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    menhir_k

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    menhir_k

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    読む人を選びそうなアシュクロアシュ8ターン目アシュトンのターンッ!(タターンッ)

    むき出しになる乾き 武具大会で賑わう兆しを見せ始めたラクールで、アシュトンは情報を集めた。武具大会の話題を除けば、ソーサリーグローブが落ちてから長い時が経っていないことや、各地の魔物の凶暴化の話が殆どだった。ラクールでの情報収集もそこそこに、アシュトンはヒルトンに足を運んだ。ラクール大陸の玄関口でも得られる情報に大差はなく、今自分が巻き戻った時間の中に身を置いているという予感が確信に変わっただけだった。そのまま船に乗りクロス大陸に向かったアシュトンは、そこでサルバ坑道の魔物龍の噂を耳にした。途端に、心臓が早鐘を打ち始める。ギョロとウルルンだ。サルバに行けば彼らに会える。二人だけではない。きっとクロードたちもサルバに訪れる。またみんなに会える。アシュトンの視界が滲んだ。
     すぐにでもハーリーを発ちたかったが、日が没みかけていたので宿に泊まった。逸る気持ちをなだめて、早めに就寝した。
     その日、アシュトンはクロードの夢を視た。泣いているクロードの夢だった。
     夢の中のクロードは、夜の海の浜辺のようなところで、膝を抱えてうずくまっていた。表情は判らない。寄せては返すさざ波がつま先を濡らすことも意に介した様子もなく、啜り泣く声が聞こえる。けれどアシュトンは何も出来ない。声帯を震わせても音にならない。手を伸ばそうとしても指先すら動かせない。ただ泣いているクロードを見下ろすことしか出来ない。
     実際のクロードが泣いている記憶はあまりない。よく笑い、拗ねたり憤ったり呆れたり、ころころ変わる豊かな表情はすぐに浮かぶ。けれど、彼が泣いている姿のはっきりとした記憶は、ただの一度きりだ。クロードの肉親が、彼の手も届かないほどの遠く、宇宙と呼ばれる茫洋とした深い闇に散って呑まれた夜、アシュトンは初めてクロードの流す涙を見た。涙を見て、クロードを抱き締めた。
     あの夜、アシュトンを突き動かした衝動の名前は今も分からない。クロードがエクスペルを発った日、山を駆け上がり、空に手を伸ばしたときの焦燥にも似ている。分かっていることは、どちらもクロードの存在が端を発しているということだけだ。そして、クロードはもういない。だから、行き場のない感情の正体をアシュトンが知ることは永遠にない。
     その事実を、突き付けるような夢だった。





     波の音で目を覚ます。部屋の中は暗い。安宿の硬い寝台は、少し黴のにおいがする。仰向けに寝ても抗議の声の上がらない夜は久し振りだ。上体を起こすと、窓からハーリーの黒々とうねる海が見えた。潮の香りが鼻腔を突く。だから夢の中のクロードは波打ち際にいたのか、とアシュトンは納得した。
     寝返りを打つが、目は冴えて寝付けない。長い旅の中、眠れる場所では何があっても眠れる筈の身体が習慣に反して横になることを拒んでいる。またクロードに、ギョロやウルルンに会えるという高揚感を伴った期待が、アシュトンの眠りを浅くしていた。
     エナジーネーデで過ごした最後の夜を思い出す。ラクアの浜辺は、夢の中のクロードがうずくまる波打ち際に似ていた。あの夜も決戦を控えたアシュトンは、眠れない身体を持て余して剣を振るっていた。やがてクロードがやって来て、言葉を交わした。実際は、殆んどアシュトンが一人で喋っていたようなもので、彼は穏やかに耳を傾けて、時折相槌を打っていただけだった。今にして思う。クロードも話したいことがあったかも知れない。けれど、あのときのアシュトンはその考えが到らなかった。自分の想いに耳を傾けて欲しいばかりで、話すだけ話して浜辺を後にした。
     クロードの声が聞きたい。もっと、クロードと話せば良かった。後悔が募る。あの夜に限った話ではない。もっとクロードと言葉を交わせば良かった。クロードの声を聞けば良かった。取り戻せない時間を思うと、どうしようもなくつらい夜を重ねた。けれど、それももう終わりだ。
     一向に眠りの訪れない身体を起こして、アシュトンは寝台を下りた。手を伸ばして、机の上のランプを点ける。闇が薄れた部屋は、ほんの少し昼間の明るさを取り戻した。道具袋をあさり、筆記具を取り出すと机に紙片を広げる。椅子を引いて、アシュトンは腰掛けた。付き合いの悪い眠りは見限ることにした。
     ランプの灯りを頼りに、紙にペンを滑らせる。手遊びの延長のような気安さでクロードから教わった地球の文字を書く。地球にはエクスペルよりも多くの国が存在し、多くの言語が存在し、多くの文字が存在する、とクロードは言っていた。眠れない夜の手慰みに書いたエクスペルには存在しない筈の文字は、拙くいびつでとても読めるようなものではなかった。この国の文字は難しいね。ぼくも苦手なんだ。鼓膜の裏側に、柔らかい声が蘇る。記憶の中の彼の声をなぞりながら、文字を綴った。諺や古い詩、地球の偉人の格言――意味は思い出せたり、思い出せなかったりしたが、アシュトンは気にしなかった。地球の文字を書いていると、クロードを近くに感じられた。それだけで良かった。一番上手く書けた字をクロードに見て貰おう。そう思った。
     時間を忘れて文字を書き綴った。溢れた紙片は机を滑り落ちて床に積もっていく。気が付けば窓から見える東の空が薄く明らんでいた。水平線が仄赤く滲んでいる。これでは何の為に宿に泊まったのか分からない。アシュトンは笑った。
     そのまま眠ることなく朝を迎えたアシュトンは、軽く食事だけを済ませて宿をあとにした。
     夜が明けたばかりの港町はひっそりと静まり返っている。頬を撫でる潮風が冷たい。汽笛を鳴らしながら漁船が船着き場に帰港する様子が遠目に見えた。水揚げ作業を察してか、まだ夜の気配が残る菫色の空を水鳥の群れが忙しなく飛び交っている。
     海を背に、アシュトンは歩き出した。まだ低い日差しが目に突き刺さり、視界が白一色に染まる。手をかざして目を細めた。
     足取りが軽い。もうすぐ会える。クロードに会える。会って声が聞きたい。クロードと話がしたい。逸る心がアシュトンを突き動かす。気が付けばアシュトンは走り出していた。
     心臓が痛い。息が苦しい。けれどそんなことは少しも苦にならない。
     再会の喜びに期待を寄せて胸を弾ませるアシュトンの行く道を照らすように、柔らかく日の光が降り注いでいた。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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