代償 無償の愛など存在しないと理解したのは、ある程度年齢を重ねてからだった。
何かを得るには代償が必要である。その代償が足りなかったから母は居なくなったのだと、独り立ちしてから理解した。
小さな子供が渡せる代償などたかが知れている。だが、それでも苦しむ母のためにできることは何かしらあったはずだ。
今になって思いついても後の祭りだが、あの時こうしていればと後悔ばかりがキィニチの頭を駆け巡る。
だから、キィニチは一生独りで生きていくことを誓った。他人からの愛を受け取るほどの代償を自分が用意できるとは思えないし、あの父親の血が流れているから、もしかしたら同じように暴力を振るってしまうかもしれない。
独りの方が気楽で、依頼をこなしてモラを稼げば生きていくことに困らないと判断した。
そんな生き方を始めてから暫くして出会ったのが、アハウである。
「お前に力を貸してやる。ただし、お前が死んだらその身体はオレの物だ。いいな?」
アハウの提示した代償はキィニチにとって軽いものだった。独りで生きていくと決めたから、死んだ後のことはどうでもよかった。家族がいたら、悲しませてしまうと拒否しただろうが、キィニチに両親はいない。親族のリックは年を取っているから、キィニチより後に亡くなることはまずない。
逆にアハウの代償の方が大きいのではと困惑したほどだ。
「お前はそれでいいのか? 外には出れるが、俺が死ぬまでお前は俺と共に行動することになるんだぞ」
すぐ死ぬ予定はないから、何十年と付き合わせることになる。確認のために聞いたが、アハウは笑うだけだった。
「人間の寿命なんてたかだか数十年だろ? そんなの、此処に封印されていた時間に比べたらあっという間だ。それに、見張ってねぇと他の奴にお前の身体を盗られるかもしれねぇだろ」
アハウ以外に身体を狙ってくる者などいないと思うが、それは言わないでおく。身体を奪うためにアハウがキィニチに攻撃を仕掛けてくることは契約違反としたから、そう簡単には死なないはずだ。
そんなわけで、一生独りで生きていくという誓いはあっけなく崩れ去ってしまった。だが、悪くはなかった。
アハウがいても、監視していれば他人に迷惑がかかることはない。それに、口煩くてたまにウザったくなるが、時々感じていた孤独が消えた。
軽くなった心を考えればもっと払うべき物があると感じたが、言葉にすれば調子に乗るので今は決して言わない。ただ、もし必要な時が来れば、快く差し出そうとキィニチは新たに誓いを立てるのだった。