【夏五】箱庭 無数の赤い花が揺れている。名前を知っていた気がするのに、思い出せない。
座っていた木製のベンチから立ち上がると、わずかに眩暈がして足元がふらついた。背もたれに手をつき、やり過ごす。こめかみを針で刺されるような鈍い痛みがときどき襲ってくる。
大きく息をついて、軽く頭を振る。
背後には丸太を積み上げて造られた、家とも小屋とも判断がつかない小さな建物がある。
朧げに、この中で寝ていたことを思い出す。今日は天気がいいからと、誰かに支えられて外に出て、このベンチに座った。
すぐ横には白い幹の大きな木が生えていて、屋根の上、左右に大きく広げられた枝が影を作り、強い日差しから守っている。
目の前には真っ赤に彩られた広大な野原があり、遠くに湖と背の低い山が見える。他に人工的な建物はない。
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