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    nana0anan

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    Ifのお話の裏側

    もしものお話橘さんが、大学を休学して実家に戻ったと真壁に聞かされたのは青天の霹靂だった。
    数日前まで何事もなく顔を合わせていたのに。挨拶もなしに?理由の説明もなしに?なんだよそれ、散々俺の心を掻き乱してきておいて。
    メッセージで何があったか問い正そうと思ったが、俺と彼女はそんな関係では無い。理由を話したくないなら、そこまでだったんだと思い送信を押す前に連絡先ごと削除した。
    予備校とバイトと勉強と、日常生活を送っている間に、彼女への執着や思いは段々と薄れていった。
    あれから、俺の中の獲猿も驚くほど大人しいのが不気味ではあったが、自分は普通の人間に戻れたのかもしれないとポジティブに解釈した。

    ーーー
    春になり、志望大学に無事受かった。住所も変わらない、ただ手続きを粛々と行い俺は無事"浪人生"を捨て、"大学生"の肩書きを手に入れた。
    母さんと初めての酒を酌み交わした。
    半年早いけど、内緒よ。そう言って飲んだ初めてのビールは苦かったし、炭酸が喉に絡んで飲めたもんじゃなかった。
    大学の授業は楽しかった。浪人の時と違い、自分の興味を持ち、世界を広げられる講義は楽しかった。
    インカレのボルダリングサークルに入った。世界も狙えると先輩から熱っぽく言われたが、資格を取りたいんでと断った。
    体質的に全然酔わない方だとわかった。ビールは好きになれなかったが、日本酒や果実酒は好きだった。
    チャラチャラとした飲み会に行く機会もじわじわと出てきた。
    人の群れの中は心地よかった。1年浪人してるんですよ、と言ったら「すごい筋肉してるんですね、私同級生になれて良かった」と露出多めの身体を押し付けながら言われることもあった。
    ははと軽く流した。
    メゾン・ド・ベルの住人たちとも交流は続いていた。時折部屋に泊まったり、山に一緒に登ったり。だらだらと時を過ごせる友人がいるのは楽しかった。
    成人式のときは、地元に帰り仲間と朝まで遊び酒を飲んだ。みんな彼女が出来たとか、お前はどうだとかそんな話をしていた。
    自分に話を振られると、特にそんな浮いた話は無いと流した。
    彼女欲しくねえの?お前ならいくらでも出来るだろ。なんなら今からマチアプ入れろよ。そんなふうに言われた。興味が持てなかった。
    人が好きだ。群れの中にいるのが心地よい。
    でも、恋愛にも、異性にも、もちろん同性にも興味が持てなかった。
    一時期あんなに、俺の中の獲猿は荒ぶっていたというのに、どうして。
    こんなに俺は恵まれているのに、段々と、世界が色褪せて、音が遠くなっていくような気がした。

    ーーー
    大学4年間はあっという間に過ぎていった。
    無事に希望の資格を取得し国家試験に合格することが出来た。。ゼミの教授から、真面目にやっていたもんなあと大袈裟な程に褒められた。
    就職の際に、地元を選ぶか大学の近くで探すかを迷ったあげく、ここで探すことにした。
    教授の推薦もあり、あまりあくせく就職活動をすることなく、税理士事務所の見習いになることが出来た。
    もちろん、大学の名前を使うなら地元よりこちらの方が就職に有利だから、そういう理由もある。でも、地元に帰らなかったのは、ここに未練があったからかもしれない。
    未練の理由は、どんなに考えてもそこだけモヤがかかったように分からなかった。
    初任給で、母さんと高い焼肉を食べて、ロボット掃除機を送った。
    やっとあたしの子育ても終了ね。そう言って笑う母さんはまだ43歳、人によっては今から子育てが始まる年齢だろうに。母の人生はまだまだこれからだ。
    慣れない仕事に翻弄されているうちに季節はどんどん過ぎていく。
    メゾン・ド・ベルに引っ越してきてから5年目になる。部屋は相変わらず必要最低限のものしか置いてなく、ただ部屋の導線の効率だけが良くなっていく。
    毎日朝と夕方にニコニコマートでジャスミンティーを買う習慣だけは変わらない。
    満たされた、しかしどこか空虚な毎日が続いていく。いや、俺だけじゃなくてみんな大体そうなのかもしれない。
    俺の中から何かがなくなってしまった感覚がずっとある。それが何なのかも思い出せない。
    部屋の片付けをしていると、一冊の本が出てきた。大学の研究室で借りた本だった。すっかり存在を忘れていた。
    ゼミの教授に申し訳ないと連絡をすると、いつでもいいから返しに来るがてら遊びに来いと言われた。
    スケジュールアプリで確認したら、明日は出勤はしなければいけないが、午後はもうフリーだった。
    ビジネスバッグの中に借りていた本を忍ばせた。

    ーーー
    大学に来るのも数ヶ月ぶりだった。教授はスーツ姿が様になってきたなと頭を撫でてきた。サークルの部室に顔を出すと、後輩たちがわっと迎えてくれて、先輩がいないと寂しいですよとお世辞か本気か分からないことを口々に言ってくれて可愛かった。
    人が好きだ。群れの中にいるのが心地よい。でも、俺の中にはいつも何かが足りなくて、でも、それが何か分からなくて。

    「おっかしゃーん!」
    子供の声が聞こえた。街中ならともかく大学の中でこんな声が聞こえるのは珍しい。
    小さな子供が、ぶんぶんと手を振りながら走っていた。後ろから追いかけてくるのは、母親?でも、こちらに向いてお母さんと呼んでいるから、おばあちゃんか?
    段差に躓く、危ない、反射的に手を伸ばす。小さな身体は俺の腕の中にぽんと収まった。
    軽い、柔らかい、温かい、かわいい、抱きしめたい、そんな感情が自分の中にぶわっと湧き上がって信じられなかった。
    子供なんて、触れ合ったこともないし可愛いと思ったことなんてなかったのに。
    子供が俺の顔を見る、何歳くらいだろう。小さい子供の年齢なんてよく分からない。くりくりした艶やかな瞳がきらりと光を反射し、俺を見つめている。愛おしさが止まらない。
    「大丈夫?きみ…」
    「あっ、おっとっしゃんね!」
    おっとっしゃん?お父さん?いや、間違えているよ。他の人をお父さんなんて呼んだら、君のお父さんに失礼だろ。俺は、
    子供の目の下に痣があるのに気づいた。俺のものによく似た黒い模様のような痣。黒々とした髪の毛、つり目がちの目、この顔には見覚えがある。母さんがよく「この頃は最高だったのになー。可愛かった。天使みたいだったわー」そんなふうに言いながら無理やり見せてきた、子供の頃の俺の写真に。
    「ん! あ、おっとしゃん、おっかしゃんいるよ! おっかしゃーん! おっとしゃんいたよー!」
    ぶんぶんと子供が俺の腕の中で小さな手を振る。
    振り返るとそこに居たのは、

    やっとわかった。俺が何を忘れていたのか。
    俺の中の猿はどこへ行ってしまったのか。
    大変だったよな。俺が何も知らないで、馬鹿みたいに、のんきに大学生活を送っている間に、君は新しい命を宿して、見守って、育てていたんだもんな。
    俺が、俺の中の猿がやったことの責任を、俺は取らなければいけない。
    いや、この気持ちは責任なんてものじゃない。俺は、ただ、
    「君の名前は、なんて言うの?」
    腕の中の子供をちょっと強めに高い高いしながら言うと、子供はきゃははと笑う。
    「まぁちゃん!たちばな、まあちゃん!」
    「そっか、いい名前だね。」
    「おっとしゃん!おっとしゃんは、だれですか?」
    腕を上げて飛行機のように子供を支える。今まで知らなかった高さに子供は興奮して大声を出す。
    「はじめまして。柳楽凌って言います。まあちゃんにずっと会いたかったよ。」
    子供はまあちゃんもー!と言いながら首に抱きついてくる。
    振り向き母親の顔を見る。胸が高鳴る。あの夜、夜道で触れた手の感覚を思い出した。それでも、俺の中の猿は顔を出さない。
    ただの人間の俺が、彼女に初めての恋をした。
    君は俺の前で良く不安そうな顔をしていたね。笑顔にさせられなくて、ごめん。あのときの俺には勇気も覚悟も何も無くて、なのに猿の欲望だけあってきっと君を傷つけた。
    あの時より、少し大人になって、痩せたかな?化粧や服装が落ち着いて"母親"という雰囲気になっている。
    それでも相変わらず、俺にとってはどうしようもなく魅力的な女性だった。
    俺の子を産んでくれた女だから当たり前、か。
    母さんに言ったらどんな顔をするだろう、殴られるかもしれない。親御さんとこに土下座しに行くわよ!という顔が目に浮かぶ。
    それでも、この可愛い子を見たら、メロメロになるんだろうな。
    灰色の世界に色が満ちていくようだった。
    「橘さん…今から時間ある?色々あるんだ。話したいこと、謝りたいこと、それから…」
    未来の話を、君たちと。
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