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    menhir_k

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    ムラアシュ本題の筈

    タイトルあとで考える アッシュに湯船を提供すると、ムラビトはその足で再びキッチンに戻った。
     片手鍋に牛乳を注いで火にかける。温まる間、薬草の入った瓶を取り出す為に戸棚に向かった。真っ先に乾燥させた白い小花の瓶を手に取る。カミツレだ。それから、独特の花が咲く時計草の葉の入った瓶もテーブルに置く。西洋弟切にも手を伸ばし掛けたが、やめた。王都で処方された薬を持ち帰っている筈だ。併用するべきではない。代わりに、壺草を入れることにした。独特の苦味があるので味を損なうかも知れないが、仕上げに少量を入れる程度なら主張し過ぎることもない筈だ。吟味している間に温まった牛乳に、乾燥させた花や葉を入れる。片手鍋を時折回し揺らしていると、真っ白だったミルクがほんのりと色付いていく。仕上げに壺草を入れ、茶漉しを通してティーポットにミルクティーを注いだ。トレイの上に乗せ、冷めないようにポットカバーを被せる。それから、最後に二人分のマグカップとハニーディスペンサーを乗せた。ディスペンサーの中身の蜂蜜はすだちの花の蜂蜜だ。
     トレイを持って階段を上がると、魔物たちが父が使っていた書斎から出て来たところだった。アッシュが使う寝具の運び入れを頼んでいたからだ。

    「ありがとう、みんな」

     感謝の意を伝えて頭を撫でると、嬉しそうに魔物は複眼を細めた。だが、すぐにその表情を曇らせる。

    「勇者が泊まるのはちょっとこわいもん」

     魔王様のお願いだから我慢するけど。俯く魔物の頭を、もう一度ムラビトは撫でた。

    「ごめんね。僕もアッシュさんと同じ部屋で寝るから、みんなはいつも通りにしてて」
    「何だ、結局来たのかあの変態」

     声のした方へ視線を遣ると、先に就寝した筈のマオが自室の扉から顔を覗かせている。人が出入りする気配で目を覚ましたのかも知れない。悪いことをしたな、とムラビトは思った。

    「すみませんマオさん。でも、この雨の中を帰すわけにもいかなくて……あ。マオさんもアッシュさんと」
    「要らん。この流れで顔を突き合わせてみろ。奴からどんなおぞましい言葉が飛び出すか……想像に難くない」

     吐き捨てるように告げると、マオは部屋に戻って行った。施錠の音が廊下に響き渡る。魔物たちも、魔王様おやすみなさい、と言いながらムラビトの部屋の扉を続々とくぐっていくところだった。
     「アウェーですなぁ」最後まで残っていたクチモグラが、トレイで手の塞がっているムラビトの為に書斎の扉を開けてくれた。「それではおやすみなさいませ、ムラビト様」

     書斎は暗かった。父が使っていたのは十年以上も前のことなので、主のにおいのようなものはすっかりなくなってしまっている。それでも、足を踏み入れればいつだってそこに懐かしさはあった。そんなかつて父の使っていた書斎に、誰かがいるというのは不思議な気分だった。

    「サイズ、大丈夫でしたか」

     外からの僅かな明かりのようなものを頼りに辿り着いた机にトレイを置いて、ムラビトは壁側を向いて立つ背中に声をかける。雨水と泥を含んで汚れた衣服の代わりに渡しておいた父の服に着替えたアッシュが振り返った。明るいところでは実りの秋の小麦畑のようにさんざめく黄金色の髪が、稲光を映し込んで仄白く煌めいて揺れる。

    「おう。脚の丈がちょっと足りてないけどな」
    「裸でうろうろされなければ問題ないです」
    「そこかー」

     マッチを擦り、ムラビトはランプに火を灯した。部屋の中が明るく照らし出される。魔物たちが運び入れてくれた二人分の寝具はソファの上に積まれていた。一人はソファで良いだろうが、もう一人が眠る場所を確保するには机を部屋の端に寄せる必要があるな、とムラビトは思った。

    「灯りくらい点けたら良かったのに」
    「夜目は利く方だし、ちょいちょい明るかったから」
    「面倒だっただけですよね」

     アッシュは否定も肯定もしない。いつまでも壁の傍に立っていて、そこから動く気配もない。小さく息を吐き出してから、ムラビトはアッシュに近付いた。

    「あ」

     そこでやっと気が付く。隣に並び立つアッシュの口角が、にぃ、と吊り上がった。

    「似てる」

     壁際のキャビネットの上に、幼い頃のムラビトと映る父の写真がが置かれている。すだちの木の前で撮ったものだ。すぐにアッシュが一人書斎にいる間、この写真をずっと見ていたのだと思い当たりムラビトは気恥ずかしさで閉口した。そんなムラビトの動揺に気付いているのかいないのか、節の目立つ傷跡だらけの大きな手を伸ばして、アッシュがそっと写真立てを持ち上げた。

    「いい写真だな」

     アッシュの親指がそっと、幼い頃のムラビトを撫でるように滑った。途端に、脳裏を過ぎる王城で彼に頭を撫でられた記憶が、ムラビトをますます落ち着かない気持ちにさせた。

    「店長、ちっせぇ頃から店長だよな」
    「確かに童顔ですけど……そこはあんまり父ちゃんに似なかったんですよね」
    「店長、十八だったっけか。うーん……」

     アッシュは口を閉ざし、写真に視線を落とす。

    「アッシュさん、そこで黙り込まないで下さい」
    「……いや、やっぱこうして写真見ててもあんま思い出せないもんだな、ってさ」

     雨音に掻き消されそうな声が静謐に響いた。顔を上げると、ムラビトは並び立つアッシュの横顔を見詰める。

    「ここに来たことも、店長の親父さんに準備道具一式譲って貰ったことも覚えてる。けど、あのときの顔も声も、おぼろげにしか覚えちゃない」

     薄情なもんだ。そう呟いて、アッシュは自嘲めいた笑みを浮かべた。写真ばかり見詰めていないでこっちを向いてくれたら良いのに、とムラビトは思った。

    「……そんなこと、ないです」

     アッシュの空いている方の手を取り、ムラビトは言った。やっと、彼はムラビトの方を見てくれた。

    「こんな夜に、こうして、僕の隣で、他でもないアッシュさんが父ちゃんのことを思い出しながら話をしてくれている。それだけで充分です」

     瞳にランプの灯りが映り込んで揺れている。アッシュの碧い眼は暗がりの中では、深く濃い藍色に染まって見えた。その双眸が、ムラビトの何かを探るように、見透かそうとするかのように、思案深げに細められる。彼の意図は判らない。望む応えの見当もつかない。だからただ、ムラビトは繋いだ手を一層強く握り込んだ。

    「お茶、持ってきたんです。冷めない内に飲みましょう」

     促すように手を引くと、アッシュは写真立てを元の位置に戻して大人しくムラビトについて来た。寝具に占領されていないソファに座る彼を見遣り、それからポットのミルクティーをマグカップに注ぐ。湯気に乗って薬草の香りが立ち上った。

    「蜂蜜もあるのでお好みでどうぞ」

     マグカップをアッシュに手渡し、ムラビトはそのまま床に座る。

    「何で床?」

     マグカップに口を押し当てながらアッシュが口を開いた。

    「もう一つのソファはあの通りですし、アッシュさんを床に座らせるわけにはいきませんし」
    「そうじゃなくて。俺の隣空いてるじゃん。座れば?」
    「いいんですか?」
    「いいも何もお前、この家の家主で俺の雇い主だろーが」

     確かにその通りだ。ムラビトは立ち上がり、アッシュの隣に浅く腰掛ける。ソファは三人掛けで、大柄なアッシュが隣に座っていても全く圧迫感はない。

    「何かこれ、口に苦味が残るな。何?三つ葉……は入れねぇよなあ」

     ディスペンサーに手を伸ばすアッシュに問われる。ムラビトもミルクティーを口に含んだ。

    「……壺草ですね。苦味が出過ぎちゃいました。商品化は無理かぁ」
    「従業員で臨床すんなよ、訴えんぞ……まぁ、不味くはないが、身体に良さそうな味が人を選ぶだろーな。チンキとかにした方がイケんじゃね?」
    「それ、単にアッシュさんがアルコールで摂取したいだけですよね」

     だが、アッシュの言葉も一理ある。チンキであれば水溶性の成分だけでなく、脂溶性の成分の抽出も期待が出来るからだ。そもそも、ミルクティーにしようとしたこと自体無理があったかも知れない。ムラビトが眉間に皺を寄せながらマグカップの中身を啜っていると、アッシュがディスペンサーを差し出してくれた。

    「……アッシュさん」

     ミルクティーに蜂蜜が溶けていく。苦味が少し和らいで飲みやすくなった。

    「もしかして、僕のこと心配して来てくれたんですか?」

     奇妙な感覚に背中を押されて、気が付けば問うていた。雷が鳴る。闇夜を裂く閃きが、アッシュの輪郭を淡く、舐めるように浮き彫き上がらせた。漠然と、その頬に触れてみたいな、とムラビトは思った。
     途端に、気恥ずかしさを覚えて、アッシュから視線を外し白濁としたマグカップの中身へと落とす。

    「すみません。確信というか、願望ですけど」
    「そうだよ」

     弾かれるように顔を上げると、アッシュと目が合った。けれど彼の双眸は普段の精彩さを欠いて、何処か望洋としているようにも見えた。

    「まぁ、半分は」
    「半分」

     もう半分は何だろう。純粋に疑問に思って小首を傾げるムラビトの髪に、アッシュの指先が絡んだ。突然のことで、動作と共に思考が停止する。もしかすると、呼吸も止まっていたかも知れない。

    「残りは、何だろうな」

     ムラビトの髪を弄びながらアッシュは言った。アッシュ自身も残りの半分の感情に、名前を付けられずにいるようだった。

    「僕は……こんな夜はやっぱり、父ちゃんのことを、思い出します」

     髪に触れていた手の動きが止まる。はらはらと髪を溢しながら離れていく指先を、ムラビトは逃さなかった。

    「でも、残りの半分は、アッシュさんのことを思い出してました。木の棒一本で岩を断ち切って、分厚い雨雲を切り裂いた、もう一度来てくれたアッシュさんの姿を」
    「……そんなことで、上塗り出来ねぇだろ」

     手の平の中の指先が強張る。硝子戸に激しく打ち付ける雨音に混ざり、鼓膜に焼き付いて離れない王の慟哭が蘇る。きっと、今のアッシュも同じ声が聞こえている。

    「それでも、アッシュさんのお陰で僕はもう、帰らない父親を思い出して泣くだけの可哀想な子供にならずに済むんです」

     上塗りは出来ない。その通りだ。遺族であるムラビトが、どんなに言葉を重ねてもきっとアッシュの悔恨はなくならない。それでも伝えなくてはならない。伝え続けなければならない。その為にも、決して彼を手放すわけにはいかなかった。

    「店長ってさ、大概俺のこと好きだよな」

     簡単に振り解ける筈の、ムラビトに握られた手をぼんやりと眺めながらアッシュは言った。

    「そ、う……ですね。はい……大好きです」
    「また来るかどうかもわかんねぇ野郎を十年以上も待ってたって時点で、推して量るべきだったんだろうが」
    「あの、僕が待ってたのは勇者様じゃなくて、勇者になったアッシュさんなので」

     この期に及んで偶像を待っていたと思われては困る。念の為に訂正の意を込めて付け加えれば、分かってるって、とアッシュはマグカップをわざわざ置いて、それからムラビトの頭を撫でた。

    「分かってはいたけどよ。でも、こんだけ熱烈だと勘違いしそうになるわ」
    「勘違いじゃないです。合ってます」

     浅く、息を吐き出すようにアッシュが笑った。ムラビトの言葉を、まるで信じていないかのような酷薄さすら感じさせる笑みだった。
     「店長はさぁ」言いながら、ムラビトの頭にに触れていた男の手が離れていく。「いい奴で、色んな奴が好きで、好かれて」謳うように先の言葉を続けて、アームレストに上体を預けたアッシュは天井を仰いだ。

    「でも、それが店長の普通。特別なことじゃない」

     つられて、彼の手を握ったままでいたムラビトもバランスを大きく崩す。マグカップだけは何とか死守して、安堵の息を吐いた。だが、傾いた身体は半ばアッシュに乗り上げる形になっている。近い。これはまずい。

    「俺、結構醜態晒してっし、店長博愛主義だからなぁ」

     博愛。聞き捨てならない単語を耳が拾う。違う。この執着は、そんな綺麗な感情ではない。だのに、目の前の男はこの期に及んで、あの騒動とその発端となったムラビトの動機を、博愛の一言で片付けようとしていた。
     大きく息を吸う。ほのかに酒気を帯びたアッシュのにおいがした。

    「言い方を変えます。そのまま勘違いしてて下さい。勘違いして、自惚れて下さい」

     アッシュの身体に乗り上げる。邪魔なマグカップを机の上に置こうとして失敗した。落ちる。解っていても手を伸ばす余裕はなかった。縋り付くように、アッシュの肩口に手を掛けた後だったからだ。彼は、何か不思議なものにでも対峙しているかのような目でムラビトを見上げていた。見上げて、何か言葉を発しようと口を開きかけたそこに、ムラビトは噛み付く。だから、彼の発しようとした先の意図は知れない。アッシュの言葉だけではない。マグカップが床に落ちる音も、暴力のように窓ガラスを叩く雨も、閃光を伴う雷鳴も、全ての音を呑み込んでムラビトはアッシュに口付けた。
     息苦しくなって離れる。初めてのことなので呼吸のタイミングが掴めない。そもそも、何故こんなふうに彼の口を塞ぐことになったのか、唇を解放されても尚、言葉を失ったまま目を見開いて固まる男を見下ろしていても何も思い出せない。ただ分かっているのは、“足りない”という身の内から湧き熾る衝動だけだった。
     もう一度。突き動かされるように、薄く乾いた唇目掛けてムラビトは上体を屈めた。だが、寸でのところで阻まれる。顔を覆うように、大きな手のひらがムラビトの口元を塞いでいた。邪魔だな、とムラビトは思った。

    「……だめですか?」

     少し身体を引いて、アッシュの唇の代わりに手のひらに口付ける。剣を握り過ぎて潰れたまめに、深く刻まれた傷痕の薄くなったはだえに、その一つ一つに唇を落とす。耐え兼ねたらしいアッシュが、とうとう手のひらをムラビトから除けて叫んだ。叫ぼうとした。

    「だ、だめとかだめじゃないとか以前に、俺さっきゲロ吐い」

     みなまで言い終わる前に、叫び声ごと男の荒れた唇を飲み込む。固く結ばれたままの口を舌先でなぞるが、開かれる気配はない。

    「アッシュさん」

     アッシュの下唇を口に含んだまま、ムラビトは非難の意を込めて名前を呼んだ。

    「そんなかわいい顔しても駄目です。離れなさい」

     眉根を強く寄せてアッシュが言った。彼の言葉の意味を理解するより先に、開いた口の中に舌先を滑り込ませる。なるほど。確かに甘ったるいミルクの風味に混ざって、心なしか饐えた味が味蕾を刺激した。吐いたという彼の申告は、ムラビトを拒絶する為の出任せではなかった。そうして、心行くまで口の中を堪能し、一通り舐めたり吸ったりしてから、漸くムラビトはアッシュから身体を離した。見下ろす男の顔に、先のような驚きの色はない。ただ、何処か胡乱な半眼でムラビトを見上げている。

    「……店長、酒でも入ってんの?」
    「そんな。アッシュさんじゃあるまいし」

     こめかみに口付けようとして失敗した。襟首を回り込んだアッシュの手に掴まれて阻まれたからだ。

    「はいはい店長ステイステーイ!これ以上はほんともう洒落になんないから!なっ?」
    「……だって」

     肩口に添えた手を握り締める。まるで男に似合わない父の服がよれて皺になる。

    「だってアッシュさんが、わからず屋だから」

     悔しい。悔しくて声が震えた。

    「それは、まぁ……俺にも非があったかも知れないけどさぁ。でも、親父さんの服着て、親父さんの書斎で、押し倒されてちゅーされる俺の居た堪れなさも考えろって店長」
    「それは」

     言い淀む。

    「倒錯的ですね」
    「だろぉ?」

     途端に恥ずかしくなった。握り締めていたアッシュの肩口と手を開放してムラビトは上体を起こした。
     気が付けば暴力のような風の勢いは鳴りを潜めていて、雨も今はただ静かに降っている。雷の音も遠い。いつの間にか過ぎ去ろうとしている嵐に、置き去りにされたかのような心細さを覚える。

    「まぁ、夜だしなぁ……感情が昂ぶると抑えが効かなくなってとち狂っちゃったのは魔王の血のせいもあるのかもな」

     可哀想に。ムラビトの額から伸びた角に触れながらアッシュは言った。

    「取り敢えず、相手が俺で良かったよな」

     アッシュが明朗に笑う。腑に落ちない。ムラビトは歯噛みした。

    「アッシュさんじゃなかったら、してません。アッシュさんで良かったんじゃなくて、アッシュさんが良かったんです」
    「いいや。俺で良かったんだよ」

     そう言ってアッシュは立ち上がると、床に落ちたマグカップを拾い上げる。マグカップには少しひびが入っていた。

    「……わからず屋」

     呟いて、ムラビトも立ち上がる。机の上に拡げた茶器をトレイに戻しながら階下に雑巾を取りに行く旨を伝えると、アッシュが両手の塞がったムラビトの為に扉を開けてくれた。
     茶器を洗い、雑巾と洗剤を混ぜたバケツを持って書斎に戻ると、部屋のほぼ中央に置かれていた机は端に寄せられていた。溢したミルクティーが拭きやすい。

    「湿気った床に布団敷きたくねぇよなぁ。どうする店長?自分の部屋戻って寝る?」
    「僕が同じ部屋で寝ると意識しますか?」

     雑巾を絞りながらムラビトは言った。無性に腹がたった。ムラビトの問いにアッシュは答えない。代わりに無言で二つのソファを寄せて、これなら二人いけっかな、と首を傾げた。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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