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    menhir_k

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    menhir_k

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    レナから見たアシュクロアシュ

    幕間 力の場の攻略を終え、愛の場に向かう前にノースシティに立ち寄った。補給の為だ。それに、慣れない雪山を歩いて魔物との戦闘以上に仲間たちは疲弊していた。提案したのはボーマンだった。クロードが賛同し、力の場からほど近く、ノエルの実家もあるギヴァウェイが候補に上がった。それを却下したのは薄着のセリーヌと繊細な耳を震わせるレオンだった。休むなら極寒の地から離れたい。気持ちは解らないでもない。だからネーデの中では緑豊かで長閑な印象を受けるノースシティの名前をレナは口にした。ノエルの眉根が微かに寄ったことを除けば、反対する声はなかった。
     買い物を終え、道具屋を後にする。予定より買い込んでしまった。レナは買い物袋の中を覗き込む。

    「女三人で買い物は……良くありませんわね」

     レナと同じことを考えていたらしいセリーヌが菫色の髪を揺らして肩を落とした。

    「本当に必要な道具と食材の補給だけのつもりだったのに……ウェルチのせいよ」
    「いいじゃない別に。欲しかったんでしょ。だから値切ってあげたのよ」
    「見てるだけで良かったの!……もう。値切ったからには買わなきゃいけない気になっちゃうじゃない」

     少しも悪びれた様子を見せず、ウェルチは肩を竦めた。確かにエクスペルでは見ないような精巧な細工の施された装飾品に目が釘付けになっていた。けれどサルバでクロードに買って貰ったペンダントもある。レナは自重するつもりだった。だが、ウェルチの好意と言う名の暴走がレナの自制心を打ち砕いた。セリーヌも同じだ。

    「……わたくし、暫くは倹約に努めますわ」

     戦利品の袋を抱き締めたセリーヌは、とぼとぼと宿に向かって歩き出す。セリーヌのあとに続こうとしたウェルチの背中に、レナは声をかけた。

    「わたし、少し辺りを散歩してから宿に戻ろうかな」

     ネーデの根幹に関わるという試練の場を巡る中で、レナは様々な記憶と声に触れた。正直、自分がネーデ人であるという事実にも未だ理解が追い付いていない。最後の場に向かう前に、少し頭を整理したかった。

    「そ?じゃあ荷物、持ってったげる」

     ウェルチは特に問い質すこともなく、レナの手にした荷物を預かり去って行く。解っていて何も訊かずにいてくれる彼女の優しさに感謝して、レナも歩き出した。
     田園風景に斜陽が射し込んでいる。西日を背負った梢が風に揺れ、木漏れ日がさんざめく。そこかしこの家々から、食欲を唆る香りが漂ってきた。時間帯からして、夕飯の準備をしているのかも知れない。においにつられてか家路を急ぐ子供たちとすれ違う。エクスペルでもネーデでも人々の生活は変わらない。レナはアーリアの夕暮れを思い出した。
     一見するとノースシティの夕映えの町並みはエクスペルの片田舎にも似ている。だが、実態はそのように装っているだけで、レナたちエクスペルの住人はおろか、先進惑星出身のクロードですら及びもつかない高度な技術で管理されているらしい。図書館での失敗が記憶に新しいレナは思わず自嘲めいた苦笑をこぼした。
     町の中を漫ろ歩いていると、雑木林からフルートやピッコロに音色にも似た震えるような鳥の鳴き声が聞こえた。アーリアでも耳にしたことのある囀りだが、鳥の名前は分からない。目を閉じて耳を澄ませる。こうして馴染みのある囀りに耳を傾けていると、今自分がエクスペルとはまるで違う惑星にいることが嘘のように思えた。同時に、エクスペルに来たばかりの頃のクロードもこんな気持ちでいたのだろうかとも思った。
     目を開く。没む日差しを受けて、何かが強く煌めいた。辺りを見渡すと、薄紫色の花を旺盛に付けたライラックの生け垣の向こうにブロンドが見え隠れしている。クロードだ。目を閉じる前は気が付かなかった。よく見ると赤い龍もいる。同系色だったので、夕焼けですぐには気付けなかった。俯いていたのか、憑かれた本人と青い龍の頭も花の向こうに見え隠れする。まるで絵本の挿し絵のようなあどけなさで寄り添う二人に、言葉を失う。そこには何の翳りも見えない。エクスペルの崩壊も、十賢者の脅威も感じさせることなく、暮れ泥む空の下でクロードとアシュトンは笑い合っていた。

    「レナさん」

     声がした方へ振り返ると、枯れ草色の髪の男が立っていた。短い髪から覗く尖った耳が、彼がレナの同族であることを示している。

    「ノエルさん」

     レナも男の名前を呼んだ。けれど続く言葉が見付からない。まだ行動を共にするようになって日の浅い彼とは共通の話題も少ない。

    「買い物はもう済みましたか」
    「はい。ノエルさんは研究所に行っていたんですよね」
    「まぁ、立ち寄ったからには顔を出さない訳にも行きませんしねぇ」

     微かに眉根を寄せて、ノエルはレナの質問に答えた。ノースシティに向かうことが決まったときと同じ顔をしているノエルがおかしくて、レナは小さく吹き出した。毒気を抜かれたように今度は眉尻を下げて、ノエルが頬を掻く。

    「買い物は終わったのに、まだ宿に戻らないんですか」
    「ええ。ちょっとネーデの町並みを眺めて考えたいこともありましたし」
    「おや。邪魔をしてしまいましたね。すみません」
    「いいんです。だって、ほら」

     生け垣を指す。丁度立ち上がったところだったのか、花の向こう側でブロンドの横に少し背の高いブルネットが並んだ。

    「あっちが気になっちゃって」

     何してるんでしょうね。レナは雑談の延長で、返答を期待せずノエルに問うた。

    「ああ。しもやけの薬を作ってるんじゃないでしょうか」

     意外なほど的確な答えが返り、レナは少し驚いた。

    「しもやけ?」
    「はい。先程、烏瓜の実が成っていそうな場所を訊かれまして……理由を尋ねたところ、レオンのしもやけが悪化したとか何とか」

     一面の銀世界とラスガス山脈よりも険しい力の場の山道を思い出す。白一色に染まった視界に、何度足を踏み外しそうになったか分からない。身を切るような冷たい風に晒されて、繊細な耳を持つレオンが悲鳴を上げていた。しもやけはそのときに出来たものだ。

    「薬なんか作らなくても、わたしかノエルさんに言ってくれたら良かったのに」

     ネーデ人には癒やしの力がある。薬には薬の利点はあるが、しもやけ程度なら治癒呪紋で治してしまった方が簡単だし早いのに、とレナは思った。

    「ボーマンさんに以前作り方を教わっていたとかで……あれは単純に、試しに作ってみたかっただけだと思いますよ。効率は二の次で」
    「かぶれたりしないかしら」
    「クロードもついていますし、ボーマンさん直伝なら大丈夫ですよ。それに、効率ばかり追い求めた結果が今のネーデかと思うと、彼らの試みも悪くはないんじゃないでしょうか」

     便利な都会での生活を離れ、保護地区で一人サイナードの繁殖に努めていた風変わりなネーデ人はそう言って笑った。
     再び、何処からともなく笛の音に似た澄んだ鳥の鳴き声が聞こえる。ナイチンゲールですね。鳴き声だけでノエルは鳥の名前を言い当てた。感心するレナの視界の端で、敏い蒼龍が身じろぐ。

    「レナ……と、ノエルさん?」

     名前を呼ばれる。アシュトンが二人に気が付いた。ライラックの花の向こうで大きく手を振っている。決して小柄ではない上に龍の頭を二つも背負った彼の動きはとても目立った。ノエルと顔を合わせて笑っていると、生け垣を迂回したアシュトンが駆け寄って来る。そのあとを、苦笑混じりのクロードがゆっくりと歩いてついてきた。

    「見て見て、二人共!」

     アシュトンの差し出した鮮やかな朱色に染まった手のひらに、黒ずんだ粒が乗っている。レナは目をしばたき、ノエルと顔を見合わせる。ノエルも小さく頭を振った。

    「なぁに、これ?」
    「種だよ、烏瓜の。クロードの故郷では、これを乾かしてお守りにしたりするんだって」

     ノエルの言っていた通り、本当に二人で烏瓜を探していたらしい。見付けたなら宿に戻って調合すれば良いのに。レナは思った。

    「ぼくも話に聞いていただけで、やってみたことはないんだけどね」

     追い付いたクロードもアシュトンの手を覗き込んで言った。彼の手もアシュトン同様、朱色に染まっている。

    「地球の人は、面白いものを思い付くんですねぇ」
    「まだ黒いけど、これが乾くと褐色の模様が入って神様のアトリビュートに似た形になるらしいんです」

     アシュトンの手のひらの上の種を突付きながらクロードは答えた。

    「上手く出来たらレナにもあげるね。一番綺麗に模様が出た種をプレゼントするよ」

     屈託なくアシュトンが笑う。隣でクロードも微笑んでいる。けれどレナは気付いてしまった。ほんの一瞬、瞬き一つの刹那、確かにクロードの頬が引き攣り翳る瞬間を見てしまった。分かってしまった。どうしよう。アシュトンはまるで少しも気付いていない。どうしよう。レナは困った。
     クロードは本当はアシュトンと二人だけの秘密にしておきたかった。そこにどんな名前の感情が滲んでいるのか、そこまではレナにも分からない。けれどアシュトンはクロードの意図も思惑も飛び越えて生け垣の向こうから飛び出して来てしまった。だから、これ以上はいけない。種は貰えない。断るべきだ。だのにアシュトンが本当に嬉しそうに笑っているものだから、断れない。レナは本当に困った。

    「いけませんね、アシュトンさん」

     間延びした声が隣から聞こえて、レナは現実に引き戻される。ノエルだ。

    「クロードさんからのプレゼントを他の女の子にあげてしまうなんて」

     レナが言いたかったことを、ノエルははっきりと告げた。これで種を貰わずに済む。二人の秘密は暴かれたが、クロードの気持ちは守られた。これで全ては丸く収まる。レナは思った。けれど何故か、誰も何も言わない。四人の間に沈黙が横たわる。ナイチンゲールの澄んだ鳴き声だけが、薔薇色の空にこだました。見れば、クロードもアシュトンも夕焼けでも誤魔化せないくらい、顔を朱くして俯いている。あまりにも包み隠さないノエルのストレートな言葉は、繊細な男たちの情緒を激しく掻き乱したようだった。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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