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    MondLicht_725

    こちらはじゅじゅの夏五のみです

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    MondLicht_725

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    0巻後のif話です
    生きてる夏五(記憶喪失)

    #夏五
    GeGo

    【夏五】箱庭 無数の赤い花が揺れている。名前を知っていた気がするのに、思い出せない。
     座っていた木製のベンチから立ち上がると、わずかに眩暈がして足元がふらついた。背もたれに手をつき、やり過ごす。こめかみを針で刺されるような鈍い痛みがときどき襲ってくる。
     大きく息をついて、軽く頭を振る。
     背後には丸太を積み上げて造られた、家とも小屋とも判断がつかない小さな建物がある。
     朧げに、この中で寝ていたことを思い出す。今日は天気がいいからと、誰かに支えられて外に出て、このベンチに座った。
     すぐ横には白い幹の大きな木が生えていて、屋根の上、左右に大きく広げられた枝が影を作り、強い日差しから守っている。
     目の前には真っ赤に彩られた広大な野原があり、遠くに湖と背の低い山が見える。他に人工的な建物はない。
     ここはどこだろうかと、今更ながらに思う。
     見たこともない風景だ。なぜここにいるのかもわからない。
     こめかみを摩りながら木陰から一歩外へ踏み出すと、途端に強い日差しが容赦なく目は突き刺し、世界は一瞬真っ白になった。
     眩暈はますますひどくなる。何も存在しない空間に、放り出されたような気分になる。足が二、三度左右へブレて、足踏みをした。ぎりぎりのところで、倒れるのは免れる。もう一度頭を振ると、元の色彩が戻ってくる。
     赤い花の群れの真ん中に埋もれるように、こちらへ向けられた背中が見えた。
     俯いているようで、顔はわからない。キラキラと、光を反射する白銀の髪が、ときどき吹き抜ける風に揺れる。
     慎重にゆっくりと近づいていく。花をいくつか踏んでしまったが、それより花畑の真ん中に座っている人物のことが気になった。
     すぐ後ろに立てば、影が覆う。気づかないはずはない。それでも、振り向くことはなかった。
     近づいてわかったのは、この相手が男だということだけだった。片方だけ伸ばした腿の上で右手が忙しなく動いている。さほど大きくはないスケッチブックに、鉛筆の芯が忙しなく走っている。目の前に広がる光景が、白と黒だけでそっくりそのまま小さなキャンバスに収まっている。なかなかに上手くて、思わず感心してしまう。
     いい加減なようで、なんでも器用にこなす男だ――浮かんだ思考に戸惑う。なぜ、そう感じたのだろうか。
    「気分は?」
     近寄った影に驚いた様子もなく、静かな低い声がかかる。
    「――いいとも悪いとも言えない」
     迷ったが、素直に答えた。
     どちらかといえば悪いのだろう。目眩も頭痛も、完全に治ってはいない。
     この男は誰なのだろう。どれだけ見渡しても、他に人影はない。ならば、霞んだ記憶の中で体を支えていたのはこの男なのだろう。
    「歩けるようなら、とりあえずはよかった」
     男は手を止めない。こちらを見ることもない。会話を続けるつもりもないらしい。
     置いていかれたような気分になる。どうしようかと迷って、隣に同じように腰を下ろしてみる。むせるような花のにおいが、体を包む。
    「暑くないのか」
     ここはどこだ、お前は誰だ。私は――誰だ。
     聞きたいことは山ほどあるはずなのに、最初に口を出たのはそれだった。
     日差しが強い。座っているだけなのに、体力が消耗していく気がする。
    「僕は平気だけど――そうだね、お前にはつらいかもしれない」
     ようやく手が止まる。振り返った顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
     また、眩暈がする。なにかが、男の顔にダブる。
     もう少し短い髪、口元に浮かんだ笑み。この男を、知っている。知っているはずなのに、呼ぶべき名前も何も出てこない。
     こちらの葛藤に気づいているのかいないのか、男は首を傾げた。
    「中に入ろうか。お茶でも淹れるよ」
     スケッチブックと鉛筆を腿の横に置いて、立ち上がる。
     促すように肩に触れた手を、とっさに掴む。感じた温かさに、なぜか戸惑った。じんわりと、熱が移っていくような感覚。浮かんだ感情を、うまく表現する言葉が見つからない。
    「ここは、どこだ。君は――誰なんだ」
     誤魔化すように、ようやく1番重要な疑問を投げかける。男は表情を変えなかった。
    「ここは、どこでもない。名前は特につけられていない、なんでもない場所だよ。僕の住処の1つでね、1人になりたいときによく来るんだ」
     やんわりと、掴んだ手を外される。促されて、同じように立ち上がる。
     不思議なことに、目眩も頭痛も消えていた。
    「お前はすぐそこに倒れてた。なぜなのか、なにがあったのかは僕にはわからない。お前自身も…どうやらわからないようだね」
     眉尻を下げ、苦笑する。額に親指を当てる。欲しい答えが得られない絶望と同時に、なぜか安堵も広がっていく。自分自身がわからずに、混乱する。
    「僕は悟。焦っても仕方がないよ。とりあえず、中に入って休もう」
     さとる。教えられた名前を口の中で繰り返す。
     差し出された手のひらを見つめる。長くて細い指。一度も日に当たったことなどないような白い肌。
     どこかで。どこで。
     答えを探そうとすると、頭の中に急激に濃い霧がかかる。すべてが、遠くなる。
     こちらを窺う目と合う。背後の空と似た、けれどなにものとも異なるような、不可思議な青い瞳だ。
     戸惑いながら、手を重ねる。思ったよりも強い力で握り締められ、引っ張られた。
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