インサニティ「それは、難しい相談だなあ……」
目の前のブロンドの少女が、文字通り頭を捻る。ぐるぐると頭をまわしてはうーんと唸り、溜め息をついている。彼女に無理を言って困らせたのは私なのだが、他に頼れる存在もいないので仕方がない。
「いや、そもそもあのひとの喜ぶ姿が思い浮かばないというか……」
常に部屋に居るはずのサーヴァントが不在の隙をついて、私は彼女を自室に招いた。相談事があっての事だったが、結局二人しても良い案は浮かばなくて。それでもお互いベッドに座り込んで話をしていると、突然ぷしゅ、とドアの開く音がする。
「おや、マスターに客人とは珍しいんじゃないかな?」
ノックもせずに入ってきた妖精王は、にこにこと微笑みながらこちらへと歩み寄ってくる。その笑顔はなんだか、少し怖い気すらしてしまった。
「えっ、なんで……? っていうかノックくらいして欲しいんですけど?!」
「単にここのセキュリティがガバガバ過ぎるってだけさ」
それは確かに、そうなのだ。
しかし霊基の調整をすると聞いていたのに、あまりにも帰りが早すぎる。これでは彼女、アルトリア・キャスターとの相談を続けるなんて事はできないし、下手な事を言えば妖精眼の餌食になるのは明らかだった。
「僕に隠れて女子会? 女子ではないけれど、できるならご一緒させて欲しいなあ」
それは、断固拒否だ。何故なら議題が議題だから。オベロンに何かプレゼントをしたいなんて、バレたら何を言われるかわからない。
と、そこまで考えてオベロンの言葉の性質を思い出す。〝女子会にご一緒したい〟とは、もしかして。
「はいはーい、つまり私はご一緒したくない邪魔者という事ですね。という事で話はまた改めて、マスター」
まあ、あの言葉の真意そういったところなのだろう。話は途中になってしまったけれど、もうどうあっても日を改めるしかなかった。
そして、アルトリアは黙って部屋を出る。なんとなく去り際に笑顔を向けられた気がして、そういえば彼女も妖精眼をもっている事を思い出す。きっと私の考えや想いは全部筒抜けだったという事に、酷く恥ずかしくなってしまった。
「しかし、アルトリア相手に一体何を話してたんだい?」
部屋に残ったオベロンから、冷ややかな視線を向けられる。何を話していたかって? そんなの、言えるわけがない。誤魔化したり嘘をついたりしたら、私の考えなんてあっさりバレてしまうのだから。
「かっ、彼女、アルトリア・アヴァロンなんだよね…たまにアルトリア・キャスターだと勘違いして話をしちゃうけど……」
「いや、だから何を話してたのかな?」
話を逸らす事など許されない。目の前に立ちはだかるオベロンは、私を逃がす気がないのだ。これはもうどうにもならないと観念して、私は白状する事にした。
「あの、オベロンに……日頃のお礼として何か、プレゼントをしたくて」
言った、正直に言った。
きっとバカにされるのが見えている、オベロンはそういうひとだから。すると案の定、彼は笑顔の裏で酷い不快感をちらりと見せる。
「プレゼント? それは大層素晴らしい発想だね……でもそんなものは気持ちが大事なんだ、実際に贈り物をするという行為なんてのは二の次なんじゃないかな?」
そして彼は頭からどろりと昏い泥を被るかのような様子を見せ、終末装置へと姿を変えた。妖精王の輝く笑顔は消え去り、気だるそうな虫が私を見下ろしている。
「そもプレゼントだなんてくだらない事を考える暇があるなら周回でもしてろ。ああ、もしかしてバレンタインで味をしめた? 実はマスターって意外と暇なポジションだったんだな」
案の定、全否定をされてしまった。それはそれで少し悔しくて、今だって昼休み返上でアルトリアと相談をしていたというのに。
……ええ? それで? プレゼントがくだらないって?
「ねえオベロン……もしかして何か欲しいもの、あるの?」
裏返った言葉をなんとか解読して、その真意に気付いてしまって、うっかりそう切り出した。するとオベロンはベッドに座る私を無言で見下ろしてくる。私を射抜く強く瞳に見詰められると、どうしようもなくその視線に負けそうになってしまう。
「ほ、ほらメロンとか? あっいや、メロンも本当に好きなのかわからないけど……えっと……」
戸惑いつつそう誤魔化したものの、やはり負けてしまった。自業自得ではあるのだけれど、視線の圧が強すぎて、オベロンの本音がわからなくて、私は思わず顔を伏せる。
無力だな、悔しいな。いつも力を貸してくれる大好きなオベロンに、私は何ひとつできる事がない。
泣きそうになるのを、ひたすらに耐えた。
「きみねぇ……」
頭上から呆れた声がする。そりゃあ呆れもするだろう、当然だ。その声に自分の無力さを思い知らされて、なお一層惨めな気持ちになってしまい、いよいよ涙腺が崩壊しそうになる。
ところが直後、頬がふにゃりとつかまれる感覚がした。しかも、その力の込め方に容赦がない。
「いっ、いはいよおへろん……はにゃひてっ!」
無防備な左の頬を縦横にむにむにと動かされ、流石に痛かった。なんでこんな事をするのか、その意図も目的もさっぱりわからなくて、どうにも戸惑ってしまう。そしてそんな痛さで涙が滲み出した頃、私はようやく解放された。
「ちょっとオベロン、やりすぎ! 痛かった!」
思わず、素直に抗議をする。慌てて顔を上げオベロンを見れば、何故か柔らかい笑顔を湛えていて……益々
、その真意がわからなくなった。どうして頬をつねったの? その笑顔は一体どういう事なの?
そうやってしばし困惑していると、オベロンは私の顔を覗き込んでくる。その空色の瞳は、すぅっと吸い込まれそうな程透き通っていて。
「きみ、すぐそんな余計な事を考えて…………」
「えっ?」
「…………まあ、そういう事だ。きみはきみらしく在れば、それでいいんじゃないか? それだけで安心するヤツ、たくさんいると思うけど?」
余計な事? そういう事ってどういう事? そんな疑問を口にしかけたものの、私は無理矢理その言葉を飲み込んだ。よくはわからなかったけれど、ここで問い返したらオベロンの本音が聞けなくなる気がしたからだ。
結局のところ、私がいつも通りならそれでいいと、そういう事なんだろうか。
オベロンの言葉はいつもどう捉えていいか悩み、戸惑ってしまう。するとオベロンは戸惑う私の顎に手をかけて、ごく自然にそっと唇を重ねた。
「そうだな……敢えて欲しいものがあるとすれば、きみを奈落に閉じ込めてやりたいって事くらいじゃないか? 俺の虚の中で発狂しながら落ち続けるきみ、大層いい見物だろうし」
そんな台詞を吐き捨てつつ、オベロンは踵を返してするりと部屋を出ていってしまう。部屋を出る瞬間、その姿を器用に妖精王に戻しているのが見えた。
柔らかい感触のした唇に触れて、じっとその余韻に浸る。キスなんて何度となくしているはずだけど、何故か毎回違う感触がするような気がして。
ああ……結局、私はオベロンに何一つお返しができなかった。プレゼントを渡すなんて意気込んでいた過去の自分が情けないくらいに、悔しかった。そしてそれ以上に、彼の呪いの裏に垣間見えるいくつもの優しい表情にふれてしまい、私の心の中はぐちゃぐちゃになってしまった。なぜならそれは、アルトリア曰く〝真面目でマメで公平〟なオベロンが見せる、特別な言葉と表情なのだから。
私を奈落に閉じ込めて?
気が狂う様を眺めたいだって?
そう、きみのそういうところが、たまらなく愛おしいのだ。嘘みたいな強い独占欲を見せながら、私らしく在ればそれでいいと言う。
だからもう、私は奈落を落ちているわけでもないはずのに、とっくのとうに気が狂ってしまっているのだ。
きみというひとが傍にいてくれる、ただそれだけの事で。