Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    menhir_k

    @menhir_k

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 36

    menhir_k

    ☆quiet follow

    デキてないアシュクロアシュ(認めた)破局後の未練たら㌧

    くゆる心 昼時を少し過ぎた頃、アシュトンはラクールに着いた。ソーサリーグローブの脅威も消え、エクスペル最大の都市は活気に満ちている。その上、近々武具大会の開催を控えるラクールの城下は、いつも以上に人々で溢れていた。賑わう城下町の空気とは裏腹に、くもり空は厚く、今にも雨が降り出しそうだ。
     曇天を背にそびえ立つ堅牢な城を見上げている内に、人波に流されて随分と押し戻されてしまう。背負った双龍などお構いなしだ。都会の人間はこわい。アシュトンは思った。それから、こんなときは逸れないように手を引いてくれた友人のことを思い出した。彼が今、隣にいないことがどうしようもなく寂しい。人混みでアシュトンだけが、どうしようもなく一人ぼっちだ。
     仲間たちと旅の途中、ラクールに立ち寄ったのも武具大会の開催される時期だった。アシュトンは既に双龍に憑かれていたので大会に出ることは出来なかったが、それでも楽しかった。あんなにも長く人と関わることのなかったアシュトンにとって、仲間たちと過ごした日々は何ものにも代え難い宝物だった。手を引いてくれた友人も、仲間の一人だった。本当に大切だった。懐かしさに胸が締め付けられる。だが、いつまでも郷愁に浸っているわけにもいかない。もう彼は、仲間はいない。みんなそれぞれの日常に戻って行った。アシュトンだけが何処にも行かれず、根なしの草のように彷徨っている。更に言うなら、彷徨うことこそがアシュトンの日常だった。だのに寂しい。どうしようもなく寂しい。誰かと共に過ごし、歩む日々の歓びをアシュトンは知ってしまった。もう戻れない。知らなかった頃の日常に帰れない。
     覚束ない迷子の足取りで、アシュトンはどんどん押し流されていく。そこへ、手が触れた。力強さはないが、明確な意図を持って引かれる。

    「アシュトンお兄ちゃん!」

     低い位置から声がした。視線を落とすと人混みの隙間から尖った耳が覗いている。珍しい。フェルプール族の耳だ。
     認識するやいなや、息継ぎをするように幼い顔が現れる。遠浅の海を思わせる鮮やかな眼差しにアシュトンは息を呑んだ。

    「レオン?」
    「こんなとこで何やってるのさ。ほら、こっち!」

     そう言って幼い友人はアシュトンの手を引いて歩き出す。猫の子供のように器用に人の隙間を縫う子供に必死について行く間に、何とか裏道へと抜け出すことが出来た。

    「ありがとう、助かったよ。でも、何でこんなところにレオンがいるの」
    「何で、って……ボクのうちはここにあるんだよ。そんなことも忘れちゃったわけ?」

     鼻を鳴らしてレオンは笑った。けれど感情豊かな彼の耳はぴんと伸びやかに上向いたままであったし、アシュトンと繋いだ手を離す気配もなかった。可愛らしいので指摘はせずにおく。アシュトンも嬉しかった。

    「元気そうだね。背も伸びたんじゃない?パパとママも元気?」
    「そんなに一気に言わないでよ。まぁ、元気だけどさ。あ。ウェルチおねえちゃんも一緒だよ。お店でごはんを食べてたら、窓からギョロとウルルンが見えるんだもん。びっくりしたよ」

     レオンの口から意外な人物の名前が飛び出る。亜麻色の髪をおさげにした活発な少女は、アシュトンとは別の意味であまり定住には向いていない気質であるように思っていたからだ。

    「じゃあ、ウェルチを店に待たせてるのかい?」
    「うん。おねえちゃんからおにいちゃん捕獲命令が出たんだ。このボクを顎で使う人間なんて、そういないよ」

     こっち。レオンに手を引かれるがままに脇道を少し行くと、飲食店の出入り口に着いた。大きな店舗で、窓際の席が大通りに面している作りらしい。
     店に入ると店員が少し緊張した面持ちで頭を下げた。気安く通り過ぎるレオンの様子から察するに、彼の馴染みの店であるのかも知れない。そのまま店の奥まで進むと、一際大きな窓際の席に座る懐かしい顔がひらりと手の平を振った。

    「久しぶりね、アシュトン。ギョロにウルルンも。レオン、珍獣確保ご苦労さま。無事で何よりだったわ」
    「やぁ、ウェルチ。君もラクールにいたんだ」
    「長居するつもりはなかったんだけどね……ま。いろいろあんのよ」

     テーブルを挟んだ向かいの席を促され、アシュトンは大人しく座る。ウェルチが窓際へ少し避けた隙間にレオンが滑り込んだ。空の皿が脇に追いやられ、二人の前には飲みかけのティーカップとグラスが置かれているだけだった。

    「アシュトン、食事は?まだなら何か食べてけば」
    「そうしなよ。どうせウェルチおねえちゃんのデザート待ちだから」

     レオンにメニューを手渡され、文字の羅列を追う。確かに空腹だ。だが、待っているのがデザートならそう時間はかからない。メインはやめよう、とアシュトンは思った。

    「ボクらのことは気にしなくていいよ。研究室に缶詰になってたら追い出されちゃってさ。あんまり早く戻っても入れてもらえないだろうし」
    「そーゆーこと!あ。ねぇこれにしたら?ハンバーグ。よく食べてたじゃない。好きなんでしょ」

     ウェルチが机に手を突いて身を乗り出してくる。慣れた手付きでページを捲ると、メインの肉料理を指し棒で指した。スタンダードなデミグラスソースから煮込み、チキンやソーセージの乗ったミックスグリルなど種類も豊富にある。だが、一通り文字を目で追うことだけして、アシュトンは首を横に振った。

    「……ハンバーグは、今日は気分じゃないかな。二人は?何を食べたの?」

     メニューから視線を上げてウェルチとレオンに訊ねる。

    「ボクはドリアだよ。チキンとカボチャが入ったやつ」
    「わたしはクロケットね。ここ、ベシャメルソースが有名な店なのよ」
    「美味しそうだね。ぼくもベシャメルソースを使った料理がいいな」

     再び視線を落としてメニューのページを捲っていると、給仕がカートを押してやってきた。机の真ん中に大きなティースタンドが置かれる。まるでフィーナルのような存在感だな、とアシュトンは思った。その後、給仕の手が止まったところでアシュトンはクロックムッシュを注文し、レオンもキャロットジュースのお代わりを頼んだ。

    「もっとがっつり頼んでも良かったのに」

     スコーンを割いてたっぷりのクロテッドクリームとりんごジャムを乗せながらウェルチが言った。その隣からレオンがティースタンドの下段に手を伸ばす。彼女も止める様子がないので、初めからシェアするつもりだったようだ。自分でもよく分からない安堵の息を溢してから、アシュトンは手にしたままの役目を終えたメニューを改めて眺めた。

    「やっぱり未練があるんじゃないの?」

     胸中を見透かすかのようなウェルチの問いに、アシュトンは弾かれたように顔を上げた。指し棒が手の中のメニューを示す。

    「ハンバーグ」

     ウェルチの指摘に、アシュトンは小さく息を呑んだ。
     クロードが消えた夜を最後に、ハンバーグは食べていない。あれほど好きだったのに、今は食べる気がしない。これからも、食べようという気がおこるか分からない。人間の記憶は曖昧で、覚えているような気のするあの日の味ですら不確かだ。それでも忘れたくないと何処かで思っている。だから、新しい味で記憶が上書きされることが恐ろしい。泣き叫びたくなるほどの寂しさでたまらなくなるのに、まだこの傷を抱えていたい。彼を想って、孤独でいたいと願ってしまう。

    「……未練じゃないよ」

     曖昧に笑いながら閉じたメニューを脇に避けた。ウェルチもそれ以上は何も言わなかった。

    「そういえばアシュトンおにいちゃん、クロードおにいちゃんは?一緒じゃないの?」

     サンドイッチの咀嚼を終えたレオンに問われる。クロードの名前を出されてもアシュトンは動揺しなかった。訊かれるだろうな、と思っていたからだ。

    「そういえばそうね。あんたたち、仲良かったもんね。ちょっとこっちが引くくらい」

     てっきり一緒にいるもんだとばかり思ってたわ。レオンの隣でウェルチが頷く。

    「クロードはチキュウに帰っちゃったよ。途中までは一緒だったんだけどね」
    「はぁ?何、あんた捨てられたの?」
    「そんな感じかな」

     努めて軽い調子でアシュトンは言った。ウェルチも何処まで本気か分からないが、冗談めかして受け止めてくれる。その気安さに本当に心が軽くなった。反面、その横のレオンは少し固い表情のままキューカンバサンドの咀嚼を続けている。どうしたのだろう。アシュトンは首を傾げた。ウェルチも気が付いたのか、隣に座る少年の顔を覗き込む。

    「どうしたのよレオン。黙り込んじゃって。多いなら残せば?アシュトンも手伝ってくれるだろうし」

     ウェルチの問いに、レオンは首を横に振った。

    「大丈夫。美味しいよ。そうじゃなくて……宝珠の話をしていいのかな、って思っただけ。一人で探しに行くのは危ないよ」
    「ああ、あれねえ」

     得心がいったという様子でウェルチも顎を引く。話が見えない。アシュトンが狼狽えていると、給仕が追加注文した料理と飲み物を運んできた。机の上にキャロットジュースと、クロックムッシュのセットのサラダが並ぶ。

    「えっ、と。ぼくに関係のある話、だよね?」
    「うん。関係あるどころか、おにいちゃんの為に調べたんだよ」

     レオンは胸を張り、腕を組んで、何処か誇らしげな様子で言った。

    「おにいちゃんからギョロたちを離す方法」

     心臓が跳ねる。それから、アシュトンの背筋を冷たい汗が伝った。
     ずっと取り憑いた魔物龍を祓う方法を探していた。彼らにも気にかけてくれていた。だから、もたらされた情報は間違いなくアシュトンにとって朗報の筈だった。けれど、言い知れない漠然とした不安に襲われ、アシュトンは言葉を失った。

    「わたしたちも一緒に行けたら一番なんだけど、今ちょっと立て込んでるのよねぇ、レオンのプロジェクトが」
    「ボクらの手が透くのは半年は先だろうからね。その間おにいちゃんにただ待ってて、とは言えないでしょ」

     レオンとウェルチの声がよく聞き取れない。世界の全てが遠く感じる。
     クロードはもういない。この上、ギョロとウルルンまでいなくなってしまったら、アシュトンは本当に独りになってしまう。その不安を、彼らに伝えるのは難しいことのように思えた。同時に、今更ながらアシュトンはクロードの抱えていた孤独を、本当の意味で理解したような気がした。
     アシュトンの不安を感じ取ってか、ギョロが小さな声でギャウ、と鳴く。その首筋を撫でると、今度はウルルンが頬を寄せてきた。外ではとうとう空が泣き出し、水滴が窓硝子を叩く音がする。
     俯くアシュトンの目の前に、出来立ての温かいクロックムッシュの皿が差し出された。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭👏🙏🍙👏👏😭🍰🍹❤👏👏👏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
    2296

    recommended works