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    menhir_k

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    menhir_k

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    オペラさんを仲間にしてから竜の巣で双剣士の死体を見付けるクロードの話

    死者 死体を見付けた。陽の光も届かない、寒々しく暗い坑道の最奥に、その死体はひっそりと横たわっていた。ところどころ魔物に食べられているのか損傷が多く、申し訳程度に残った肉も腐り果てている。それでも辛うじて残った衣服の残骸から、その遺体がかつて人であったことが知れた。それも剣士だ。投げ出された一対の短剣を見下ろして目を細める。

    「クロード。そちらには誰かいまして」

     落ち着いた柔らかい声が聞こえて、クロードはゆっくりと振り返った。独特の装飾具を揺らしながら、紋章術師の女が近付いてくる。明るく開けた屋外では春の花のような淡紫色の髪は、彩度を欠いた闇の中では鈍い銀色に見えた。
     クロードが口を開くより先に足元に視線を落とした女が、小さな声を発した。

    「あら。先客がいらしたのね」
    「はい。この様子だと死後一ヶ月……ここはあまり外からの空気が入らないから、もしかしたら亡くなったのはもっと前かも知れません」
    「わたくしたちがラクール大陸へ渡る前、ハーリーで竜騒ぎを耳にした頃と時期は合致するかしら」
    「ええ。きっと同じ噂を聞いて、竜退治に来た剣士の一人だったんでしょうね」

     同意するクロードの足元に女は跪いて、目を伏せる。クロードも彼女に倣った。

    「エルネストさんの特徴と一致するところはなさそうですけど」

     白い骨の覗く頭部に辛うじて貼り付いているブルネットを掬いながらクロードは言った。
     未開惑星保護条約に抵触してまで同族の恋人を探すテトラジェネシスの女の話によれば尋ね人は背が高く、ダークブロンドを長く伸ばしているらしい。何より、頭蓋骨に覗く二対の眼窩が全ての可能性を否定していた。

    「とはいえ彼……彼女かも知れませんけど、とにかくこの方の身元を改めませんと」
    「セリーヌさん、こんな時でもトレジャーハントですか」
    「こんな時だからこそ、ですわ。もしかしたらこの方にも、待っている家族がいるかも知れないしょう?見付けたからには、この方の顛末を伝えて差し上げませんと」

     セリーヌは告げると、腐肉の塊と化した遺体に手を伸ばした。か細い指が草臥れた肉塊を弄ると、衣擦れの合間に粘度の高い音と小骨の折れる音とが鼓膜を震わせる。クロードも再度遺体に触れた。腐敗した膚と肉の間から、ま白い乳頭骨が奇妙に浮かび上がって見える。

    「この人は、きっと“彼”ですね」

     尖った乳頭骨を親指と人差指の腹でそっと撫でながら、クロードは言った。地球にあるチェーン店のフライドチキンを食べた時のことを何となく思い出した。士官学院時代、勉強道具一式を携えて足繁く通い、気紛れに貪った肉の刺激が味蕾に蘇る。

    「“いつしかと待つらむ妹にたまづさの、言だに告げず往にし君かも”」

     僅かな光を照り返して輝く蛆をセリーヌが摘み上げたところで、不意に口を吐いて出た一節にクロードは口元を押さえた。セリーヌの熟れた果実にも似た赤橙色の双眸が瞬く。

    「……えっと、ぼくの故郷の古い詩、みたいなものです」

     正確には地球の中でもクロードにはあまり馴染みのない国の文化の一つだ。だが、セリーヌには関係ない。それに、クロード自身何故そんな馴染みのない国の詩を口にしたのか分からない。学生時代を思い出したからだろうか。首を傾げる。すると、目の前のセリーヌも同じように首を傾げた。

    「どういう意味の詩なのかしら」
    「うーん……ぼくもよく覚えてないけど、さっきセリーヌさんが言っていたような感じだったと思いますよ」
    「ま。適当ですのね」

     セリーヌは軽やかに笑った。

    「ところで、この人のこと何か判りそうですか」

     訊ねると、セリーヌは小さく首を横に振った。大振りのピアスが音をたてる。

    「身に纏ってる衣服や装飾からして、砂漠地帯にかつて存在したという紋章剣士の村落に連なる方なのではないかしら……とは思うのですけれど、それも憶測の域を出ませんわ」
    「……そうですか」

     頷いて、クロードは視線を落とした。エクスペルの文化は分からない。けれど確かに、遺体が身に着けているものはこれまでの旅で目にしたことはなかった。

    「あれ」

     握り締める形のまま固まった篭手の中に小袋を見留め、クロードはそっと取り出した。

    「何か明確に身元が判るものが入っていますかしら」
    「開けてみますね」

     セリーヌに促されて小袋を開けようとした。けれど近付いてくる複数の足音に、クロードの手が止まる。

    「レナたちだ」

     坑道の中は音が反響して距離を掴みづらいが、そう遠くない。向こうでも何か見付けたのかも知れない。

    「あら。では中身を改めるのは宿に戻ってからに致しましょう。レナたちを近付けないで下さいな。うら若き乙女に、この場はあまり見せたくありませんわ」
    「セリーヌさんだってうら若き乙女じゃないですか」
    「わたくしはいいの。趣味ですもの」

     血のようなもので薄汚れた指先でクロードを指しながらセリーヌは言った。アーリアで彼女から贈られたタリスマンが胸元で揺れ、クロードは得心がいく。
     潔く立ち上がり、踵を返すセリーヌの後に続きながら、クロードはまた先程の詩を舌先で転がした。まるで量子力学のような詩だ、と思った覚えがある。それから、ミロキニアで消えたクロードもまた、父の中では箱の中の猫なのではないかとも思った。すると、こんなところで聞こえるはずのない猫の声が聞こえたような気がした。足を止める。肩越しに振り返り、物言わぬ遺骸をクロードは一瞥した。

    「君は箱の中から出して貰えるかも知れないね。それが君にとって良いことなのか悪いことなのかは判らないけど」

     応えはない。当たり前だ。薄く笑って、クロードは再び歩き出した。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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