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    あまおと

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    あまおと

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    wip だいぶ前に書き始めて未だ書き終わってない初代話(ワカメインの話)
    いつか書き上げるという自分への鼓舞として途中までのをUP

    タイトル未定 それは黒龍が旗上げして間もない頃だった。白豹と赤壁を従えた新興勢力がいよいよ台頭する前にその芽を摘みたかったのだろう──事あるごとに黒龍へ因縁をつけてきたチームとの抗争が決定し、その戦いが今まさに始まらんとしていた。
     場所は廃工場。放置されたまま錆びついた機材は、戦況次第では攻撃の武器にされる可能性がある。日当たりは悪いが足場が濡れていたり、ぬかるんでいないのは幸いだ。
     若狭は戦闘が開始される前に目を配り、周囲の状況を把握する。
     今、この場にいるのは相手チーム五十人ほどと、若狭が所属する黒龍の隊員が同じく五十人ほど。両チーム共にもっと隊員が所属しているのだが、この廃工場にこれ以上の人数を入れるのはキャパシティ的にも、警察に嗅ぎつけられる可能性的にもよろしくないと考え、事前に互いの大体の人数をこの数で揃えることで話はまとめられていた。
     そして今回の抗争の仕切りを頼まれてくれた、両チームとは別チームのOB数名もこの場にいる。もしこの仕切りのジャッジが気に入らず楯突いたりすれば、そのチームはこのOB、並びにOBがかつて所属していたチームを敵に回すことになるので、よっぽどのことがない限り仕切り役には逆らえない。
     閑話休題。今回の対戦方法は三対三の代表者同士のタイマンとなった。より多く勝ち星を上げたチームの勝ちという至極シンプルでわかりやすい方法だ。
     相手チームの代表者らしい三人を見る。そのうちの一人が、若狭に溢れんばかりの殺気を向けていた。どうやら彼が若狭の対戦相手らしい。
    「まったく、いい趣味してンね」
     若狭の呟きに、隣にいた慶三が反応する。
    「なあ、やっぱりあそこにいるのって……」
    「うん。煌道ン時にずっとオレを支えてくれてたヤツ」
     煌道連合と螺愚那六。若狭と慶三が対立し合っていた時代に、若狭の傍にはいつも若狭を守る副将がいた。その副将はいつも、若狭が天下を取るのが夢だと言っていた。
     しかし。
    「オレが真ちゃんのトコの特攻隊になるって言ったら、もうオマエについていけねえってフラれちゃったンだよね。そっから会ってねえけど、まさかこんなところで再会させてくれるなんてな。ほんっと、いい演出してくれンじゃん」
     若狭は柄にもなくおどけた調子で答えるが、それに反して慶三の表情は硬い。慶三だけではない。若狭の話を聞いていた真一郎と武臣も同様だ。
    「ワカ」
    「わかってるよ、真ちゃん。相手が誰でも手ェ抜かねえから。安心して」
     真一郎が言わんとすることを察して、若狭は笑ってみせた。
    「悪い。聞くまでもなかったな」
    「え。いや、ちょっと待てよ。今の話的にソイツとワカがやり合わねえように調整すべきなんじゃねえの?」
     真一郎の返答に異議を唱えたのは武臣だった。この抗争は黒龍の初陣である。ならば、今までどこのチームにも所属していなかった武臣にとっても初めての抗争となるわけで、この反応は致し方ないものだった。むしろ、武臣と同じく、今までどこのチームにも所属していなかった筈の真一郎が場慣れした判断力を持っていることのほうが不思議なのだ。
    「特攻隊長が相手を選んで戦うなんざ、笑い話にもならねえよ」
     真一郎はいつものおちゃらけたナリを潜めて冷然と言い放った。
     若狭は真一郎の言葉に同意だった。
     黒龍の初陣で特攻隊長が日和った──見栄とプライドが蔓延るこの世界でそんな噂が流れでもしたら、注目されていた新鋭黒龍の評判は地を這うことになるだろう。一度評判が堕ちてしまえば、それを回復させるのは簡単ではない。少なくともこの抗争に勝利することだけでは拭えない。
     加えて、堕ちた評判はあらゆる不安要素を生みかねない。例えば、今はまだ様子見している他のチームが我先にと黒龍へ攻め込んでくる可能性や内部から裏切り者が出る可能性など。
    「でも、相手がワカの部下だったんなら、ワカの力量がわかった上で参戦してきてんだろ? 要はワカの癖も弱みもバレてる上で向こうは戦略をとことん練ってる筈だ。それって勝てんのか? 特攻隊長が相手を選んでちゃいけねえのはわかる。けど、特攻隊長がかつての部下に負けた日にゃ目も当てられねえだろ」
    「あのさ、それでも退けねえのが特攻隊なんだワ」
     尚も言い募る武臣に若狭は答えた。
    「手札全部バレてようが、たとえ負け確の喧嘩だろうが、そこに突っ込んで突破口を開くのが特攻の仕事。まァ、そもそもオレがアイツに負けるワケねえけど」
    「けど相手に対して情があるんじゃねえのか。なら」
    「オレは自分の仕事をするだけだっていう話してンのがわかんねえ?」
     若狭は武臣の話を遮って終わらせる。すれば武臣の舌打ちが聞こえた。
     ──今から戦うヤツを苛つかせンじゃねえよ。
     毒づきたくなるのを堪えて、若狭は些か乱暴に髪をかき上げた。
     かつての副将に対し、情がない訳がない。恩も罪悪感も、友人としての思いもある。しかし敵として現れた以上、それらの思いは切り捨てて挑むしかない。
    「おい、始めんぞ! 一戦目の両チームの代表者出てこい!」
     例のOBが声を張る。場の空気が一気に緊張をはらんだ。
    「ワカ」
    「うん。行って来るワ」
     真一郎に名前を呼ばれた若狭は一瞥してそれに応えると、この廃工場のど真ん中──本日の闘技場へと足を進めた。
     これはスポーツではない。喧嘩だ。開始の合図なんか出されない。出てこいと言われたあの時点で全て始まっている。どのように始めるのか、どちらから仕掛けるか、きっとギャラリーは今そのように考えているに違いない。
     廃工場のど真ん中に辿り着き、若狭はかつての仲間と対峙した。最後に会ってからからそれほど時間は経っていない筈だが、いつの間にかこんなにも距離を感じる関係になってしまっていたのか。
    「なんか久しぶりな気がするな、ワカ」
    「そうだな」
     対峙したかつての副将は先程までの殺気をどこへやったのか、悲しげな表情を浮かべていて、とても今から喧嘩する人物のそれには思えなかった。
    「なあ、ワカ。煌道はなんの為に集められた連合だった? 螺愚那六を潰す為じゃなかったのか?」
    「テメェはお喋りする為にここに来たのかよ」
    「どうしてオレがこのチームに入ったのか気になんねえの?」
    「どうせ勧誘されたンだろ。敵のかつての仲間を引き入れてぶち当てるなんざ、今までの抗争でもよく使われてた手だ」
    「その使い古された手にオレがなんで乗ったと思う?」
    「知るかよ」
     若狭がそう言った瞬間、相手が上体を逸らした。唐突に繰り出された若狭の蹴りを避けたのだ。
    「相変わらず足癖悪ぃな。人の話くらい最後まで聞けよ」
    「敵になったヤツの話聞いてなんの得があんだよ」
    「味方の声を聞かなかったくせによく言うよ。ワカ、オレは──」
     そこで若狭は再び蹴りを繰り出した。腕でガードされたが、流石にダメージゼロとはいかなかったらしい。相手の顔が一瞬苦痛に歪む。
     ──これ以上コイツの話を聞くな。聞いたら共に過ごした期間の記憶が呼び戻されて情が顔を出してしまう。コイツはもう敵だ。記憶に飲まれるな。感情を殺せ。情など必要ない。オレは今からコイツを潰す。
     若狭がそう意識を切り替えると、その体がゆら、ゆら……と揺れ始めた。
    「おいおい、なんだアイツ。まだ何も喰らってもねえのに既にフラフラじゃねえか! それともまともに立てねえぐらいビビってんのかァ?」
     揺れ始めた若狭の様子を見た敵チームから野次が飛ぶが、目の前の相手は若狭が本気モードだと悟ったのだろう。絶望したように、心底辛そうにこう言った。
    「マジかよ。オマエはもう、オレをそんなに簡単に潰せるんだな」
     その言葉が終わると同時に、若狭は相手のみぞおちに蹴りを入れた。そのままくの字に折れて体勢を崩した相手の頭を蹴り倒す。
     相手はそのまま地面に突っ伏し、動かない。
     一瞬しじまが降り、その直後黒龍側から歓声が沸いた。
     若狭は仕切りのOBを見る。OBはゆっくり頷くと若狭の勝ちを告げた。
     対戦時間は一分も掛からなかったのではないだろうか。なんの山場もなく、あまり呆気なく初戦は黒龍の勝ちとなった。
     しかし。
    「おいおい、ちょっと待てよ。そんなに簡単にやられるなんざ、もしかしてソイツ、黒龍と通じてたンじゃねえの?」
    「ありえるな。ソイツ、白豹の元部下だし、初戦でいい格好してえからやられる演技してくれって白豹に頼まれたんじゃね?」
     若狭が仲間の元へ戻るその前に、敵チームから再び野次が飛んだ。
     ──まったくもって嫌になる。若狭は忌々しく相手チームを睨みつけた。
     もしも、かつての仲間と戦えないと対戦順を調整すれば、日和った腰抜けが特攻隊長だと黒龍の名を堕とせる。もし戦っても若狭を負かすことができればかつての部下に負けたと吹聴できる。そして、勝つことができなければ、自分達の勝利のためにかつての部下を利用した卑怯者とレッテルを貼れるわけだ。
     煌道時代の抗争でもさんざん使われてきた手ではあるが、毎度ながらその陰湿さに辟易する。
    「八百長疑うンなら前出てこい。手合わせしてやるよ。それでさっきのアレが演技だったかどうか身を持って判断しろや」
     若狭は相手チームがたむろする方向に足を進める。何人かが若狭の気迫に押され、反射的に数歩後ずさった。
    「雑魚すぎンだろ」
     若狭が吐き捨てるように言うと、再び黒龍側から歓声が沸く。もう相手チームから野次が飛んでくることはなかった。
    「お疲れ、ワカ。ありがとな」
     黒龍の陣地に戻れば、真一郎が若狭に労いの言葉をかけた。
    「どういたしまして」
    「ワカのお陰でウチの士気がガンガンに上がってるよ」
    「乱戦ならともかく、タイマン戦でチームの士気が上がってもね」
    「そう言うなよ。今から戦うベンケイのやる気に繋がるだろ。それにこの場の高揚感は、これから先のチームの団結を強める」
    「真ちゃんさぁ、本当に今までどこのチームにも所属してねえンだよな? そういう考え方、どこで得たの?」
    「ウチのじいちゃんがさ、酒飲むとよく戦術のウンチクを語るんだよね」
     緊迫感なく雑談を交わしながら、若狭は近くにあった機材の上に腰掛ける。すれば、昔から若狭を慕い、若狭が黒龍に入ればそれに倣って入ってきた後輩が駆け寄ってきた。
    「ワカ君、お疲れ様でした。これ、どうぞ」
    「あンがと」
     差し出された缶ジュースを受け取って、若狭はプルタブを開ける。今までなら若狭が勝つと「カッコ良かった」「凄かった」「流石」など、こちらが止めるまで称賛の言葉を紡ぎ続ける後輩が、今日はいたく静かだ。それも、さもありなん。この後輩は若狭を慕うと同時に、煌道時代の副将──要するに先程の対戦相手にも懐いていた。この後輩は若狭のほうについて来たとはいえ、違う道を進んだ副将に対してネガティブな感情を持っているわけではないだろう。おそらく、若狭同様に複雑な気持ちを抱えている筈だ。
     若狭はちらりと、かつての副将の様子を見る。そのまま捨て置かれることなく、相手チームの隊員が介抱しているのが見えて少しだけ安堵した。
     しかし、おそらく彼は対若狭用に一時的に勧誘されたのだろうから、この場では介抱されてもこの後酷い目に遭うのではという不安もある。けれど、彼は長いこと若狭の右腕としてこの世界にいたのだ。そんな事を重々承知の上で相手の勧誘に乗った筈だ。そう心で自分に言い聞かせてみるが、戦いが終わり、集中力が切れた今、心を占めるのは先程の自身の行動を責める自分の声だった。 
     ──よくもまあ、ガキの頃から一緒に過ごして来たヤツに本気で攻撃ができるな。アイツがオレと決別したのは、培ってきた十二チームの思いを蔑ろにしたくなかったからだって知ってる癖にな。もっとちゃんとアイツと話し合えば良かったんじゃねえの? そうすれば決別することも、あんなチームにアイツが入ることもなかったんじゃねえの? ずっと支えてくれたヤツをさ、よく躊躇いもなく切り捨てられたな。
     自責の言葉が矢継ぎ早に生まれ出ては頭の中で反響する。
     若狭は目を閉じ、過去へとしばし思いを馳せた。

     先程、かつての副将が言った通り、煌道は対螺愚那六の為に集まって出来た連合だ。当時の螺愚那六は三代目にして巨大なチームへと成長し、そして同時に悪名も轟かせていた。やれ、何処そこのチームの誰それが螺愚那六から奇襲を受けた、縄張りを荒らされた、仕返しとばかりに兄弟知人まで手を出された。それらの噂や実害は数え切れないほどで、近隣のチームは人情的にも、面子を保つ為にも指咥えて見ている訳にはいかなかった。しかし、六百人もの構成員を抱えていた螺愚那六に対抗できるような同等の巨大なチームは当時存在していなく、小競り合いを続けていた十二のチームが打倒螺愚那六の元、休戦し手を取り合った。そうして出来たのが若狭率いる煌道連合だった。
     若狭の肩には十二チーム分の思いと願いが乗せられていた。仲間が螺愚那六にやられた無念、屈辱、悔しさ、復讐心。そして、螺愚那六という絶対的な悪倒すという、どこかヒーローめいたものに連合全体が酔っていたのも事実だ。
     だが結論からいえば、螺愚那六は絶対的な悪なんかではなかった。
     まず、螺愚那六の悪評は螺愚那六の存在を良く思わなかった勢力が撒いたガセネタだった。しかし、そのガセネタを信じる者、または同情を買う為か、それとも他に理由があるのか、自分も螺愚那六にツメられたと嘘をつく者、そしてその嘘を真に受けて仕返しする者──そういう状況が団子になって、螺愚那六の下っ端が狩られるといった事態が多発した。当然だが螺愚那六のトップである慶三はそれを許さなかった。螺愚那六の構成員に手を出したヤツらには相応の報いを受けさせた。しかし、その行動がガセだった筈の噂を事実へと変えさせてしまうことになる。
     そこからはやったやられた、卵が先だ鶏が先だの応酬を重ね、互いの被害が加速し、そして煌道連合の誕生という流れだ。
     この時点で、もはやどっちが先だとかいう論点ではなくなった。血が流れすぎた。何人もが病院送りにされ、何人もが年少送りになった。やられた仲間の無念を晴らす為に、どちらも引けなくなっていた。そして何度もぶつかり、その度に被害は互いに増幅し続けた。
     そんな時に現れたのが佐野真一郎だった。
    「オマエらが仲間の為だって言いながら戦えば戦うほど、傷負う仲間が増えてる状況が見えてねえの? なあ。もしさ、この先どっちかが勝ったとして、それで今までの抗争で傷ついた仲間って本当に救われんの? 勝つことってそんなに大事?」
     その時の真一郎の言葉は、今なお若狭の心に残っている。
     その後、詳しくは割愛するが、真一郎によって西と東に分かれていた関東は統一された。そして黒龍が創設されることになったわけだが、この結末に対し、螺愚那六側にも煌道連合側にも納得がいっていない者は少なからずいた。たとえば、若狭の副将だった彼である。
    「ワカ。オマエさ、マジで言ってんのか? 荒師ン所の兵隊にウチのヤツらがどれだけやられたと思ってる? 未だ意識戻ってねえヤツもいるんだぞ。なのに戦いは終い? 荒師と同じチームなる? 頭おかしくなったのかよ」
    「オマエの気持ちはわかるよ。でも、螺愚那六側から見たオレらもそうなんだよ。何人もの螺愚那六のヤツらをオレらは攻撃した」
    「それはアイツらがオレらの仲間をやったからだ」
    「それも同じなんだよ。これ以上対立が続けば、さらに双方に怪我人が出る。いや、これ以上加熱したら怪我人じゃすまねえところまで来てる」
    「だから今までのことは水に流しておてて繋いで仲良くしましょうってか? それもどこの誰かもわかんねえ無名の野郎の下について? んなもん納得できるわけねえだろ。なあ、螺愚那六にやられた仲間の無念はどうなる? オマエに希望を託した仲間の願いはどうなる?」
     副将の言い分は痛いほど理解出来た。実際、若狭もまだ割り切れていない部分、飲み込めない箇所は多数ある。
     しかしこのまま対立すれば、傷つく仲間を増やしてしまうだけなのだ。
    「オマエがなんて言おうともう決めた。煌道連合は解散する。十二チームのそれぞれの対応は各チームの頭に任せる。オレが元々率いてたチームについても、この先もオレについてくるかどうかの判断は隊員各々に任せる」
    「そんな放任が許される訳ねえだろ!」
     副将が若狭の胸ぐらを掴んで激昂した。副将が若狭へ、これほどの怒りをぶつけて来たのは初めてのことだった。
    「納得がいかねえ! ワカ、オマエは煌道の総大将だろ!?」
    「今まではな。これからは黒龍の特攻隊だ」
    「……マジで信じられねえよ。オマエ、本当にあの白豹かよ。どこで牙抜かれやがった?」
     副将は若狭から手を離すと、力無く笑った。
    「さっきさ、元々オマエのチームだった隊員がオマエにこれからもついてくかどうかの判断は各々に任せるっつったよな?」
    「ああ、言ったな」
    「じゃあ、これはオレの判断だ。オレはもうオマエについていけねえよ、ワカ」
     失望した、副将の顔にははっきりそう書いてあるように見えた。
     若狭は心のどこかでコイツなら自分の決断を理解してくれると思っていた。それだけの月日を共に過ごして来たという思いがあった。でもそれは驕りであったのだと、背を向ける副将の姿に教えられることになった。

     若狭はゆっくりと目を開け、過去ではなく今を見た。
     廃工場には熱気と殺気が満ちている。この光景だけ見るとあの頃となにも変わっていないんじゃないかと感じなくもない。対立する相手が変わっただけで、手を取る仲間が変わっただけで、やっていることは同じなんじゃないだろうか。正直、そう思ってしまう部分もある。けれど、違う。
     ──佐野真一郎はオレでは描けなかった未来を見ている。
     若狭はこのように考えている。いや、本当はそう思いたいだけなのかもしれない。
     先程のかつての仲間との戦いは、想像以上に若狭のメンタルを削ったようだった。煌道の解散、黒龍の創設、それらの決断は本当に正しかったのかという懸念が顔を出す。
     そんな若狭の心情に関係なく、時間は進み、次の喧嘩の幕が開いた。
     慶三と向こうの副総長との戦いだった。この戦いも若狭の時と同様、大した山場も見せ場もなく、あっさりと慶三が勝ちを収めることになった。
     盛り上がりには欠けるものの、圧倒的な戦力差を見せることができたのは今後の黒龍にとって良い作用を生むだろう。今回の抗争の噂が回れば、黒龍になにか仕掛けようと考えているチームが他にもいたとしても良い牽制になる。
     若狭、慶三と二連勝したことにより、此度の抗争の軍配は黒龍に上がった。
     未だ熱が冷めやらぬ空気の中、事前に黒龍が相手チームに提示していた条件──和平が結ばれ、それにプラスしていくつかの取り決めを向こう側に飲んでもらうことで戦いは終結した。創設したばかりの現時点では、向こうのチームを傘下に引き入れて黒龍の隊員を増やすよりも、和平を結び、まずは今いる隊員達との結束を強めるほうに力を注ぎたいと真一郎は考えたのだ。若狭を含む幹部も全員それに同意している。
    「さあて、初勝利だ! 祝いに全員でバイク走らせっか!」
     改めて勝利を告げる真一郎に、黒龍から勝鬨が上がる。
     若狭はこの雰囲気に水を差してはいけないと、先程生まれた不安な気持ちを隠すように笑った。そんな若狭の不安定な状態に気づいていた人間がいるとは思いもせず──。

     それは抗争後、チームで一走りした後のことだった。丑三つ時を回る頃、真一郎が皆にそろそろお開きと声かけし、それぞれが帰路につくことになった。
     途中まで同じ方向だった同隊員とも分かれ、一人になった若狭は、いろんなことに思いを巡らせた。
     黒龍の特攻隊になると誰に説得されるでもなく自ら決断した若狭でさえ、こうして不安に駆られるのだ。ならば、決別したかつての仲間だけでなく、今も若狭について来てくれた隊員の中にも不安や納得のいかない思いを抱えている者がいるのではないか。そんなことを考える。
     とある借しコンテナに着くと若狭はそこにバイクを停めた。自宅まで徒歩三分とかからない距離が気に入り、このコンテナを借りる契約をしてから結構な月日が経つ。いや、経ち過ぎた。派手なバイクと派手な髪色をした人物の居場所を特定するなど簡単であるのに、自身の強さ故の驕りがその対策を怠らせてしまっていた。
     バイクを停める場所と自宅。もしこの二つの情報を知られていたなら、その中間地点での人気のない場所を狙った張り込みは容易だっただろう。
     周辺は空き店舗が並び人気が少なく、街灯もなければ死角も多い。加えて今は真夜中だ。
    「クソが」
     考え事にふけり過ぎた。普段であれば、こんな殺気丸出しの人間につけられていたなら、もっと早く気づけただろうにと若狭は舌打ちをする。
     それは角を曲がった瞬間だった。若狭の周囲を、突如現れた大柄の男三人が囲む。
     とにかく囲まれた輪から出なければと若狭は間を抜けようとするが、背後にいた人物に髪を鷲掴みにされ輪の中へ引き戻された。それと同時に前にいたヤツからみぞおちに蹴りを入れられ、直後にもう一人のヤツから顔を殴られる。
    「舐めンな!」
     倒れ込んだ若狭は目の前にある足を引っ掴んでバランスを崩させ、男を一人引きずり倒したが、それを残り二人が黙って見ている訳もなく、体勢を直せていない若狭に更なる攻撃を加え続けた。
     現れた男達は口元をバンダナかなにかで覆っているようだったし、そもそも暗くて顔の判別がつきにくい。
     しかし。
    「白豹が精神的に弱ってるってアイツが言ってたの本当だったな」
    「ああ、普段だったらこんな隙見せねえだろ、コイツ」
     確実に仕留められると思ったからなのか、ベラベラと話出した内容と声が若狭にコイツらが誰なのかという情報を与えた。
     ──なるほどな。そりゃそうだよな。むしろこの可能性考えねえで気ぃ抜いて隙見せりゃ、そりゃあやられるわ。
     若狭はどこか他人事のように状況を分析する。
     良くてこのまま放置か、下手すれば命取られるな、そう考えてそれらを回避する為になんとか体を動かそうとしたがなぜか体が言うことを聞かず、動いてくれない。
    「ワカ!!」
     薄れゆく意識の中で、若狭はかつての副将の声を聞いた気がした。
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