だよね? ショックなんだけど……」
    「……気にしすぎないでください。カード三枚ぽっきりで全てが決まるわけでもないでしょう。それに、こんな結果が出たら「じゃあ本当にこんな未来が来ないよう気持ちを入れ替えて頑張っていきましょう」と解釈するものですよ」
    「そういうもの?」
    「はい。占いは基本的に、どんな結果もプラスに捉える者が得をするようにできています」
     そっかあ、とスターマンは頷く。ただ完全にはご納得いただけていないようだ。普段より沈んだ声でクリスタルマンに礼を言って立ち上がった彼は、まだ銃火器を触り続けていたナパームマンの元へ向かっていく。
     急に慰めてほしいと絡まれたナパームマンが困惑の声を上げるのを聞きながら、クリスタルマンは場に出た三枚のカードと山を崩し広げ、素早く混ぜて再び束にする。
     機体の駆動音に耳を澄ませながら目を閉じ、気持ちを落ち着かせてからカードを一枚引いた。目を開けてゆっくりと裏返す。……『月』の正位置。象徴するのは見通しのきかない状況、不安定、混乱、疑惑、あるいは……隠し事。
     ナパームマンに絡み続ける金色の機体を、こっそりと横目で追う。腹の底に薄く溜まった違和感がむくむくと膨れ上がっていく。占いは心の支えや行動の指針になるもので、真実を言い当てるものではない。だがやはり、今回ばかりはこのカードが本当のことを言っているように思える。
     スターマンは何かを隠している。
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