神会議という名の飲み会
わいわいと賑やかな声が飛び交うヤチヨの居酒屋。
湯気の立つ料理と、香り豊かな酒。杯を交わす中で、ふとマツリが口を開いた。
「ねえ、今更だけどさー。鬼の素顔ってどんなの?面外してみてよー!」
「お前……ほんと唐突だな」
面越しに呆れたような声を返すカイ。
「だってさ〜この間スバルがポロッと言ってたの。“カイの素顔、見た目と反してたからバグかと思った”って!」
「……スバル。誰にも言わないって、約束しただろ」
「ご、ごめんなさい……酔ってて、つい……」
頭をぺこりと下げるスバルに、カイはため息をついた。
「ったく。見たところで面白ぇもんじゃねえよ」
「ズルいじゃん!スバルだけとかズルじゃん!もしかして目がさ〜33とかで、鼻がビヨーンってなってるかもしんないじゃん!興味ある〜〜!」
「……ゴネても、面は取らねえ」
カイがクラマに目線を送る。
「クラマも知ってるぞ」
「ん?」
「ねぇねぇ、鬼の顔ってどんなの?」
マツリがずいっとクラマに顔を寄せる。
クラマはふっと笑って答えた。
「ただの鬼の顔だぞ」
スバルがその横顔を見ながら、心の中で思う。
(……“ただの鬼の顔”か。あの綺麗な顔を、そう言うんだ)
その場の空気が少しざわつきかけたところに、うららかがやんわりと割って入った。
「まあまあ、マツリちゃん。そんなに怒ってたら、せっかくの可愛い顔が台無しですよ〜。こっちのお酒も甘くて美味しいですよ〜🌸」
「えっ……!? あま〜〜い!おいし〜〜!!❤️」
マツリが一瞬で話題を変え、場はまた賑やかに戻った。
カイはその様子を見ながら、ほんの少しだけ肩を撫で下ろした。
──助かった、と思った。
⸻
【帰り道】
夜風に揺れる木々の音だけが、しんとした道を包んでいる。
「……ありがとな。面のこと」
カイがぽつりと呟く。
「別に…お前の素顔なんか見ても面白くないと思ったからな。まさかスバルにまで見られてるとは思わなかったが」
「……豆まきの時にな、豆が面の目のとこに入っちまって。仕方なく外したんだ」
クラマがちらりとカイを見る。その視線には、ほんの少し拗ねた色がにじんでいた。
「……俺だけだと思ってたのにな」
「俺から見せたのは、お前だけだよ」
そう言って、カイはクラマの腰を引き寄せる。
クラマは少し間を置いてから、鼻で笑うように言った。
「じゃあ……許してやるか」
⸻
【秋の社・夜】
「あ〜……疲れた」
腰を下ろしたクラマの膝に、カイが頭を預ける。
重さを感じさせないその仕草に、クラマは慣れた手つきでカイの面に手をかけた。
すっと外れた面の奥には、見慣れた──それでも息を呑むほどに整った紫の瞳をもつ顔。
「……バグか。スバルは言い得て妙なことを言うな」
「……なんだよ、それ」
「仮面の下のその顔はな、俺にはクリティカルヒットっつーことだ」
「……へぇ。じゃあ──」
カイがクラマの襟元をつかみ、顔を引き寄せる。
「この顔で良かったって、思えるぜ」
そのまま、唇を重ねる。
短く、けれど確かな口づけ。
「クリティカルってことは──お前に会心の一撃を与えられるのは、俺だけだな」
クラマの頬がほんのりと染まる。
けれど、俯きはせず、まっすぐその紫の瞳に返す。
「……そうだな。たしかに、お前だけだ」
【後日譚・秋の社にて】
秋の里の昼下がり。
今日も穏やかな風が吹く中、クラマはいつものように将棋場で詰将棋をしていた。
そこへマツリがひょこっと現れる。
「やっほークラマ!今日も引きこもってんの〜?」
「……外にいるだろ」
「あははっ、まあまあ。で?1人でそんなんして楽しい?」
クラマは、ふと何かを思い出したように目を細めた。
「そういえば、お前。前に“カイの素顔が気になる”と言っていたな」
マツリの目がキラッと光る。
「え!?なにそれ、覚えててくれたの!?ってことは……まさか……!」
クラマは得意げにふふんと笑うと、袖の中からそっと一枚の和紙を取り出した。
「わざわざ描いてきてやったぞ。ありがたく拝め。たしか、こんな顔だったはずだ」
そう言って、彼女の前に和紙を広げる。
そこに描かれていたのは──
丸く描かれた目。伸びきった鼻の下。異様に広い口元。
どこかで見たような、某・昭和漫画のガキ大将を彷彿とさせるような顔。
それは、明らかにクラマの悪意──いや、ユーモアに満ちた似顔絵だった。
マツリは一瞬、絶句したのち──
「ぶっっっっっっ!!!なにこれ!!ダッサ!!ひっど!あっはっはっは!!!」
地面を転げまわる勢いで爆笑した。
その声に釣られて、秋の社に帰ってきたばかりのカイが顔を覗かせる。
「……何の騒ぎだ?」
「ねえ見てカイ!クラマがさ、あんたの顔描いてくれたんだけど、これ!これだよ!」
「…………」
和紙に描かれた自分(?)の似顔絵を見たカイの眉間がピクリと動く。
「……おい、クラマ」
クラマは扇子で口元を隠しながら、涼しい顔で答える。
「ん? 俺なりに記憶を頼りに描いたまでだが?」
「……お前…後で覚えとけよ💢」
「春や天にもみせてやろ〜❤️」
とマツリは上機嫌で帰って行った