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    いちか

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    いちか

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    ハロウィンの話

    仄かに揺らぐ暖かな蜜柑色と梔子色の光を受けて、暮れかけた空は紫紺に染まる。大小様々な唐茄子の燈會が飾り付けられた騎空艇もその例に漏れず、ここそこで悪魔祓いの呪文と共に年少の団員達が菓子を貰いに練り歩いていた。
    騒がしい甲板から離れ、やはりそれらしい装飾の施された廊下灯の下をアルベールは歩く。行き交う団員達に声を掛け、焼き立ての菓子の甘く香ばしい香りのする料理室の横を通り。雰囲気を醸し出す為に極力光源の抑えられた灯りは狭い範囲を照らすだけに留まっており、少し光から離れれば屋内は足元も覚束無い闇さであった。
    注意深く階段を降り、慣れた足取りで部屋へ向かう。隙間から光一筋すら漏れていない扉の前で止まると、来訪の合図として数回ノックした。しん……と静まり返った空間に応答は無く、代わりに中からドアノブを回す音が返る。

    「……!?」

    僅かに開いた扉を突いて押し開き、顔を覗かせたのは部屋の主であるユリウスに寄生した星晶獣デストルクティオであった。爬虫類の様な硬質の鱗に覆われたその頭部に当たる部分には魔女の様な小さな尖り帽子を被り、首に当たるだろう部分には黒いマントともケープとも判断しがたい布が巻かれている。それが藤製の籠を咥えており、横から現れたもう一体がその中から小さな紙袋を口にしてアルベールへと差し出した。

    「……ユリウス?」

    "此れ"が居るのなら、間違いなく彼は居るのだろう。慣れた仔猫の様にアルベールへと擦り寄るデストルクティオの頭を撫で、部屋の奥へと進む。パタン。閉じた扉の音に、暗がりで昔ながらのテーブルランプの傍らでユリウスが漸く顔を上げた。読書にでも耽っていたのか、本の頁を閉じ机に置く。重厚な音が響き渡ったのは態とだろうか。
    細い銀縁の眼鏡を外し、小さく微笑を零す。

    「呪いの言葉も無く菓子を奪う不躾な子供が来たかと思ったら君だったのか」
    「……不躾な……って、俺はちゃんとノックしたし、菓子を押し付けてきたのは触手の方だろ」
    「それを疑問にも思わない所が実に君らしいよ」

    皮肉たっぷりに言ってはいるが、なんだかんだでこのイベントを少しでも愉しむ気はあるのだろう。
    机の下から引き出されたスツールにアルベールが腰掛けると、やはりくつくつとユリウスは嗤い傍らのアルベールの下顎を撫ぜた。絹の滑らかな手袋越しに武骨な指先の圧を感じ、ぞくり、肌が粟立った。

    「お前も……ハロウィンを楽しもうとしてるのは意外だったな」

    じくじくと触れられた場所から微温く拡がる熱を押し殺してアルベールは返す。
    改めて橙の小さな灯りに浮かび上がるユリウスの格好を見詰めれば、それは余りにもこの宵闇に似合う姿だ。普段は下ろしている髪は高く結い上げられ、臙脂の飾り紐で括られている。その為に露になった耳には紅い石が揺れている。白いジャボには陽の色を溶かした様な石のブローチが留められ、肩からはベストをきちんと着込んだ正装を覆い隠すように黒いマントが羽織られていた。申し訳ない程度に髪に飾られた蝙蝠の翼を模した飾りを見る限り、あの吸血姫のお嬢ちゃんに倣ったものだろう。触手達が帽子やケープで飾られて思い思いに蠢いているのも、"ハロウィンだから"という理由で何かの絡繰として思わせることが出来るからかもしれない。
    すっと細められた切れ長の目が此方に視線を向けている。いつもと見せる表情は同じ筈なのに何処か「勝てない」と思わされるのはこの仮装故だろうか。

    「君もね」

    本意ではない衣装だろう?その問い掛けにアルベールは頷く。

    「だが、最後に一番愉しそうにこれを嵌めてきたのは親友殿だったな……?」

    毛で覆われた手袋で触れた首には取り囲む様に棘の付いた首輪が聢りと嵌められていた。アルベールが纏う衣装自体は雷迅卿の騎士団の面々が用意したものである。ふさふさと毛に覆われた黒銀の耳のカチューシャにベルトに括り付けられた尻尾。それから揃いの毛並みの手袋を着けていた。"狼男"にしてはやや人の要素を多く残しているし、それ以外は普段の軽装と然程変わらない為か多少居心地の悪さを覚えている。本来なら頬にそれらしいペイントを施すだけのつもりでいたアルベールはあれよあれよの内に着替えさせられ、困惑を隠せない所に現れたのがユリウスで。

    「『優しい優しい』親友殿が人食い狼の真似事なんて、余りにも滑稽だとは思わないかね?飼い慣らされて隷属している方がしっくりとくる」
    「……何か引っ掛かるな」
    「そうかい?」

    ふふ、と笑うユリウスはそれ以上何も言わず、含ませたまま紅茶の入ったカップに口を付ける。アルベールはそれに倣い、彼の触手から受け取った包みを開いた。掌に乗る小さな小さな紙袋の中には何の変哲もない黒くて丸い飴が5粒入っている。料理上手で凝り性のあるユリウスの事だ。これもイベントに合わせて作ったものなんだろう。
    その内の1つを何気なく取って口に放り込んだアルベールは、途端口内を侵し、ピリリと舌を焼く薬の様な臭いと塩味に思わず飴を吐き出した。

    「うぇっ………!!今度は何を入れたんだ!?」

    唾を吐き口を拭う反応にユリウスは、ここ一番のこの上なく愉しそうな笑顔を見せる。足下に転がって来た飴粒を拾うと軽く息を吹き掛けて舌に乗せた。

    「何って、何も毒を入れたわけじゃないんだがね。只のリコリスだよ」

    からからと口の中で飴が跳ねる。

    「黒糖飴の中に1つだけ混ぜていたんだが……最初に引き当てるなんて流石親友殿だ」
    「悪戯避けのお菓子に悪戯を仕込むな!」
    「おや、趣旨には充分添えてると思ったんだけどねぇ……喉の炎症には効く筈だし、君にとっては悪戯どころか効果絶大だろう?」

    よしよし、と宥めるようにアルベールの傍に寄ったユリウスは未だ納得の行かない顰めっ面で睨むその髪に触れる。輪郭を指先で撫で、顎を持ち上げた。

    「………ぅ、ッ」

    唇に触れた舌先が再び薬膳飴を押し込んで来る気配。幾ら身体に良い成分だとはいえ、雰囲気に押し流されそうだとはいえ、此処で屈する訳にはいかない。
    苦手な味があるのを分かりつつも舌で押し返す。二人の間で廻りながら蕩けていく飴は、何方の口にも入る事なく、透明な糸として床に伝い落ちた。
    暫く続く些細な攻防。その末に、ユリウスは漸く唇を離した。そうして、今更思い出したようにアルベールへと問い掛ける。

    「それで、君は此処へ何しに?」

    口に残る苦味を流し込むように唾を飲み込み、アルベールは椅子から腰を上げる。

    「……多分……悪戯、だな。相変わらずずっと部屋に閉じこもったまま出てこない誰かさんへの」

    とん。厚みのある彼の胸元に手を置いて。襟から覗く首筋に舌を這わせて。そのまま耳の縁へ口付け、耳飾りの金具を舌先で弄ぶ。
    僅かばかりの驚愕を見せた菫の瞳を横目に、柘榴石の瞳は爛々と。情慾の色を乗せて囁く。

    「でも、俺には加減がわからないからな。覚悟してくれ」
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