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    menhir_k

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    menhir_k

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    さーいご!さーいご!!ほんとにほんとの最後のアシュクロアシュ!!!

    死にゆく恋に泥む玉章[後編] 頬が濡れる感触に、意識が引き戻された。ゆっくりと目を開く。視界は相変わらず不明瞭で、固い岩場に横たわっていた全身が軋むように痛んだ。徐々に視界が闇の暗さに慣れてくる。仰向けに寝転んだアシュトンの視界に、氷柱にも似た鍾乳石が飛び込んできた。頬を濡らして覚醒を促した水滴は天井から滴り落ちたものらしい。
     上体を起こして辺りを見渡す。アシュトンの気配を察してか、傍らで横たわっていた双頭龍の青い頭が一つ首をもたげた。
     アシュトンと共に宝珠に触れ、過去に飛ばされて来たギョロとウルルンも記憶は残っているようだった。憑かれていたときのような明確な意思の疎通は出来ない。それでも敵意のない再会がアシュトンは嬉しかった。やっとアシュトンを覚えている存在と出会えた。両手に余る龍の二つ首を力いっぱい抱き寄せて再会を喜んだ。
     いいよ。まだ寝てな。言いながら、アシュトンは龍の角の脇を一撫でした。安心したのか、蒼龍の頭は再び伏せて丸くなる。
     魔物龍の住処は人の手が入らなくなって久しい坑道の最奥だ。光の刺さない洞窟は時間の感覚がない。魔物龍を討伐しようとする傭兵の襲撃が止んでいるので、もう外は日が落ちているのかも知れない。何か腹に入れるなら今の内だ。
     アシュトンはのろのろと道具袋の中を掻き回す。ギョロとウルルンがアシュトンを覚えていても、いなくても、共に坑道で数日を過ごす覚悟はしていたので食料は多めに用意しておいた。火はギョロが煽してくれたし、水はウルルンが出してくれたので、覚悟していたよりずっと快適に三人は坑道でクロードたちを待つことが出来た。それでもアシュトンの持ち込んだ物資には限りがある。補充の為に坑道の外に出れば、魔物龍を庇う気の触れた男として追い立てられた。きっと魔物龍を討伐する為に集まった傭兵たちは、ギョロとウルルン、そして彼らを守るアシュトンの疲労と消耗を待っている。

    「正しい判断だとは思うけどね。ぼくがあの人たちなら同じことをしたもの」

     道具袋を引っくり返して、やっと出てきたのは鹿肉とドライフルーツで作った崩れたペミカン、ギョロの歯型の付いたハードタックだけだった。においを嗅ぐ。異臭はないことを確認すると、ウルルンに出しておいて貰った水で片手鍋を満たし、ギョロの助けを借りて起こした火に鍋を置いた。水はやがて沸騰して湯になり、そこへペミカンとハードタックを放り込んで煮崩していく。様子を見ながらかき混ぜれば、ほどなくしてシチューが出来上がった。
     ギョロとウルルンを起こし、器にシチューをよそう。最後の食糧だ。最期の食事かも知れない。こんなことならハンバーグを食べておくべきだったかも、とアシュトンは思った。やはり食べなくて良かった、とも思った。
     その後、長く襲撃の気配は途絶えた。アシュトンもギョロやウルルンも傭兵の迎撃はしたが、急所は避け致命傷は与えずにいた。死人は出していない。討伐依頼が取り下げられたのかも知れない。楽観視は出来ないと解ってはいても、決して短くはない坑道内での生活にアシュトンは疲れ切っていた。擦り減った心は正常な思考能力を低下させる。可能性の低い希望にも縋りたくなる。

    「ごめんね、二人とも。こんなことに付き合わせて。さっさとぼくに憑いて貰って、外に出てしまえば良かった」

     魔物龍を守る異常者として、アシュトンの顔は知られてしまった。素知らぬ顔で外套を被り、二人を連れて出て行くことは難しい。
     せめて一人でなければ、誰かがいれば――そう考えたとき、思考の端をクロードの横顔が掠める。やめてくれ。アシュトンは頭を抱えた。クロードはもう来ない。どんなに待っても来ない。いい加減、解っている。根拠のない希望に運命などという不確実な名前を付けて、再会を馬鹿みたいに信じて浮かれて走り出した結果がこれだ。
     クロードは来ない。ギョロとウルルンも守れない。アシュトンはここで乾いて死んでいく。それが全てだ。
     自分の為に涙を流す気力はもうなかった。けれど、付き合わせてしまったギョロとウルルンへの申し訳なさで、アシュトンはまた少し泣いた。
     金属の擦れる音で意識が浮上した。眠っていたようだ。いけない。身体を起こすが、あまり力が入らない。頭が重い。眠りだけでは体力の回復が追い付かないところにまで来ている。寄り添うギョロの頬を一撫でしてから、アシュトンは抱えて眠っていた剣の柄に手をかけた。

    「気付いた?誰か来るみたいだ」

     先の金属音は、武器の鳴る音だ。武器を持った人間が近付いている。人数は判らない。一人ではないことは確かだが、音が反響して数を特定し難い。
     握った柄に込める力を強める。いつでも抜ける。アシュトンは腰を落として身構えた。同時に、こんなときですら拭い去れない淡い期待に口許を歪める。もう何度目だアシュトン・アンカース。胸中で独り言ちて、自嘲を伴う笑みをこぼす。
     けれど何度だって期待してしまう。近付いてくる足音に、心臓は早鐘を打つ。敵を警戒しての緊張ではない。期待だ。こんなときですら、まだ夢を見ている。仄暗い曲がり角から眩い光を寄せ集めたような金髪が覗いて、あの懐かしい声に名前を呼ばれる夢を見ている。
     馬鹿みたいに、信じていた。何度も、何度も、期待して、夢を見ては裏切られた。今度もきっとそうだ。また裏切られるに違いない。分かっている。分かっていても、それでも諦められなかった。
     幽かな灯りに写し出された来訪者の影を岩肌に見留めた刹那、アシュトンは地面を蹴っていた――得物は槍だ。クロードではない。
     先に懐に入り込んで無力化を狙う。短剣を抜き放ち、相手が身構えるより先に柄で下顎を捉えて昏倒させる。すぐ後ろに控えていた剣士はまだ得物を鞘から抜いてすらいない。手甲目掛けて短剣を投擲し、出来た隙を逃さず蹴り飛ばした。
     投げた短剣を拾い上げ、襲撃者と対峙する。数を数える。目視出来る範囲で八人はいた。当たり前だが、そこにクロードの姿がないことアシュトンは安堵した。同じくらい、落胆した。それから、たった一人と二つ頭の魔物龍相手取るだけなのに大袈裟だな、とアシュトンは投げ槍に笑った。笑いながら、大きく剣を振りかぶった。
     クロードへの失望が身勝手に募っていく。好意の大きさが諦念に沈むことを許さない。諦められないから期待する。期待するから裏切られる。裏切られて、失望して、期待はやがて意地にも似た執着にすり替わって行く。
     ウルルンのブレスに合わせて、斬撃に氷を乗せる。常より大きく育った氷柱を駆け上がり、足場にして跳躍した。重力に任せて傭兵たち目掛けて斬り掛かると、そのまま陣形を掻き乱した。紋章術を詠唱する淡い光が坑道の岩壁を照らす。術師がいる。すかさず動いたギョロが術師の足元を牙で掬い上げ、詠唱を中断させた。そのままアシュトン目掛けて放り投げる。噛み殺すことが出来ないからだ。それに、ブレスを吐くことも出来ない。
     ギョロのブレスは火気を帯びている。奥まった坑道ではすぐに酸素が尽きてしまうことを危惧しているらしい。過去に彼らこの龍の巣で対峙したときは、ギョロもウルルンも一切の躊躇なくブレスを吐いていた。恐らく、彼らの活動に支障はない。アシュトンを慮ってのことだ。人との交流が、彼らを迷わせる。アシュトンの存在が、彼らを弱くした。
     敵もギョロの異変に気が付いたようだ。攻撃が集中する。アシュトンを退け、ウルルンの追撃をいなし、剣が、槍がギョロに迫る。溢した敵を追い掛けてアシュトンも走り出すが、間に合わない。

    「もういい、焼き払えっ」

     アシュトンは叫んだ。張り上げた声にギョロは弾かれたように反応すると、ブレスを吐く為の予備動作に入る。けれど、炎が放たれることはなかった。ブレスを躊躇したギョロの鱗の隙間を縫うように、鋭い槍が突き刺さる光景をアシュトンは見た。深さは分からない。だが、ギョロが苦悶の咆哮を上げる。身体を共有するウルルンの動きも止まった。更に、矢も飛んでくる。魔物龍の鱗は硬く矢を通すことはないが、アシュトンの足止めだけであれば充分な効果があった。短剣で数本は打ち落としたが、狭い坑道では避けることも難しい。足に、肩に、矢が刺さる。それでもアシュトンは走った。体液を流すギョロに、更に振り下ろされようとする剣の間に何とか身体を滑り込ませることが出来た。凶刃を、既のところで短剣を交差させ受け止める。重い。握り込んだ柄が、肩から流れる血で濡れて滑る。それだけではない。力が入らない。身体が鉛のようだ。
     アシュトンは疲れていた。戦い続けることにも、待ち続けることにも、疲れ果てていた。自覚すると、全身からなけなしの力が抜け落ちた。魔が差したと言い換えても良い。ここでアシュトンが諦めてしまえば、ギョロとウルルンの命も危ぶまれるというのに、一瞬、ほんの一瞬だけ何もかもどうでも良くなった。何もかも投げ出して、終わりにしたくなってしまった。その一瞬で、全てが崩れた。
     短剣が弾かれる。一本は取り落とし、辛うじて握り直した残る一本をすぐさま飜えして突き出すが、間に合わない。薙ぐように払われた剣戟を後退して躱す。だが、追撃を防ぎきれない。剣ではなく鞘で殴られた。油断した。平衡感覚を失い、膝を突く。あり得ない失態だ。短剣を拾おうと手を伸ばす。だが、柄に指先がかかる前に腹部を蹴り飛ばされた。転倒する。起き上がる前にサバトンに覆われた剣士の足がアシュトンの身体を踏み抜いた。鈍い痛みが走り、息が詰まる。骨が折れた。恐らく肋骨だ。生理的な涙に滲んだ視界が、沈む巨大な赤い影を捉えた。繋がるもう一方の青い頭も釣られるように引き倒される光景を、ただ見ていることしか出来なかった。

    「ギョロ……ウルルン」

     名前を呼ぶ。手を伸ばす。二人には届かない。ギョロもウルルンも動かない。傭兵の声が聞こえる。
     鱗を剥ぎ、角を折り、牙を抜こう。腹を裂いて肉を捌こう。目玉をくり貫き、骨を取り出そう。きっと良い素材になる。魔物龍は金になる。耳を塞ぎたくなるような声が聞こえる。

    「……やめろ」

     動かない身体の代わりに、唇が戦慄く。傭兵たちの得物が無慈悲に閃く。

    「やめろ、やめてくれ」

     伸ばしても届かない手の代わりに、声を張り上げた。骨が軋む。それでも、叫ばずにはいられなかった。

    「友達なんだっ」

     地に伏して、アシュトンは涙と共に懇願した。届かないと解ってはいても、乞わずにはいられなかった。

    「……たすけて」

     友達だった。家族だった。出会ってから片時も離れず傍にいた。祓い落とす方法を探し続けたけれど、彼らを傷付けたいわけではなかった。大切だった。分かたれて飛ばされても見つけ出して巡り会った。アシュトンの我儘に付き合ってくれた。死なせたくない。守りたい。けれど今のアシュトンにはその力がない。無力を噛み締めて悲嘆に暮れ、振り下ろされる凶刃を前にただ吼えることしか出来ない。

    「たすけて、クロード」

     縋る声に応えるように、辺り一面が目も眩むような光に包まれた。傭兵たちの動きが止まる。光に穿たれた岩壁は焼け焦げて、煙が立ち昇っていた。ざわめきが起こり、動揺が走る。ただ一人アシュトンだけが、この場で正しくその光の意味を理解していた。
     坑道の出入り口へと続く細い道へと目を遣る。光はその方向から放たれた。
     人が立っている。剥き身の、両刃の剣を握っている。見知った顔だ。ブロンドも空色の瞳も赤いバンダナも、奇妙なジャケットも、剣を持たない方の手に携えた先進惑星の武器もよく知っている。不思議な構造で光を放つ武器だ――クロードだ。そこにはクロードが立っていた。
     誰かが声を上げた。光の剣だ。傭兵たちの動きが止まる。サルバでの光の勇者の大立ち回りはまだ記憶に新しい。緊張を走らせる彼らに向けて、クロードは武器を構えた。傷付ける為ではなく、威嚇の為に放たれた光が傭兵たちの足元を焼く。間違いない。勇者だ。領主邸に現れた勇者だ。事態を飲み込んだ傭兵たちが散り散りに逃げていく。そうして、傷付いたアシュトンとギョロとウルルン、クロードだけがその場に取り残された。
     坑道に、再び暗闇と静寂が舞い戻った。アシュトンもひどい状態だったが、クロードもひどい有様だった。
     太陽の下、風になびいて輝くブロンドは絡まり薄汚れて、汗で頬に、額に貼り付いている。全力で駆けて来たのか、整わない呼吸に肩は大きく上下に揺れている。アシュトンを見据える薄く膜の張った青い双眸だけが、いつもの彼の色をしていた。戦慄く唇がアシュトンの名前を象る。懐かしい声は聞こえない。
     フェイズガンと呼ばれる光の剣をホルダーに納めたクロードが一歩、アシュトンの方へ踏み出した。右手に携えていた両刃の剣は鞘に戻すことは叶わず滑り落ちる。硬い岩盤を叩く金属音が、静寂を劈いて坑道内に響いた。けれどクロードが意に介する様子はなかった。それどころか、アシュトンへと向かう歩みは速度を増してゆく。アシュトンも立ち上がった。軋む身体を奮い立たせ、痛みと疲労に崩れ落ちそうになる足を叱咤した。歯を食いしばり、足を引き引き摺り駆け出した。
     すぐそこにクロードがいる。手を伸ばす。指先が彼の頬を掠めて、髪に触れた。そのまま頭ごと掻き抱けば、アシュトンを抱き留める形で受け止めたクロードが体幹を崩して仰向けに倒れ込む。息を思いきり吸い込むと、汗ばんだクロードのにおいが鼻腔を突いた。
     ずっと、この執着の名前を探していた。友情と呼ぶにはあまりにも重たく濡れた希求を、愛情と呼ぶには切実さを孕む乾いた情動を、どのように名付けて呼べば良いのか分からなかった。けれど、今なら判る気がする。抱き締めていた頭を解放して身体を離し、未だ呼吸の整わないクロードを見下ろしてアシュトンは思った。
     これは恋だ。
     確信に背中を押されてアシュトンは、クロードの頬に手を添えて、上体を屈め唇に口付けた。
     陸に打ち上げられた魚のように組み敷いた身体が大きく跳ねる。アシュトンの身体を押し遣ろうと反射的に伸びた手のひらが、肩口に刺さったままの矢に気付いたのか躊躇するようにさ迷う気配がした。結局、行き場をなくした拒絶の手は背中に回り、そのまま強く抱きしめられる。アシュトンの形を確かめるような力強さで、かたく抱きすくめられる。
     口付けていられなくなって、アシュトンは唇を離した。見下ろすクロードの顔色に、困惑はあったが嫌悪は見て取れない。安堵のあまり、笑みが溢れた。

    「遅いよ、クロード」

     笑いながら咎める。すると、勢い良く上体を起こしたクロードがアシュトンを引き寄せ、口の端に噛み付いてきた。今度はアシュトンが、クロードの背中に腕を回す番だった。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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