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    帽子屋(とある星の語り部)

    うちよそは、穏やか雰囲気で。
    うちの空は、ほんのりビターな雰囲気で。

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    POIPOI 26

    うちよそ【柴郡とnikoさんのお宅の緋月さん】

    出会う筈のなかった出会い暴風域生まれは、大精霊の加護を持たずに生まれる。それ故か、常に何かを渇望する乾きを持っていた。《満たされない何かを埋める為に、何かが欲しい》その乾きは、他者からの愛情や信頼といった感情から他者そのもの。又は、知識や技術など多岐にわたる。

    初期代から生きる星の子の中でも長く生き、経験豊富な方だと思う。
    それでも知らない事の方が多いと自覚するくらいの謙虚さも危険に対する危機感も対処法も持ち合わせているつもりだった。

    ーーーーー

    最近、書庫の禁止エリアに忍び込み禁書片手に優雅な読書タイムを満喫するのが日課だと、笑いながら報告してきたのは、捨て地で気紛れに拾った弟子の1人。ほどほどにするよう注意すれば、同じく忍び込んでくる星の子が気になって仕方がないらしい。(読書より、そちらが本命か)

    「自己責任ですまないこともある。十分に気を付けて遊ぶんだよ?あの場所は、色々と秘密が多い」

    そう注意を繰り返せば、弟子は笑って「分かっています」と答え姉弟子が作った甘さ控えめのポンドケーキを美味しそうに口に頬張り始めた。



    「秘密と言えば、面白い手帳を見つけましたよ」

    ケーキを堪能し、一息ついた頃。弟子がそんなことを言い始めた。

    「禁書エリアのかい?」

    「はい。棚の裏に落ちていたもので、古いメモを束ねただけのものですが、ご覧になりますか?」

    「持ち出したのがバレたら只ではすまないよ。蓮兎」

    「師匠が読みたがるかと思って、素晴らしく気の利く愛弟子が危険を顧みずお持ちしたんですよ。あーでも、読み終わったら返却をお願いします。場所は◯◯の裏です」

    「はぁ…調子の良い。それで、読んだ感想は?」

    「読んでいません。『うん?』というより読めなかったんです。」

    「読めなかった?」

    「知らない文字で読めなかったんです。師匠なら読めませんか?」

    真剣な眼差しで見つめてくる弟子に怪訝な表情を返し、手帳を開いた。

    「師匠…?如何ですか?読めましたか?」

    暫く無言で、ページをめくっていると蓮兎が興味津々と目を輝かせて尋ねてきた。

    「…日記帳みたいなものだね」

    「日記帳?」

    「初期代の最初期の頃の文字だね。その頃の書庫の星の子が書いた日記だよ。所々、知らない文字があるけど概ね読めるかな」

    「さすが師匠!で?で?どんな内容なんです?」

    「『今日のご飯は、パンと草原野菜のスープだった。美味しかった。』」

    「え?」

    「『今日は、倉庫の片付けを手伝った。がんばった。次もがんばろう』」

    「………」

    「だから日記帳だと言っただろう?若い星が何らかの理由で禁書エリアで落としたのが、偶然本棚の裏に入り込んだんだろうね」

    「禁書エリアですよ⁈わざわざ、落としますか⁇」

    「以前は物置とか、別の用途に使われていたのかもね」

    「苦労して持ってきたのに…」

    「せっかくだから読んでみるよ。ありがとう蓮兎。私が返しておくから、忘れなさい」

    目に見えて落胆した弟子の頭を撫で、笑いながら労いの言葉をかけると、弟子は更にテーブルに顔を押し付けて拗ねてしまった。
    暫く拗ねていた弟子は仕事があるからと、肩を落としたまま帰っていき、弟子を見送った柴郡は続きを読み始めた。

    他愛もない日常の一文日記。
    しかし、4回だけ書かれた【****】という文字。
    記憶を探っても出てこない、その読めない文字が気になった。

    今では指導者や導き手が、辛うじて読む事が出来るであろう【精霊言語】で書かれた日記。おそらく、この日記を書いたのは言語が星の子の間で使われていた最初期に生まれた書庫の星の子だろう。

    《今日、◯◯が✖️✖️と【****】について話しているのを聞いた。【****】ってなんだろう》

    《【****】について◯◯に聞くと、2度と口にしてはいけないと強く叱られた。【****】って何だろう?》

    《◯◯がいなくなった。みんなに聞いても知らないと言われる。どこに行ったんだろう?明日、大精霊様に尋ねてみようかな?》

    《文書管理エリアの奥から風が吹いてきた。どこか壁が壊れているのかな?明日、探して修理しなくちゃ》


    手帳に書かれた日記は、ここで終わっている。
    空白のページが数ページ残っていた。

    「文書管理エリアの奥…ね」

    あの場所は行った事があるが、隠し部屋などは無かったし特に気なるところもなかったはずだ。

    「となると、禁書エリアの方か」

    弟子に注意した手前、気は引けたが手帳を返すついでと自分に言い訳し、久しぶりに柴郡は書庫に足を運んだ。

    ーーーーー

    久方ぶりに訪れた書庫は相変わらず静かで、息遣いが聞こえそうな程に静まり返っていた。
    時折、デイリーや原罪への試練に向かった星の子が光の子を得る為に飛び回る羽音や、キャンドル集めに勢を出す星の子の声が木霊する中央エリアから一歩外れ、脇の回廊に踏み入れると書庫の星の子も疎なエリアに入り込む。

    精霊が生きていた時代や初期代時代の名残の残るそのエリアは、歴史的な遺産や書庫の名に相応しく様々な文献や資料を保管する部屋がいくつも存在していた。

    「まがりなりにも『導き手』だからね、俺」

    枕詞に『一応』とつく導き手である柴郡は、時折すれ違う書庫の星の子に会釈しつつ奥へと進んでいった。
    しかし導き手とはいえ、禁書エリアへは所属エリアの違う柴郡は入る事は出来ない。
    周りに星の子の気配を感じなくなった瞬間、柴郡は通称「グリッジ(すり抜け)」と呼ばれる技を使い、禁書エリアへと侵入を果たす。

    「先ずは手帳を返しておこうかな?本来の目的だからね」

    弟子に教わった場所へと手帳を戻し、立ち上がろうとした瞬間。柴郡のケープが不自然に揺れた。

    「何だ?」

    周りを見渡しても風が入る様な隙間は見えない。
    誰かが入ってきたのかと、扉を警戒するが開いた形跡はない。
    試しにもう一度その場に膝をつき、注意深く視線を巡らせると壁側の本棚と本棚の間に、不自然な一本の亀裂が見えた。

    その時、風がまたも柴郡のケープを揺らした。

    目に見えない何かに誘われるかの様に、そっと亀裂を覗き込むと薄暗い回廊が見える。更に目を凝らすと、奥に荘厳な扉が見えた。

    柴郡は、久しく感じたことの無い緊張感に戸惑っていた。

    「どうしたものかな?行くべきか、行かざるべきか。それが問題だ」

    かつて何処かの誰かが言っていた様な台詞を呟き、
    一呼吸すると柴郡はグリッジを使った。





    亀裂は回廊の途中にあったらしく、中に入ると左右に道が分かれていた。右の奥は、先程見えた荘厳な扉。左の奥は、先が見えない程に回廊が続いている。

    「さて、どちらに行こうかな?」

    柴郡が考えていると、右の扉の方から微かに風が吹いた様に感じた。

    「まさか呼ばれているのか?鬼が出るか邪が出るか。」

    花火魔法を使い杖を召喚すると、柴郡は慎重に扉に手を掛けた。

    中は書庫同様、淡い光に照らされている小さな空間だった。正面と左右に又も扉があった。
    柴郡は、小さく息を吐き気配を殺すと正面の扉を静かに開いた。


    「おや、君は誰かな?どうやって、ここまで入って来たのです?」
    扉の奥には、ぞっとする程美しい星が1人立っていた。

    「こんな場所に1人でいらっしゃる貴方こそ、どなたですか?」
    咄嗟に花火杖を前に出し、警戒する。忍び込んだのは柴郡だが、突如現れたその美しい星に柴郡の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

    「はは!突然、私の居城に入って来たのは君の方ですよ?先に名乗るのが礼儀というもの。しかし…まぁ良いでしょう。私の名は【緋月】。お見知り置きを侵入者くん。」
    その星【緋月】は、流れる様な所作で優雅に名乗り一礼して見せた。

    「これは、ご丁寧に。私は、雨林所属の導き手。名を柴郡と申します。突然の不躾な来訪、失礼しました。」
    忍び込んだ手前、正直に名乗るのは危険だったが、何故か「正しく、礼節を守れ」という強い脅迫概念のようなものが柴郡を襲っていた。

    「ほぉ、雨林からの客とは珍しいですね。導き手とは何かな?せっかく来たのだから、お茶でも飲んでいくと良い」
    そう言うと優しく微笑んだ緋月は、柴郡を更に奥へ進む様促した。

    「(導き手を知らない⁈星の子で知らないものはいないはず…まさか…本当に星の子なのか?)
    柴郡は、警戒を解くことなく緋月の様子を伺った。

    「どうしました?お茶は、好みにあいませんか?あぁ、警戒しているのですね大丈夫。私に敵意はありません。安心しなさい。」
    そう言うと緋月は上品に微笑み、柴郡に手を差し出した。


    「せっかくの家主からのお誘いを断るは、礼を欠く行為ですね。ありがとうございます。是非、頂きたく。丁度、喉が渇いていたところでしたので、ありがたいです」
    このままでは埒があかないと、柴郡は舌打ちしたい気持ちを抑え緋月からの誘いを受けることにした。


    案内された部屋は、格式の高さが伺える荘厳ながらも品の良い品々でまとめられた落ち着いた部屋だった。触り心地の良いソファに案内されると、目の前のテーブルに2対のティーセットが準備されていた。

    「あぁ来客の御予定が、おありでしたか。申し訳ないことをしました。私はお暇いたしましょう。」
    チャンスとばかりに、さも申し訳ないという表情で一礼し柴郡が踵を返そうとすると、柴郡の頬を風がひと撫でした。咄嗟に体を引くが、テーブルを挟んで目の前のソファに座る緋月に動いた様子は無く、可笑しなものを見るように笑っているだけだった。

    「はははは!貴方は随分警戒心が強いですね。緊張しているのは分かりましたが、少し肩の力を抜いては?何もしないと言ったはずですよ?少しの時間、ティータイムを楽しむだけです。お客は、貴方だけです」
    そう言うと緋月は、またも面白そうに笑った。

    「(一体なんなんだ!緊張のしすぎ⁈あたまがおかしくなりそうだ)」
    理解できない緊張と目の前の状況に、表情には出さないよう気を張るので精一杯の柴郡は、混乱し続けていた。だが、一呼吸するとソファに座り緋月に微笑みかける。

    「お恥ずかしい限りです。これ程、美しい星に出会ったことが初めてで、いささか緊張しているようです」
    「美しい星…か。賛辞の言葉、ありがたく受け取りましょう。ありがとうございます」
    「喉が渇いていたのでした。お茶を頂いてもよろしいですか?」
    「あぁ。どうぞ召し上がれ。」

    いつの間に注がれたのか、温かい湯気の立つお茶を柴郡は一口、口にする。

    「とても美味しい。こんなにコクのある美味しいお茶は初めて飲みました。」
    目を丸くして驚く柴郡を見て、緋月が又も笑う。

    「(随分よく笑う星だ)」

    「貴方は随分、おかしな星の子ですね。見ていて面白い。来客相手に、こんなに笑ったのはいつぶりでしょうね」
    「楽しませることが出来たなら、不躾に来訪した甲斐があると言うものです。よく来客があるのですか?」
    「時折、精霊が訪ねてきます。私は、ここから出た事が無いので彼らの来訪が風を運んできます」

    「(ここから出た事が無い⁈待て精霊が風を運ぶ⁈」
    今までの奇妙な現象の始まりが、禁書エリアで柴郡のケープを揺らした風であったことを思い出し、周りに目を向ける。

    「今は誰もいませんよ。安心しなさい。私が他者と関わることを、皆厭うのです。」
    そう言う緋月の瞳が、少し曇ったように見えた。

    「生まれてから一度も外に出た事が無いのですか?使命を果たした事が一度も無い?」

    「私の使命は、貴方たちとは少し違うだけのこと。私は、私の役目を果たしています。」
    柴郡は、鋭く光った緋月の目に言いようの無い緊張が走った。

    「そうでしたか。私の狭量で不快にさせてしまい申し訳ありません。お許し頂きたい。」
    柴郡が頭を下げ詫びると、緋月は肩をすくめて「気にしていない」と一つ頷いた。

    その後は暫く、たわいも無い世間話が続く。

    「楽しい時間は経つのが早いですね。長居をしてしまいました。そろそろ、お暇します。」

    「そんなに時間が経っていましたか、私こそ引き止めてしまいましたね。」
    そう言うと柴郡は立ち上がり、緋月に一礼し扉へと向かう。その背に、緋月が声を掛けた。

    「またお茶をしましょう」
    「喜んで。では、私はこれで失礼します」
    微笑みかける緋月に柴郡も微笑みかけ、そう言うと扉を開け外に出た。

    「次は…お互いの名を呼んで話をしましょうね」
    扉が閉まる瞬間、緋月の声がすぐ背後から聞こえた気がした。


    ーーーーー


    柴郡は後ろを振り返る事なく禁書エリアに戻り、書庫のエリアを後にする。雨林にある自室に戻ると、深く呼吸をし、瞬間その場に座り込んだ。

    「あははは!」
    自室に柴郡の笑い声が響く。

    「触らぬ何とかに祟りなしとはこの事か好奇心は身を滅ぼす!とはこのことか‼︎あぁしまった…長く生きて、これ程後悔したことはない…」
    天を仰ぎ、一息に叫んだ。

    気付いていて気付かないふりをしていたのだ。自分が《わざと》緋月の名を呼ばずに会話していたことを。《わざと》自分の名前を呼ばせないように会話していたことを。
    何食わぬ顔で微笑みながら、ティータイムを楽しんだのだ。

    「暴風域生まれの悪癖が、こんな形で出るとは。俺も、まだまだ未熟者ということか…」
    渇いた笑いと共に呟いた柴郡の表情は、声とは裏腹に恍惚としていた。

    暴風域生まれ特有の乾き。柴郡の場合【知識欲】という形で乾きは現れる。《知りたい》という欲が昔から強かった柴郡は、よく危険な事にも足を踏み入れる悪癖があった。長く生き、ある程度はコントロールする術を身につけたつもりだった。

    《望んでしまった。
    「【緋月】のことが知りたい」と‼︎
    望んでしまった。
    「【緋月】が欲しい」と‼︎》

    「アレは、手を出してはいけない領域だ。決して手に入らない存在だ。身を滅ぼすだけかもしれない…あぁ…しかし困った‼︎知りたくてたまらない…欲しくてたまらない…」
    「はは…外に出てはならない…確かにそうだろう。出ては…奪われるかもしれない。博識なのに、何処か浮世離れしていた…そもそも…彼は本当に『星の子』なのか?」
    恍惚とした表情を浮かべ、ぶつぶつと呟く柴郡は何処か取り憑かれたように空虚を見続ける。

    暫く呟いていた柴郡だったが、目に光が戻り不意に立ち上がる。

    「まずは、お互いを知ることから始めるか…次は手土産でも持って行くかな…何が良いだろう?何が好きで何が嫌いだろうか」

    「そうだ!【****】について知っているかも知れない。仲良くなったら話題にでもしてみるかな。手帳を見つけた蓮兎にも、御礼をしないといけないな。」

    「あぁ年甲斐もなく、はしゃいでいるようだ。落ち着かないとね。冷静に。冷静に。」

    自分が出会った相手が何者か知らず、次の機会に心躍らせる様は、まるで初めて恋を知った年若い少年のように輝いていた。

    出会うはずのない相手との、今はまだ動き出したばかりの運命が何処に辿り着くのか。
    誰にも分からない。
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