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    蝶呼(ちょうこ)

    @choko_disposed

    短編置き場。

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    蝶呼(ちょうこ)

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    「きみは聖杯にも似た」(オベぐだ♀) そっとぐだ♀に寄り添うオベロンのはなし。ふたりは恋人くらいの関係です。

    #オベぐだ子
    obeGudako

    きみは聖杯にも似た「オベロン!」

     部屋の扉が開いたかと思えば、目の前に勢いよく誰かが飛び込んできた。それは俺の名を叫びながら目の前で倒れ込み、ベッドの端に座っていた身体に伸し掛る。

    「きみねぇ、いくら自分の部屋だからって……」
    「お願いオベロン! 私とイチャイチャして!」

     そう聞いて、咄嗟にいくつかの可能性を想定した。
     まず、頭上にいる立香に何か異変が起きた可能性。頭のネジが相当数抜けているのか、マスターとしてそぐわない言動を見せている。
     次、押し倒されている俺の認識が間違っている可能性。もしかしたら本来の立香がこうした言動をする人物であり、これまでは俺の方が勝手に美化していたのかもしれない。
     最後に、お互いが何か幻覚のようなものを見せられている可能性。夢だのレムレムだのが横行しているこのカルデアだ、否定はしきれないのが正直なところである。

    「で、その心は?」
    「だから、イチャイチャ……」
    「……きみは三月ウサギか」

     言葉尻を捉えるのなら、発情した兎と大差ないようなものに思える。しかしどうやら本音のようなので、実質三月のウサギである。
     そして恐らく、三つの可能性はそのどれでもない。もう少し言い方というものがあるだろうし、何か意図があるはずで。

    「それで、俺は何をしたらいいわけ? サーヴァントとしてマスターの命令なら聞いてやるけど、まさかセックスでもしろって? 第一きみは今、シミュレーターで周回をしている最中じゃ……」
    「なんていうか、このまだとダメなんだよね。あ、もしかして、汚染された聖杯ってこんな感じなのかな?」
    「待て待て。あながち嘘ではないあたり、タチが悪すぎるだろ……」

     二人の声が、無機質な部屋に響いている。汚染された聖杯とはよく言ったもので、目の前の姿をじっと観察すれば、切羽詰まった様子が見て取れる。
     いつもの周回の最中だなんて、とんでもない。
    そんな余裕のない立香にベッドの上で押し倒されて、それで。

    「とりあえず、重いからどいてくれない?」
    「うわ、自然な流れで重いって言った……」

     ぽたりと胸元に水滴が滴る。呼吸が荒く、頬が紅潮している。
    ……まるで、ここまで全力疾走して来たかのように見えてしまう。

    「それで? 俺は別に暇じゃないんだ、用がないなら帰ってくれない?」
    「いやここ、私の部屋だし。違う、そうじゃなくて……ううん、私の部屋なのは違いないけど……」

     恐らく、頭の中もあまり回っていない。その上で「イチャイチャして欲しい」だの「汚染された聖杯」だの、嘘ではないものの理解が追いつかない。
     再び、ぽたりと水滴が落ちてくる。
     見上げれば少しは呼吸が落ち着いたらしく、ようやく互いの目があった。
     じっと見詰めてくる、琥珀の瞳。こちらもじっと見詰め返せば、狼狽えた瞳は視線を逸らす。

    「なんていうか、その……浄化? しないといけないから!」
    「……は? 浄化?」
    「そう! お願い! 今すぐ!」

     そう主張する割に、自分から何かをするような気配はなかった。そのくらいは気が動転しているらしく、妖精眼などなくても言葉の先にある感情が透け視えてくる。

    「……ほんと、面倒だな。次から他を当たれよ?」

     薄汚れた魔術礼装の上から腰に手を回せば、反射的に身体が倒れ込んできた。単なるシミュレーターでの戦闘なら有り得ないような状態が気になってしまい、抱き締めた事で見えなくなった琥珀色に思いを馳せる。

    「あー、これでいい?」
    「……うん。でも何ていうか、その」
    「満足した? 終わりにしていい?」
    「全然足りないよ。だからその、もう少し……」

     耳元で聞こえる声は不満に満ちていた。大きく上下していた胸が落ち着き、ぴたりと重なって、二つの鼓動が同じ速度になっていくのを感じる。

    「……もっと」

     もっと、回した腕になお一層力を込めれば、身体から苛立ちが抜けていく様子で。

     すう、と大きく息を吸う。
     はあ、とゆっくり息を吐く。

     そうして暫し、ぴりりとした無言に包まれていた。それは少しずつゆっくりと、甘ったるく溶けていく。

    「……ニヤニヤしすぎだろ」
    「してないし。適当な事言わないで」

     ここにきてようやく、強がりが見え隠れした。腰に回す腕に改めて力を込めれば、触れ合った身体がじわりと熱を持つ。

    「うん……何ていうか、ありがとう」
    「それで? 汚染された聖杯は浄化されたのか?」
    「うん……もう少し、もう少しだけ」

     耳元で、大きくひとつ深呼吸。重なる鼓動が徐々に速度を上げ、軽く弾むようになって。

    「うん、大丈夫そう! ありがとうオベロン」
    「なんだ、気持ちわっる……」
    「酷いなぁ、嘘はついていないでしょ?」

     重かったものが消えていく、弾んだ鼓動が離れていく。起き上がった立香は清々しい笑みを零して、甘く溶け切っていた空気を一閃した。

    「あーはいはい。まあ、さっさと終わらせてきたら?」
    「そうだね。すっかり浄化された事だし、サクッと片付けてくる」

     どうやら本気でそう思っているらしく、頭上に見えていた身体はまるでウサギのように軽く跳ねて消えた。

    「それじゃあ、行ってきます!」

     そう言って、部屋を駆け出し消えていく。ドアが閉じる前に一瞬見えた背中は眩しくて、思わず目を逸らした。

    「はは、浄化されただって? よく言うよ……」

     呪われた虫には廃棄場の穢れがお似合いで、こうやって必要あらば受け止めているのだった。
     そうすれば、きみは何度でも輝ける。
     
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