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    menhir_k

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    menhir_k

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    オペラさんを仲間にしたクロードがアシュトンの夢を視るアシュクロ

    ゆめに沈む ゆめをみた。
     エクスペルに来てからというもの、凡そ目にしたことのない滑らかな硝子の嵌め殺しの窓の向こうに、きらびやかな夜の街並みが拡がっている。星の光を呑み煌めく不夜城を、暗く、寒々しい一人きりの部屋の寝台に身を横たえたクロードは眺めていた。
     均整の取れた高層ビルは故郷を思わせた。だから、初めは地球で過ごした記憶をなぞっているのだとクロードは思った。けれど、すぐに違和感を覚える。夜空を飛び交う機械とも生物とも知れない飛翔体のせいかも知れない。何かが地球とは決定的に違う街並みに、夢の中のクロードは余所余所しさを感じているようだった。何より、夢の中とは思えない倦怠感と痛みとか、全身を支配していた。そしてそれらを麻痺させるほどの、焦燥にも似た強い憤りが、ぐつぐつとどす黒く胸の内でとぐろを巻いているようでもあった。
     どれだけそうしていたのか分からない。夢の中は時間の感覚が曖昧だ。時計の音と、クロードの息遣いだけが部屋の中を支配している。やがて、規則正しい足音が廊下から聞こえてきた。どんどん近付いて来て、止まった。部屋の前だ。扉の向こうから、逡巡する気配がする。クロードは目を閉じた。三回、控えめに扉を叩く音が聞こえた。

    「クロード、起きてる?」

     若い男だ。柔らかい印象を与える声に覚えはない。けれど、言い知れない懐かしさを感じてクロードは目の奥に熱さを感じた。夢の中のクロードではなく、夢を視ているクロード自身が感じる懐かしさのようだった。

    「起きてるよ」

     窓の向こうに視線を向けたまま、夢の中のクロードは男の声に応えた。

    「入ってもいい?」
    「……いいよ。開いてる」

     音もなく扉が開いて、廊下の光が灯りのない部屋の中に差し込む。サイドテーブルに置かれた陶器の花瓶に名前も知らない美しい花が生けられていたことに、クロードはそのとき初めて気が付いた。

    「クロード……大丈夫?」

     横たわるクロードの背中に、何処か迷いを孕んだ頼りない声が落ちる。それでも確かにクロードを案じる男の声に、けれど夢の中のクロードは苛立ちを覚えていた。苛立ちの根元にあるものは彼の存在とは由来を異にしているようだったが、そんなことは関係なかった。

    「……知ってる?結構な人間はさ、大丈夫じゃなくても、大丈夫かって訊かれたら大丈夫だって返してしまうんだって」

     ひどく残酷な気持ちに突き動かされて、クロードは言った。狼狽える男の気配を背中に感じて、胸が空く。このまま男が部屋を立ち去れば良いとさえ思った。招き入れておきながら、勝手な話だ。

    「ごめん」
    「いいよ。アシュトンが謝ることじゃない」

     そこで、漸くクロードはのろのろと上体を起こした。寝台を軋ませて、アシュトンと呼んだ男の方へ向き直る。逆光で顔はよく分からない。背中から竜のような二対の異形を生やしたシルエットが印象的な男だった。

    「父さんのこと、気にして来てくれたんたろ」
    「……うん」

     何故、見知らぬこの男が父のことを気にするのだろう。クロードは不思議に思った。地球にいた士官に彼と似た人間がいたのかも知れない。思い出そうとしたが駄目だった。夢の中は複雑だ。

    「ぼくは大丈夫だよ。それより、あいつらに全く歯が立たなかったことの方が問題だ。対策を講じないと」

     アシュトンが息を飲んだ。夢の中のクロードは気付いていないようだった。

    「また明日から忙しくなるんだろうな。アシュトンも、用が済んだなら自分の部屋で休――」
    「大丈夫なわけないじゃないかっ!」

     今まで萎縮でもしているかのように遠慮がちで控えめな受け答えにのみ徹していたアシュトンが、いきなり声を張り上げた。彼は寝台に乗り上げて、クロードの肩に掴み掛かる。アシュトンは、クロードと変わらない年頃のブルネットの青年だった。翻った至極色の外套の下、カソックに似た形状の滅紫のアウターに複雑な紋様が浮かび上がっているのが見て取れた。見たことがある。それも最近のことだ。まるで知らない筈の夢の中の男に、急に奇妙な既視感を感じる。その正体を突き止めるより先に、眉を上げたアシュトンが畳み掛けた。

    「君のお父さんが、あの船には乗ってたんだろ」

     鬼気迫る形相だった。神護の森の深い緑の影に似た色の双眸に射貫かれて、夢の中のクロードは押し黙っている。男の気迫に気圧されているようでもあった。それだけで、普段の彼らしからぬ言動であることが知れた。

    「……ああ、乗ってたさ。でも、だから?アシュトンには関係ない」

     努めて平静を装って、夢の中のクロードは平坦な声音で言った。アシュトンは傷付いた様子で、眉根をきつく寄せた。

    「君が、心配なんだ。お願いだから、関係ないなんて言わないで」
    「アシュトンは優しいな」

     僅かな疎ましさと苛立ちを滲ませながらも、夢の中のクロードに嘘はない。きっとこのアシュトンという男とは良い関係を築いているのだろう、と思った。夢の中の住人であることが惜しまれた。

    「本当に大丈夫なんだ……ただ、一人にはなりたい」

     肩を掴むアシュトンの手に指をかけて、クロードは言った。けれどアシュトンの手は外れない。ますます強い力で握り込まれる。

    「いやだ」

     アシュトンの声は震えていた。

    「君を今、一人にしたくない」

     乞われる。クロードは深く息を吸い、溜め息と共に吐き出した。

    「……ぼくは今、苛立っていて、とても平静じゃいられない。アシュトンに当たりたくないんだよ。無様なところを見せたくないんだ」
    「ぼくは見たいよ。こんな時くらい、頼ってよ」

     とうとうアシュトンの声が鼻に掛かり始めた。夢の中の友人は涙腺が弱いらしい。対象的に、夢の中のクロードはアシュトンを慰めるでもなく、とうとう肩を掴む手を強引に振り解いた。

    「見せたくない、って言ってるだろ!」

     追い打ちをかけるように怒鳴りつける。夢の中とはいえ、こんな大きな声が出せるのか、とクロードは驚いた。

    「帰る家もない、家族もいない、そんな君にぼくの気持ちの何が解るって言うんだ!」

     相手を傷付け、突き放す為に夢の中のクロードはわざわざひどい言葉を選んでいる。分かり易い拒絶に、アシュトンは可哀想なほど分かり易く傷付いている。何だろうこの茶番は。クロードは思った。その上、夢の中のクロードは傷付く男を目の当たりにして胸を痛めているらしい。導き出される分かり切った結末を受け止める覚悟もなしに馬鹿なことを言ったものだ、とクロードは呆れた。

    「……そう、だよね。家族がどんなものかも知らないぼくが、お父さんを失くした君に寄り添いたいだなんて」

     ひどい独り善がりだ。俯くアシュトンの口から自嘲めいた呟きがこぼれ落ちる。
     この夢の中で父は死んだことになっているのだと、クロードは漸く理解した。妙に生々しくリアルな夢だと思っていたが、ここにきて急に現実味が乏しくなる。父は銀河にその名を轟かせる連邦の英雄だ。死ぬことなどあり得ない。
     夢は夢だ。没入し過ぎだ。急速に冷めていくクロードの心を置き去りに、アシュトンは言葉を続ける。

    「でもね、クロード。ぼくは君と……君たちと出会って、寂しさを知ったんだ。ずっと一人で生きていたことが信じられないくらい、今は君たちが大切なんだ」

     何てクロードにとって都合の良い男なのだろう。クロードはアシュトンが哀れになった。突き放されても離れない。クロードの向こう側に父の栄光を見ているわけでもない。ただクロードの身を案じ、クロードを心配し、クロードに寄り添おうと健気に言葉を繰るその姿が、滑稽で不憫で愛しかった。夢などでなく本当にこの男が存在し、現実に友であればどんなに幸福なことだろう。クロードは思った。

    「きっと、家族ってこういうものなのかな、って考えたりもするようになった。君たちと出会って。だから、」

     アシュトンの言葉が不自然に途切れた。寝台に落ちたクロードの剥き出しの手指が、濡れた感触を拾う。涙だ。アシュトンは泣いていた。

    「家族みたいに思ってる君たちの誰か一人だって、傷付いて欲しくない。失うなんて、耐えられない。それだけはわかる」

     耐えられるわけないんだ。アシュトンはもう一度そう繰り返して、クロードを抱き締めた。クロードも、今度は振り解くことはなかった。男の肩口にこめかみを押し当てて目を閉じる。背中に腕を回す勇気は持てなかったが、彼がクロードを決して放すことはないという確信があった。安心感と言い換えても良い。だから、それだけで良かった。
     ゆめはそこで終わった。





     目を開ける。目蓋が泣き腫らしたあとのように重い。日に焼けてささくれだった木枠に、曖昧な透明度の硝子が嵌っている。少しいびつな窓の向こうで、名前も知らない木が瑞々しい葉の生い茂る枝を空に向けて大きく伸ばしていた。
     清潔だが固い寝台から上体を浮かせると、クロードは欠伸を噛み殺しながら目元を擦った。涙の跡がある。変な夢を視たからだ。
     床に投げ捨てた靴を拾い履いていると、けたたましい足音が廊下から聞こえてきた。ノックもなしに扉が勢い良く開かれる。宿に仲間しか泊まっていないからといって油断した。鍵くらいかけておくべきだった。

    「おっはよークロード!起こしに来たよ……って、何だ、起きてんじゃん」
    「おはようプリシス。ノックくらいしような」

     栗色の髪を頭の高い位置で一つに結い上げた少女が、扉を開け放った勢いそのままにクロードの座る寝台に乗り上げてくる。昨日から行動を共にすることになったプリシスだ。

    「聖地に薬屋さんに言われた薬草、採りに行くんでしょ。早くごはん食べよ?」
    「行くから出てってくれ。着替えられないだろ。それと、若い娘が軽々しく異性の寝台に上るんじゃない」

     入れ替わるように立ち上がり、ドアノブに手をかけて退室を促す。すると、寝台の上に胡座をかいたプリシスが若草色のどんぐり眼をやんわりと細めて言った。

    「異性とか言っちゃって〜、クロードってば意識してくれてんだ?」
    「してるしてる。分かったらほら、出てった出てった」
    「もー、ちょっとくらい遊んでくれてもいーじゃん。クロードのケチ」

     口を尖らかせた少女は、それでも潔く寝台から立ち退くと大人しく扉をくぐっていた。すれ違いざまに緑の双眸に見上げられ、早く来てね、と念を押される。同じ緑色の瞳でも夢の中の男とは随分と印象が違って見えるものだな、と揺れるポニーテールを見送りながらクロードは思った。顔の額縁と言われる髪の色が、彼は濃いブルネットだったからかも知れない。

    「あ」

     そこで、不意に夢の中で男に感じた既視感に思い当たる。彼の身に纏っていた衣服は、サルバ坑道の最奥で見掛けた双剣士の遺体が身に着けていたものと酷似していた。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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