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    menhir_k

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    menhir_k

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    やりたい放題アシュクロアシュ9ターン目!?クロード一応最後のターン!(タターンッ)

    玉かぎる永遠の海辺に 穏やかな夜だった。静寂を甘く撫でるような波の音が聞こえる。月に似た衛星の幻想的な光が黒曜石のような水面に映り込んでいる様子が、クロードの佇む高台からよく見えた。見下ろす海辺に人の気配はない。二人分の足跡が海沿いに続いているだけだ。クロードがやって来る前にいた誰かの痕跡から目を逸し、砂浜に降りる階段に向かった。
     海風が囁くようにクロードの髪に触れる。強い潮のにおいが鼻の奥深くに突き刺さった。靴底越しに伝わる柔らかい砂の感触を踏み締めながら、クロードは波打ち際に向かう。誰もいない。解っていた筈なのに落胆した。それから、何処かで期待に似た想いを抱いていた自分にクロードは少し驚いた。その期待が、クロードの足を夜の岸辺に向かわせたのだと気付いたからだ。
     ネーデで過ごす最後の夜、クロードは確かにこの海辺で誰かと言葉を交わした。誰なのかは分からない。サルバ坑道の奥に居た彼だったら良いな、とクロードは思った。アシュトンだったら良いな、と願いにも似た強さで思った。
     少しの間、クロードはその場に佇んで鏡面のような夜の海を眺めた。何処かでまだ、期待を捨て切れずにいた。けれど、どんなに待ってもアシュトンが来ることはなかった。振り返り見遣った高台へと続く階段には誰もいない。棕櫚に似た植物が、手のひらのような葉を伸ばしているだけだ。まるで夜空に浮かぶ天体を掴もうとしているかのようにも見えた。
     クロードは砂浜を歩き出した。足跡が続く方向とは逆向きに歩き出した。今この夜に、アシュトン以外の誰とも会いたくなかった。彼と言葉を交わすことが叶わないなら、せめて彼を想う時間を邪魔されたくなかった。
     暫く歩いていると視界が滲み始めた。彩度を欠いた夜の世界が滲む。不明瞭なアシュトンの記憶が海の泡のように浮かんでは消えた。眉尻を下げて少し困ったように笑う顔が好きだった。普段は頼りないのに、時折鋭く上がる声が頼もしかった。とうとう涙が溢れ出したが構わない。どうせ誰も見ていない。歯を食い縛ってクロードは歩を早めた。
     どうしてサルバ坑道に向かわなかったのだろう。後悔が募る。確かにハーリーで龍の噂話は耳にした。覚えている。けれどあのときのクロードは、早く地球に帰りたい一心でラクール行きの船に乗ることを優先してしまった。あのとき引き返してさえいれば失わなかったものがある。彼の笑顔、彼の声、彼のぬくもり、彼との未来その全てが、クロードの選択一つで永遠に失われてしまった。その事実を思い知る。どうせなら忘れたままでいたかった。そうすれば、もう取り戻せない友人を想って胸が締め付けられることもなかった。
     石のような、流木のような塊に足を取られて、体勢を崩し砂地に前のめりに膝をつく。転倒を避ける為に反射的に突いた手の甲に、ぱたぱたと涙が落ちた。砂を握り、拳を目蓋に押し当てる。
     そうだ。決して取り戻せない。明日の戦いで十賢者を倒して、エクスペルを蘇らせても、アシュトンはいない。アシュトンはクロードの手など届かないほどの昔に死んでしまった。
     砂まみれの手でポケットをあさる。ハンカチに包まれて出て来たのは、くたびれて汚れた紙片と烏瓜の種だった。震える指で紙片を開くと、拙く歪んだ地球の文字がクロードの滲む視界に飛び込んで来る。馴染みがあるわけではない。けれど全く知らないわけでもないその地球の文字を、詩を、アシュトンに教えたのはクロードだ。否、教えただなんて大それた話ではない。ほんの手慰みに、片手間に、故郷を持たない彼に自分の故郷の話をしただけだ。流れでいくつかの文字と、いくつかの言葉を書いて見せた。たったそれだけだ。それだけのことを、アシュトンはまるで大切な宝物のように思っていてくれた。間違いない。彼はきっと、クロードのことを覚えていた。待っていた。もう一度クロードと出会う為に、再会の希望を胸に、あの暗い坑道の奥を独り目指した。
     彼の潰えた希望を想うとつらい。彼の踏み躙られた期待を想うと苦しい。クロードを待ち続けたアシュトンの心が、絶望と諦念とに塗り潰されていく過程を想うと吐き気を催すほどの罪の意識に苛まれる。アシュトンを置き去りにした。見捨てた。選ばなかった。アシュトンを殺した。
     止め処なく、涙が溢れる。紙片に落ちて、文字が滲む。滲んで意味を失っていく。アシュトンの痕跡が消えてしまう。わかっていても、堪えることが出来なかった。

     ――どういう意味の詩なのかしら。

     波の合間に、嗚咽の狭間に、鼓膜の裏側に、問い掛ける女の声が蘇る。
     坑道の奥深くで、あのときのクロードは答えを曖昧に濁して告げた。正確には、この詩は夫の死を知らない妻を憐れむ詩だ。夫の死を知らず、その帰りを待つ妻の玉章だ。だからその死を知らなければ、妻の中で夫は死んでいないことになるのではないか。まるで箱の中の猫のように、中を改めさえしなければ、或いは永遠の矛盾を留めておくことも出来たのではないか。異国の詩に初めて触れた日、クロードはそんなことを考えた。そして今、同じことを考えている。
     どうして彼の死を知ってしまったのだろう。どうして彼と過ごした日々を思い出してしまったのだろう。知らなければ、思い出さなければ、ただの行き摺りの屍をほんの一時哀れむだけで済む筈だった。こんなにも取り返しの付かない、取り戻せない今になって、ただただ自分の無知と無力とを思い知らされる。アシュトンの死をまざまざと突き付ける神のようなものが心底恨めしくて憎くらしくて堪らない。矛先を神にでも向けなければ、全てが手遅れになってから漸く気付いた己の暗愚を許せない。どうやって再び立ち上がれば良いか分からない。どうやって宇宙を救えば良いのか思い出せない。
     砂にまみれ、髪を水に浸して、声を枯らしクロードは泣き続けた。夜通し泣き続け、黎明の空と海の境界が仄青く滲む頃、漸くクロードの頬を濡らす涙は乾き始めた。すぐそこまで、夜明けが迫っている。明けの空に薄っすらと星は煌めいて、静かに横たわる海は穏やかで、変わらず世界は美しい。昇る恒星にクロードは泣き腫らした目を細める。
     ただ一人、世界中の何処を探してもアシュトンだけが存在していないという事実が、クロードの世界に暗い陰を落としていた。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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