無題 真一郎は買ったばかりのタバコの封を切り、一本取り出した。一ヶ月ぶりのそれは、果たして違和感なく自分の指にしっくりと馴染んだ。口に咥えて先端に火をつけると、その匂いは瞬く間に部屋へ広がっていく。気休め程度に回している換気扇ではとてもそれら全てを拭ってはくれないようだった。
ふう、っと肺に入れたそれを細く吐き出していると、携帯が鳴った。若狭からだ。
「もしもし」
「よう、真ちゃん。なにしてんの?」
「今? 一ヶ月分の努力を文字通り灰にしてるとこ」
自嘲気味に言えば、どうやら意味が伝わったらしい。受話器の向こうで若狭が笑った。
「禁煙失敗したんだ?」
「一本だけオバケって怖いな。どんな幽霊より怖え」
「それがしばらくすっと一箱だけオバケに変化して、もうしばらくするとワンカートンだけオバケになるんだぜ」
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