これを奇跡というのならクリスマスイブ。昼過ぎにユニットでの仕事を終えて、星奏館へ戻る。
今夜は借りているマンションで、要とCrazy:Bのメンバーとクリスマス会だ。二人きりで静かなクリスマスもいいと思っていたが、折角なら一緒にと提案をもらい賑やかな方が要も喜ぶだろうとその提案に頷いた。
オードブルもケーキも、ニキが用意してくれたらしい。ただ作って食べてもらうのが好きなニキは、いつも予算オーバーの豪華なものを作ってくれる。これで、と渡した報酬の全てが材料費に消えているのではないかと思うほど。
会場となる家の準備をするために、一足早く帰らせてもらう。他のメンバーは食べ物なりなんなりを後で持ってきてくれることになった。
「お兄ちゃん!おかえりなさい」
「ただいま。昼ごはんは食べたか?」
「はい!あまり食べると夜食べられなくなるかもしれないので、控えめにしましたけど」
「楽しみにしてるんだな。他のメンバーは夜に来るから」
「お兄ちゃんと過ごすクリスマスだから…浮かれて当然なのです」
「…そうだな。俺も嬉しいよ」
賑やかに過ごすクリスマスなど、知らなかった。
慣れている風を装っているが、「一般的」なクリスマスがどういうものなのか、調べたりさりげなく話を聞いたりしたことは兄の尊厳のために言わないでおく。
適当に飾っておいてと渡されたクリスマス飾りを二人で飾っていると、インターホンが鳴った。
もうこんな時間か、と玄関のドアを開けると色とりどりの紙袋を持ったメンバーが立っていた。
「荷物がやたらと多いですね」
「いや〜遊ぶもんとか酒とか色々持ってきたら大荷物になっちまったんだよなあ?」
「酒がいるのは天城だけでしょう、全く…。とりあえず、寒いので中へ入ってください」
リビングへ通すと、中で飾り付けの続きをしていた要がパッとこちらに目を向けた。
「あ、みなさん、いらっしゃいませ」
「よォカナメル、元気にしてたかあ〜?」
「ええ、それはもう!しいなの料理をいっぱい食べるためにお昼も少なめにしましたし!」
「楽しみにしてくれるのは嬉しいっすけどね。我慢のしすぎもよくないっすよ〜?お望み通りいっぱい作って来たし、キッチン借りて追加で作るものもあるんで、楽しみにしててくださいっす」
「飾り付けもええ感じやね。ラブはんに手伝ってもらった甲斐があったわ」
「ああ、ALKALOIDもクリスマスパーティーなんだってな。一緒に買い出しに行ってたな、そういや」
「わしだけじゃ何がええかわからへんかったしな」
「最近は安くていいのがあるんだよ〜!」という藍良の言葉に釣られて買ったという小さなツリーが部屋の片隅に設置された。
オーナメントや電飾を付ける作業も初めてで、バランスを考えて飾るのが意外と難しかった。椎名がアイシングクッキーで作ってきたというオーナメントも飾る。
「非常食にもなるオーナメントなんて最高っすよね〜、味にもめっちゃこだわったっす!」
「そこに全力なニキはん、感心するわあ」
「それから、これ!HiMERUくんと弟さんに。スペシャルオーナメントっす!」
きれいにラッピングされた袋に入っていたのは、勿忘草色の髪色が二人並んだ、人型のアイシングクッキー。
「これは…ぼくとお兄ちゃん、ですか?」
「どうっすか?よく出来てるっすよね?」
「…ええ、本当に。ありがとうございます椎名。要、好きなところに飾って」
少し悩んで、ツリーの天辺に輝く星の飾りの下にそれが飾られた。
電飾のスイッチを入れると、ぱっと部屋が明るくなる。
「わあ…きれい、です」
「もっと早く飾ればよかったな。明日で片付けんの勿体ねえし、しばらく飾っとけばいんじゃね?」
「そうですね…ツリーを飾るという発想がなかったのですよ。来年からは、早くから飾ろうと思います」
部屋の飾り付けも終わり、いよいよクリスマスパーティーが始まった。
鳥の丸焼きからピザから、少しマイナーな、世界で食べられているクリスマスの料理など、これでもかという程に次々と出てくる料理。
新しいものが出てくる度に目を輝かせる要に、やっぱりメンバーを誘って良かったと思う。
食べるペースが落ちて、机の上も空いてきた頃。不意にインターホンが鳴った。HiMERUは映し出されているカメラの映像にドキリとしたが、すぐにオートロックの解錠ボタンを押した。
「誰?」
「少々お待ちください、今来ますので」
玄関に向かい、玄関に向かう途中で声を掛けられる。
「お兄ちゃん?誰か来たのですか?」
「ああ。…きっと驚く」
「え?」
二人で玄関で待っていると、やがて外から話し声が聞こえ始めた。
二度目のインターホン。ガチャリとドアを開けると、ビュウと冷たい風が頬を掠める。
「ようこそ。どうぞ、中に入ってください」
一歩足を踏み入れたその人に、要は「あ」と声を漏らし、次の瞬間にはパッと花が咲くような笑顔になる。
「さざなみ!」
「…っす。…やっぱ誘われた手前来ねーとなーと…思って」
少しバツが悪そうに頬を掻いたその人ーージュンはぺこりと頭を下げた。
「で、でも、Edenの人たちとクリスマスパーティーだって…」
「それはもう終わってこっちに来たね!」
「うわっ!?あ、あなたは…」
ドアで見えなかったが、ジュンの後ろから顔を出したのは若草色の癖毛。寒さなど吹き飛ばすような勢いのある言葉が廊下を駆け抜けていった。
「おひいさん!人の話遮って割り込んで来ないでくださいよ」
「へえ、君が要くん?本当に瓜二つなんだねえ…まあでもちょっとだけ間抜けな顔をしていて可愛いね?」
「それはあんたが今驚かせたからでしょうがよ。えっと…悪い、オレが行くっていったらどうしても付いてくるって言うから…。知ってると思うけど、これ、おひいさん。あ、ダメなら帰りますんで」
「僕に向かってこれ、とは言葉遣いがなってないね!ジュンくん悪い子!」
おひいさんこと巴日和は、予想外のことに呆然としている要の顔をまじまじと見つめてにこりと笑う。
お互い話には聞いていて、要は画面上でその姿を認識してはいたが実際会うのは初めてだ。「お姫様みたいにわがままで手に負えない」というジュンの言葉は、画面で見る限り想像出来なかったが、こうやって会うと印象は変わるものだった。
「あ、えっと…知っています、Eveで、Edenの巴日和。…おひいさん」
「うんうん、おひいさんはジュンくんの専売特許だから、巴先輩でも日和先輩でも好きに呼ぶといいね!」
「好きにっつって限定しないでくださいよ…」
「お二人とも、楽しそうなところすみませんが玄関先で長話をされると後ろが入って来れないので、早く上がってください」
「ああ、そうだった、すんません」
まだ後ろに誰かいるようで、ジュンと日和はさっと玄関の中に詰める。日和はドアを支えながら後ろにいるだろう人に顔を向けた。
「ごめんね巽くん、寒い中待たせちゃって」
「え?巽って…」
聞こえてきた名前にドキッとして要の表情が少し硬くなる。ドアを支える日和に代わるように入ってきたのは、想像した通りの人物で。
「…こんばんは、要さん。そして、メリークリスマス」
「巽、先輩…」
柔らかい笑顔と、凜とした声色。病院で再会して、しばらく会っていなかった、その人。
まだ距離感が掴めずに要はたじろいだ。そんな要とは反対に、いつも通りの柔らかな口調で巽は淡々と言葉を紡ぐ。
「ALKALOIDのクリスマスパーティーだったのですが…こちらもジュンさんたちと同じで早めに終わったので。寮の部屋に帰ろうと思ったところお二人に会いまして、こちらに来るというのでご一緒させていただきました。迷惑でしたら帰りますが」
「め、迷惑ではないです!誘わなかったのは、お兄ちゃんからクリスマスはALKALOIDで過ごすらしいと聞いていたからで…その、嬉しい、です」
「みなさんわざわざありがとうございます。上がってください」
「ああ、これ。Edenのパーティーの余りで申し訳ないんすけど…差し入れの飲み物です」
ジュンからの差し入れが入った袋を受け取り、HiMERUは先導してリビングに戻る。ジュンと日和もそれに続いて、最後に靴を脱いだ巽はまだ玄関前で立っていた要にラッピングされた小袋を手渡した。
「要さん、これを」
「え、これは…」
「たいしたものではないのですが、クリスマスプレゼントです。本当はHiMERUさん…お兄さん伝手にお渡ししようと思っていたのですが。直接会えるなら持っていこうと思いまして」
サプライズで現れた上にプレゼントも貰えるとは。嬉しいことが重なって、なんだか目頭が熱くなる。
「…ありがとうございます。本当に、きみにはもらってばかりです。すみません、急だったので何も用意していなくて…。もう少しで誕生日ですよね?その時はまたお祝いさせてください」
「お気になさらず。…これはあの頃、あなたからいただいたものの、ささやかなお返しですから」
「? ぼくは別段何かをあげた記憶はないのですが…」
「要さんと同じです。形のないものですが、あなたと過ごした時間はかけがえのないものでした。あなたと過ごす時間の中で得られたものは、今でもこの胸に残っていますから。…楽しかったのですよ、とても」
「…っ」
あんなことがあったのに、この人は笑顔のまま楽しかった、というのだ。夢を叶えるために必死だった。努力して努力して、ただアイドルになるために時間を削った。
無我夢中だったレッスンも、タコ部屋で過ごしたことも、カタコンベで静かに語り合った日々も確かに青春だったのだと思う。またこうして話をすることが出来て良かった。あの頃のように、他愛もないことで笑って。
「今日は楽しいパーティーでしょう。顔を上げて、笑ってください」
「…はい。きみも、一緒に」
リビングに入ると、Crazy:Bの面々が手を上げて出迎えをしてくれた。
「おー!ジュンジュンたち!もう食いもんほぼ残ってねえぜ〜?ニキの分抜いても」
「燐音先輩。あれ、もしかして一人だけ出来上がってます?」
「年長保護者なのでほどほどにしてまア〜〜す!」
「あ、これダメなやつっすね。こっちは食べてきたんで別に大丈夫っすよ」
「今からケーキ出すんすけど、三人も食べるっすか?HiMERUくんに言われて多めに作ってきたんすよ〜」
「いいんですか?じゃあもらいましょうか、おひいさん?」
「うんうん!今日はクリスマスだしカロリーなんて気にしないね!」
「まあ、おひいさんはただでさえプニプニのお腹が余計ヤバいことにならないか心配っすけど」
「ジュンくんの筋肉が付きすぎてるだけで、僕は別にプニプニじゃないね!ちゃんと管理してるし!」
ニキが張り切って作ってきたケーキは、専門店にも負けない出来だ。むしろこちらの方が好みを把握して作られているので美味しいと思う。
何もしないのも申し訳ない、と巽はお茶を淹れてくれた。
ゲームをする人や話に夢中になる人、各々の時間を過ごしていたが、デザートまで食べて机の上が寂しくなるといよいよお開きとなった。
片付けをするという面々に、HiMERUは首を横に振った。電車の本数も少なくなっているし、翌日にソロの仕事を控えたメンバーもいる。
「いや、手伝うっすよ!片付けまでが料理っす!」
「気持ちは嬉しいのですが、パーティー中もほとんどキッチンにいて何か作っていたでしょう。明日もシナモンでクリスマスメニューの対応をするのですよね。早く帰って寝てください。それに…桜河と一緒にそこの酔っ払いを連れて帰ってください。これ以上居られると要の教育に悪い」
「俺っちは酔っ払いじゃないれす!」
「酔ってないって言う人ほど酔ってるらしいで燐音はん」
渋る燐音を引きずるように玄関まで連れて行く。
「僕も明日、朝から仕事だからこれで失礼するね。付いてきてごめんね?でも、ジュンくんが大事に想ってるお友達に会えて良かったね」
「おひいさん!余計なこと言わなくていいんで…。オレはゲームの決着つけてから帰ってもいいですか?終電には間に合うようにするんで」
「今、ぼくとさざなみが同点の勝率なのです!決着をつけないと眠れる気がしません」
「…まあ、構いませんが。皆さんお気を付けて。今日はありがとうございました」
部屋を出る面々を見送ると、先ほどまでの喧噪がなくなり急に部屋がシンと静まり返った気がする。
「…巽は?」
「お片付け、手伝いますよ。俺は明日急ぎの予定もないですし。ジュンさん一人で帰らせるより二人のほうがいいでしょうし」
一緒に片付けを手伝おうとするジュンと要を、さっさと決着をつけろと要の部屋に押し込み、なぜこんな状況になっているのかと少し不満を抱えながら、片付けを始めた。
ニキが作りながら片付けていてくれたお陰もあり、二人ですると片付けはあっという間に終わった。せっかくなので部屋の装飾は明日まで取っておこうと思う。
ふう、と一息つくと、巽は思い出したように自分のバッグの中を物色し始めた。
「今日は誘っていただいて、ありがとうございました」
「初めは断っただろ」
「すみません、すでにALKALOIDとの予定が入っていたもので。…そもそも、お誘いいただけたのが嬉しかったのですよ。だから、何かお返しをしたくて」
そう言って手渡したのは要に渡したものとよく似た包装の小袋。
「要さんにも差し上げたのですが。要さんだけでは不平等でしょう?大したものではありませんが」
「…別に、要が喜ぶと思ってしただけだが。…一応、受け取っておく」
「ケーキ、多めに頼んでおかれたのは、俺やジュンさんが来るかもしれないと思って、ですよね」
「……」
「きみ、事実を言われると黙るクセがありますよね」
「うるさい黙れ殺す」
「おや、怖い怖い」
ギロリと睨むが巽は変わらず笑顔を浮かべている。そういうところが気にくわないのだ、この男はとつくづく思う。いかなる時も能面のように貼り付けた笑顔を浮かべて、いつも通りを装って。
そこではたと思い出す。パーティーの途中、部屋の隅で何か薬を飲んでいたことを。
「…さっき、薬を飲んでいただろう。体調が悪いのか」
「本当、きみは周りをよく見ていますな。…いえ、ただの痛み止めですよ」
「! まさか、足の…」
すり、と太腿に手をやる巽は申し訳なさそうに眉根を下げる。
「…冬になると、よく痛むのです。それから……あまり言いたくないですし、言わないでほしいのですが。要さんのお顔を見ると、どうしても」
「…っ!」
「要さんのせいではありません。俺の心の、弱さのせいです」
「…なら、来なければ良かったのに」
「…歓びは、痛みを伴います。忘れてはならない、俺の勲章でもあります。それに、要さんとお会い出来るのは本当に嬉しいんです。こうやってまた言葉を交わすことが出来るのも、天の思し召し…いえ、あなたのおかげですね。…素敵なプレゼントをありがとうございます、きみ」
(ーーお前は、俺から要を一度奪ったくせに)
あの事件のことは、巽のせいではない。それに要が自分のものだと思っていること自体も烏滸がましいと理解はしている。それでも、大切な弟を傷付けられたことは忘れることが出来ない。
こんな小さな小袋ひとつで、全てを赦すことはまだ出来そうにない。巽もそういうつもりで渡したのではないことも分かっている。これは、ただの厚意。
だから今は何も言わない。感謝も、罵倒も。贖罪も。
「……言ってろ」
「……折角ですから、もう少しお話しませんか。あなたとゆっくりお話できる機会など、なかなかありませんから」
「いい。さっさと帰れ」
「冷たいですね。でも…ほら、話し込んでいたら…終電、逃しちゃいました」
「!? 〜〜〜〜〜っああもう本当に面倒だなお前は!」
そういえば、片付けを始めてから時計を見ていなかったことに気付く。
思わず声を上げたと同時に、要の部屋のドアが勢いよく開いた。
「やっべ終電…!!」
ドタドタとジュンが飛び出してきたかと思えば、後ろから眠たそうな目を擦った要が続いて出てくる。
そうだった、と溜息を零してジュンの顔も見ず目元を押さえた。
「もう間に合いませんよ」
「げ…っマジか〜!ゲームに夢中になりすぎた…って、巽先輩もまだいたんですか」
「同じくお話していたら逃してしまいまして」
「あ〜…オレだけならランニングでもしながら帰るんすけどねえ…巽先輩もって訳にはいかねえし」
「ところで、決着はついたのですか?」
「ぼくの勝利で終わったのです!」
「終電近いしほぼ譲ってやった感じですけどね〜?」
「ムッ 強がりは大人げないですよさざなみ。それより…えっと、終電がないということは二人とも泊まっていくのですか?」
要の言葉に他の三人は顔を見合わせる。
「泊まっていくのですよね!ぼく、友達とお泊まり会をしてみたかったのです!夜中までゲームをしたり…えっと…枕投げ、というものもしてみたいです!」
「修学旅行じゃないし枕の数も足りないだろ。それに…要、もう眠いだろ、起きてられるのか」
「ま、まだ眠くないのです!大丈夫です!」
さっきまで目を擦っていたのは誰だったのか。要の中で泊まっていくのは決定事項になっているようだし、二人をタクシーで帰らせるのも忍びない。しょうがないなとまたひとつ息を吐いた。
「…雑魚寝ですけど、それでもいいなら」
「はい。雑魚寝は慣れていますので大丈夫です」
「ま、オレもベッドで寝始めたのなんて特待生になってからだし、余裕ですよ」
「…ふふ、なんだか懐かしいですな」
「?」
「タコ部屋のことを思い出します。…またこうしてジュンさんと『HiMERU』さんとこんな風に過ごせるのが、嬉しくて」
目を細めて笑う巽に、要は同じように微笑み返す。
懐かしく、胸を締め付けるようなあの日々を思い出す。こんなにも、取り巻く人や環境が変わったのに、『もう一度』があるなんて思ってもいなかった。
「あー…さっきやってたゲーム、最大4人まで出来るんすよね。…やります?」
「あれって、似たようなものをタコ部屋でもしていましたよね、ボードゲームの」
「そうですそうです、それの改良版で。一時期めっちゃハマってやってたじゃないっすか。だから久々にやったら熱が入っちまって…」
「あれ、結局決着がつかないまま終わったの、覚えてらっしゃいますか?」
「え!?そうでしたっけ…全然覚えてねえ…」
「…あの時の続きというわけにはいきませんが、改めてやりましょうか。もちろん4人で」
「仕方ないですね…付き合ってあげますよ」
「う〜、お兄ちゃん、強そうなのです…」
立場も姿も、関係も変化した、ある日の聖夜。それでも、変わらないものを求めて、変わったものも、今は忘れて。叶うはずのなかった、『もう一度』を。
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