0219 08:01 インターホンが鳴った気がした。けれど、目覚めたばかりのまだぼんやりとした頭ではそれが夢なのか現実なのかわからず、考える前にまた瞼が重くなっていく。こんな早朝から届く荷物もないはずだ。無視して問題ないだろう。布団の中に潜り直して、心地いい暖かさを感じながらうとうとしていると、二度、三度としつこく呼び出し音が鳴る。一体こんな朝早くから誰が来るというのだろうか。渋々布団から出ると、刺すような寒さで身体が震えた。
寝室からリビングへと出てモニターを確認すると、そこにはずいぶんと見慣れた顔が映っていた。
「なんか用事?」
「用事というわけではないのですが……少し入れてもらえませんか」
画面の向こうの寂雷の鼻が、寒さでうっすらと赤くなっているのがわかる。連絡もなく早朝から訪ねてくる男に対して、このまま追い返すのはかわいそうかも、なんて思うのは、起きたばかりでまだ頭が働かないからかもしれない。
「……玄関の鍵開けとくから、勝手に入ってきて」
オートロックを解除しながら時計を確認するとまだ朝の八時過ぎで、今日は昼過ぎまで寝るつもりだったのに、とため息が出る。
リビングのエアコンをつけ、カーテンを開ける。夜から降り続けているらしい雪が、はらはらと舞っていた。屋根にも地面にも雪が降り積もっていて、こんなに雪が降るのは久しぶりでわくわくする。
「で、なにしに来たの?」
玄関に立っている寂雷の髪やコートには雪がくっついていて、鼻や耳が赤くなっているのが痛々しい。
「……昨日、久しぶりに君に会ったら、今日も会いたくなってしまって」
「それだけ?」
「はい」
会いたかったから、というのは理由としては明快かもしれない、でも雪の中急に家まで来るなんてことがあるだろうか。そもそも、僕たちは昨日まで、数年のあいだまともに会話もしていなかったというのに。
「なんでこんな時間に来るの」
「休みだと言っていたので、朝なら確実にいるかと」
「それはそうだけど、限度があるじゃん? おじいちゃんは早起き得意かもしれないけど、僕はまだ寝てたんだよね」
「……すみません」
いくらなんでも朝早すぎることに今気づいたというように、寂雷がはっとした顔をする。大人らしい振る舞いを、なんて言ってくるくせに、突然まわりが見えなくなるのはなんなのだろうか。
「自分でも、よくわからなくて。君のことを考えると、体が勝手に動いてしまうんです」
すこしばつが悪そうに、寂雷が呟く。呆れてしまうはずなのに、こいつが僕のせいでめちゃくちゃな行動をしているのだと思うと、悪い気はしなかった。
「わかんないのに、寒い中来たんだ」
まだ人もまばらな日曜の早朝に、雪に降られながら僕の家に突然来るほどの衝動というのはどれほどのものなのだろう。手を伸ばしてまだ赤みの引かない頬に触れてみると、氷のように冷たくて驚いた。――その冷たさに、悔しいけれどひどく胸が高鳴って、喉の奥がぎゅっと締まるような感覚を覚える。きっとこの冷たさと同じくらい、こいつは僕に会いたかったのだろう。
「ねえ、キスしていい?」
突然の問いかけに、寂雷が目を丸くする。
「どうして」
「わかんない。でも、したくなったから。で、いいの? だめなの?」
「……いいよ」
僕が寂雷の肩を掴んで背伸びをすると、寂雷もそっと目を閉じて、僕に合わせるように前屈みになった。そういえば、こいつとキスするときはこんな感じだった、と思い出す。寂雷の、すこし力の入っている唇に自分の唇を重ねる。やはりひんやりとしているそれに、熱を分け与えるように角度を変えながら口づけた。
互いの温度が交わってほんのりと温かくなったころ、口を離した。キスがしたい、という欲求に従ったのは正解で、数年ぶりの寂雷とのキスは心地よく、しっくりときた。
「ちょっとはあったまったね」
「……はい」
寂雷が、少し照れたように目を伏せる。その顔が思ったよりも良く、わずかに鼓動が早くなった。寂雷が、自分で自分の気持ちがよくわからないと言うように、僕だって寂雷とどんな関係になりたいのかはまだわからない。けれど今は、もう少し一緒にいたい、と思っているのは確かだった。そんなことを考えつつも、まだ眠気の波は引かず、立ったままでも一瞬頭がふわふわとしてしまう。
「寂雷、一緒に寝よ」
「それは……どういう意味で、」
「あ、エロいこと考えてるんだ、やらしー。するのもいいけど、一回普通に寝かせて。僕まだ眠いんだよね」
寂雷に中に上がるよう促して、手を引いて寝室へと連れて行く。握った手はやっぱりまだ冷たい。一緒に寝たら温まるだろうか。
もちろん寂雷は着替えなんて持っていないので、寝るのに窮屈なデニムだけ脱いでしまって、僕はパジャマのまま布団に入る。
「起きたらやりたいこと考えといてね、おやすみ」
寂雷とこうやって寝るのも久しぶりだ。寂雷の身体が少しずつ温まっていくのを感じながらうとうととするのはとても心地よくて、あっという間に眠りに落ちてしまった。