気分転換は大事です柴郡には悪癖がある。
とめどなく湧き出る『知識欲』が最たるものだが、もう一つ。疲れやストレスが溜まると出てくる症状で、当事者は《まったく》気にしていないが周囲の星々や、果てはそれを見た大精霊までもが「しばらく休んではどうだ」と肩を叩くほど、周囲を困惑させるものだった。
気にせず普段通りに接するのは、彼の弟子たちぐらいのもので他の星々は皆一様に視線を逸らしたり労いの言葉をかけていた。見るに耐え難いというより、彼らなりの優しさだった。
しかし、季節柄の仕事の多さにトラブルと、立て続けに休みなく働いていたある日。最近雨林の神殿勤務に入ってきた新星に、面と向かって言われた言葉が疲れが溜まっていた柴郡の「知りたい」という欲に火をつけてしまった。
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「これは何かな?柴郡君」
数日ぶりに顔を出した柴郡から見て欲しいと渡された、1冊のスクラップ帳。
受け取り中身を見た緋月は、珍しくも困惑していた。彼が見せた意図が、まったく分からなかった。
「私の弟子が写していた写真なんですが、被写体を見てどう思われますか?」
「…かわいいかな?」
緋月が準備してくれた紅茶を飲み、持参したバームクーヘンを食べながら柴郡が尋ねると、彼からは疑問符が付いた返答が返ってきた。柴郡は深く頷き「私も、そう思います」と返すものだから緋月は益々、困惑する。
スクラップ帳には、様々な格好の星の子の写真が納められていた。
「このアフロのリトル面を付けた写真は、雨林のデイリーの日に溺れた雀を助けるため飛び出した瞬間です」
「実に躍動感に溢れていますね。頭のリボンも可愛らしい」
「このロン毛でハイキング精霊の面を付けた写真は、神殿に続く橋を起動してスキップして渡ろうとしている瞬間です」
「翻したスカートが颯爽とした感じを出していますね」
「この雪だるまが、マシュマロを焼いている写真は私のお気に入りなんです」
「頭にツノを生やして草原でマシュマロを焼いている姿は、何処か哀愁漂う姿ですね…それで?柴郡、君は何を言いたいのですか?」
「…かわいいと思うんです。可愛いものを見ると癒されると聞いたことがあったので実践して、癒やそうとしたんですよ…少しの笑いも含んだら、更に良いと思っていたんです…」
「私の疲れを癒そうとしてくださったのなら、ありがとうございます。ですが…これは…」
「いえ…それもありますが、最近忙しい緋月さんだけでなく神殿の者たちの疲れも少しでも癒そうと思ったんです」
「良い心がけとは思いますが…こちらを見せられても皆、困惑するだけだと思いますよ?癒しを求めるなら休みをとるなり、別の方法をお薦めします」
「最近はスルーされますが、弟子たちが最初は笑って見ていたり楽しそうに写真を撮るものだから喜んでいると思っていたんです。」
目に見えて肩を落とす柴郡に、紅茶のお代わりを勧め緋月が苦笑する。
「師の気持ちを察する良い子たちですね」
「ええ。最近は生意気になりましたが、可愛いものです」
「ところで…神殿のものたちにも、コレを見せているのですか?」
「はい。」
「皆の心中を、お察しします」
苦笑して紅茶を飲む緋月の横顔を見ながら、柴郡が天井を見上げてポツリと呟く。
「大精霊様にも言われましたよ…」
「見せたのですか?雨林の大精霊に?」
「はい。少々、頭の痛い会議があった時に少しでも場が和めばと思ったんですよ…」
「柴郡君?会議は真面目に行うものですよ」
「私は大真面目だったんですが…大精霊様にも同じ事を言われて…終いには『疲れているようだから早く休むように』と先に帰されてしまい…」
「そうでしょうね」
「皆にも疲れているなら早く休めと労われる様になり…先日は、新しく入った新星に『柴郡さまは、何故そのような可笑しな行動をとるのですか?』と聞かれてしまい…そんなに可笑しな行動なのかと緋月さんに意見を聞いてみたくなった次第です」
緋月は珍しく落ち込んでいる柴郡に、何と声をかけたものかと考えていた。善意の行動のようなだけに下手に止めろとも言えず悩んでいると柴郡から、とんでもない言葉が飛び出す。
「弟子の彩葉が毎回、写真を撮って平然と話しかけてくるものだから…そこまで可笑しな格好をしているつもりが無かったんですよ」
「………柴郡君?今、何と言いましたか?」
「え??弟子の彩葉が写真を「その後ですこの写真の星の子は、君なんですか⁈」…はい。そうですが?あぁ…緋月さんの表情を見る限り、やはり俺は癒し系では無いんですね」
「この写真集を皆に見せていたのですよね?」
「いいえ。その姿で活動している瞬間を皆は直接見ています。写真を見せるのは、流石に恥ずかしいですよ」
緋月はスクラップ帳の写真と、目の前で苦笑し項垂れる男を数回見比べた後、言いたい事を全て飲み込み、たっぷりとひと呼吸をおいて彼に微笑みかけた。
「柴郡君。君は疲れているようだから早く休んだ方が良い。客室を準備するから休んで行きなさい」
「有難いですが…流石に申し訳「良いから寝なさい」あ、はい」
柴郡を客室のベッドに無理やり押し込め、これまでの会話のやり取りを思い出した緋月は、雨林の大精霊と星の子たちの気苦労に深く哀れみを覚えるのだった。