ざりざりと新雪の上に1本の線を引く。
「それから、この線を越えて投げるのは駄目だ。そして、此処に相手が侵入したら負けだ。いいな?」
一通りのルールを確認し、そう告げるとアルベールの周りに集まっていた子供達は、わぁっとそれぞれの陣地へ戻っていった。
なんてことはない。ただの雪合戦である。
既知の報告ばかりの退屈な会議を終え、昼食を取ったアルベールとユリウスは騎士団の詰所に戻る途中で雪遊びに興じていた子供達に囲まれた。折角なら腹ごなしに付き合おうか、ということで彼らの遊びに混ぜてもらうことにした。ただそれだけの話だ。
開始の号令と共に投げられる雪玉を避け、素早く一つ目のシェルターに身を隠す。
雪玉に当たらずに相手の陣地へ侵入すれば勝ち。子供相手に大人気ないものだが、その子供達に雷迅卿として先陣を切ってほしいと頼まれてしまえば無下に断るわけにもいかないだろう。
壁越しに敵陣の様子を覗えば、ユリウスは少女達と雪玉を作る方に回っているのか、その姿は見えない。息を呑んで、雪玉の投げられる間隔が長くなり始めたその隙を狙う。
一瞬の虚を突いて、相手の陣地へ飛び込もうとしたその刹那。アルベールは立て続けに飛んで来た雪玉の迎撃を受けていた。
「――……なっ!」
其処には誰も居なかった筈だ。しかし、雪を払い顔を上げたところで、こんなことが容易に出来る相手の存在を思い出す。
「どうかしたのかな?」
「どうかしたのか、ではないだろ!」
シェルターの陰から姿を現したユリウスが雪玉を手にくつくつと嗤っていた。
まだ雪を被ったまま睨み付けるアルベールの視線の先には雪玉を大口で咥えたままゆるりと顔を此方に寄せてくるデストルクティオが居た。
「卑怯とは言わせないよ。これは私の身体の一部でもあるからねぇ。競技人数を増やしたわけではないんだ。それに身近にある物を上手く利用するのは戦術の内だろう?」
ぐっ、と言葉を詰まらせるアルベールへユリウスは更に畳み掛ける。
「それにこれは私ではなく其処の彼の作戦だ。将来有望な軍師になるよ」
頭を撫でられた少年は得意気に微笑い、それから恐る恐る頸を降ろしてきた触手の顎を撫でた。擽ったそうに体を捩った其れは再びそっと彼の掌に寄り添いに行った。
子供の順応性には全く恐れ入る。恐ろしく蠢く触手が見た目よりもずっと大人しいのだと理解った途端に、怖いけど可愛い等と撫でに来るのだから。
「……という訳で親友殿の負けということになるが……どんな罰を受けてもらおうかねぇ」
子供達に囲まれながら、そんなことを愉しそうに呟く光景が、何処かミスマッチでアンバランスで。
銀世界に少し墨を垂らしたような暗い白の中で珍しく見せた屈託無い微笑に「そんなこと約束してない」なんて反論する気が起きる訳もなく、アルベールは雪に湿る髪を掻き毟りながら「加減はしてくれ」と大きく溜息を吐いた。