甘い年輪 正直言って山田のことは全然好みじゃない。そういう目で見たことは無い。だって線が細くて俺より体重軽いし、綺麗系だから。俺は割と好みがはっきりしてる方で少なくとも俺より背が高くて体重も重くて、筋肉もあって、雄が百パーセントって感じの野郎ばかりと付き合ってきた。だからあいつは好みじゃない。あんな綺麗なブロンドを伸ばして、華奢なゴールドのアクセサリーをつけて、シャネルなんか漂わせてるのは。
非常にどうでもいいことに先日彼氏にフラれた。女性と結婚することになったらしい。君のことは本当に愛していた、これは不本意な結婚だ、親を困らせたくなかった……等々、弁明を受けたが別に興味無い。俺とお前の関係は終わった。俺とお前はもう会わない。カリ高上反りちんこのことは結構気に入っていたから残念だ。ま、いいけど。全然。何子ちゃんだか知らないがお幸せに。やっぱ御曹司ってやつは色々大変なんだろうな。お相手も社長令嬢かなんかだろうか。大人の事情ってやつかな。どうでもいいけど。どうでも……
「へいへいイレイザー、昨夜は一段とバッドスリーピングでしたってツラしてんなァ!!」
「うるさい」
朝から声のでかいこいつ、山田は人の心の機微に敏く、高校時代がこいつにだけは隠し事ができなくて心底困っている。
山田は俺がゲイであることを知る唯一の人物だ。俺から告白したわけではない。知らぬ間に知っていたと言うべきか。高校時代、俺は山田と共につるんでいた白雲朧という男に恋をしていた。所謂初恋というやつだが、俺はその感情を墓まで持って行くつもりでいた。自分が傷付くことも、友を失うことも恐れていたから。
そうこうしているうちに俺たちは高校を卒業し、プロデビューし、一足先に白雲は所属事務所の回復系個性の女性と結ばれた。同期の中で最初の妻帯者の誕生に旧友たちは大いに沸いた。
白雲の結婚式の帰り道、バウムクーヘンの入った紙袋をぶら下げて山田と俺は終始無言だった。山田はなんだかんだと周囲に気を回す奴だから、賑やかな宴の後はそれなりにくたびれるのかもしれない。いつもそのくらい静かでいてくれた方がいいのだが。俺はというと、白のタキシードに身を包んだ白雲をぼんやりと思い出しては腹の奥で何かが腐って行くような、じくじくとした痛みに耐えるばかりだった。失礼ながら、奥方の顔もろくに思い出せやしない。
「なあ相澤、大丈夫?」
山田が俺の顔を覗き込みながら言った。
ここ数年ないほど心ここに在らずだった俺は少々面食らい、「何がだ」と弱々しく答えることしかできなかった。
「お前、今日来ないかと思ったんだよ。お前、まだ白雲のこと…」
山田はそう続けた。俺は何を言われているのかわからなかった。俺が、白雲のことを、なんだというんだ。何故俺が今日来ないと思ったんだ。たしかに多忙だ。しかし…
「なあ、相澤」
学生時代の親友だ。山田と白雲と俺は何かにつけて一緒にいた。共同で事務所を立ち上げようとまで言い合った仲だ。結局現実はそう上手く行かず、それぞれ個性や希望に合った事務所に収まる形になったが、それでも…
「相澤、おい」
時々連絡を取り合い、休みが合えば飯にも行ったりして、招待状が届く前から奥方の話は聞いていて…
「相澤。お前、泣いてんじゃん」
山田の声が遠くに聞こえる。