朝陽空が白んできたのに気付き、シアラはテントの中からもそもそと這い出してくる。ここは標高の高い雪山だ。テントを出た途端冷たく澄んだ空気が頬を撫でる。はぁと息を吐くと空に息が白く線を描く。
シアラはごそごそと懐を漁ると、ペンダントに加工された蜂蜜色の結晶蜜を取り出し空にかざして見つめる。日の出前の青白い空とのコントラストが対照的だ。これはシアラが初めての採集で獲た結晶蜜。とある島国のごく限られた土地でしか取れないが、そこでは年中咲いているものだから珍しいものでは無い。
「採集難易度高くねえし、安モンだから無理に売る必要も無い。初採集の記念に取っときやがれ。」
ラテロがそう言うものだから、シアラはそれに従うことにした。それから何度も採集に出て、もっと希少なものや、取るのに苦労をした蜜はあったけれども、初めてのこれはやはり特別だ。眺めていると心が落ち着くし、ぺろりと舐めると元気が湧いてくる。
バサリとテントの開く音がした。振り向くとラテロが腹をぼりぼりと掻きながら出てきた。雪山だと言うのに上半身はタンクトップ一枚だ。毛皮があるとはいえ、寒くないのだろうか。蜜熊族は身体の構造が随分雑だ。
「おはようラテ郎ちゃん。」
「ん」
ぽんと手渡されたのは炎の紋章が書かれた魔石とケトル。
「小便してくっから、そん中雪詰めて火沸かしとけ。」
そう言うと大きな欠伸をしながらラテロはテントから離れていく。シアラはやれやれと言われた通りケトルに周囲の雪をぎゅっぎゅと詰める。ケトルは水色の光を放つ。ユニコーンの角で作られた浄化装置が入っていて、どんな汚れた水でも一瞬で清浄な水にするという便利なものだ。
シアラはそれを魔石の上に置く。ゆっくりとケトルに熱が移り、シュンシュンとお湯が湧いてくる。ラテロが戻ってきた。黙って金属製の茶器を器用にセッティングし、熱いお茶を煎れシアラに手渡す。
「ありがと。ん〜温かくて美味しい!」
「おう。」
シアラはにこにこと嬉しそうに両手を温めながらお茶を飲む。リラックスをするとシアラの髪の毛のトゲが優しく寝る。ラテロは口にこそ出さないがそれを眺めるのが好きだった。
「眠れなかったのか?」
「早く目が覚めちゃっただけよ。テントの隙間から日が入ってきたから。」
「そうか。」
ラテロはぎゅっとシアラにくっついて座り込む。距離感の近さには慣れたものだ。雪山では出来るだけ固まった方が暖が取れる。シアラは被っていたマントを外し、ラテロと一緒に包まる。この方が温かい。ラーコの方が柔らかくて可愛らしいが、ラテロの方が筋肉質で温度は高い。
空と山の境界から光が差してきた。夜明けの時間だ。シアラの結晶蜜はきらきらと光を反射し、輝きを増す。ラテロはじっと朝日を見つめている。何も言わない。でも、この瞬間が好きなのだとシアラには分かっていた。雪山でも、砂漠でも、湿地帯でもラテロは必ず朝日の出る時刻には起き見つめている。。いつの間にかラテロに付き合ってこうして二人で茶を啜るのが習慣になっていた。
朝日が山から離れ、空が赤から変化してくると、ラテロはマントから出て、ぐっと背伸びをする。
「飯作んぞ。ラーコ起こして来い。」
「ラーコちゃんと一緒に寝ちゃダメかしら。抱っこして寝てると気持ちいいのよね。」
「飯出来るまでならな。」
シアラはふふと笑い、ぐっとラテロの真似をするように背を伸ばした。