里指「・・・指揮官?」
定期メンテナンスを終え、宿舎へと戻った構造体の目の前には一人ソファで無防備に寝ている人間がいた。
青い影は戸惑いながら人間の元へと近づき、異常がないか確認をする
特に命を脅かすような異常があるわけではなくただ寝ているようだった。
すやすやと眠る指揮官の横へと起こさないようゆっくりと注意しながら座り、端末を開いてみるが
なんだか落ち着かなかった。
出会った当初よりも痩せてしまったその体は、傷と隈を付けている
自分たちを導いてきた指揮官。戦闘能力を僕達と比べてしまったら月とすっぽんのように差があるようなこの人が
側にいるだけで酷く安心する。
しかしその体は脆く、僕たちが力を入れて害を成せば直ぐに壊れてしまう程に小さい存在。
⋯こんなにも小さかっただろうか。
こんなにも小さな身体で僕達を導いてきたのだろうか。
そう考えると隣で寝ている存在が割れ物のように感じてしまい、
僕が見ていない間にいつの間にか割れてしまうのではないかと不安になる。
いっその事全て自分の手で管理したい衝動に駆られるが
この人がそんな事を望んでないことは痛いほど自分でもわかってしまうから出来なかった。
小さな寝息だけが響くこの静かな空間でふつふつと無力感が生まれてしまい、
元々止まっていた手で開いた端末を潔く閉じた。
試しに横で寝ている人の方へ向き、顔を見るが起きる様子は無かった。
相当疲れていたのだろうか。この人は僕たちにあまり弱いところを見せたがらない。
心配させたくないからというのは分かるが、もう少し僕たちを、僕を頼ってくれないだろうか?
─────
考え出すと今まで忙しさで蓋をしてきた考えが溢れてくる
あと、どれくらいこの人と一緒にいられるのだろうか。
人類が地球を奪還する時、僕はこの人の側にいるのだろうか⋯?
言ってしまえばそれはかなり難しいだろう。
人間と構造体では共有する時間にも差異が生まれる
戦場から無事に戻れたとしても、寿命という生物の絶対的な原理を覆すことはできない。
尚且つ、パニシングも日々進化を続け、新たな敵も現れる。
戦況は難しくなるばかりだ。
きっとこれからは資源も人員も今よりも枯渇し厳しいものになっていくのだろう。
それを考えると、地球で僕がこの人の隣に立つ為には
どれほど奇跡が必要なのだろう。
考えれば考えるほど沈んでいく感覚になりそうになる
少し息苦しさを感じた。
銃を握るこの小さな手は僕が触れたら壊れてしまうだろうか
破滅なんて望まない。けれどこの人を守る為ならば僕は命でも何でも投げ出すだろう。
例えそれが死ぬよりも苦しいことだとしても。
だからどうか最後のその時まで、貴方を僕に守らせて欲しい。
「?リー⋯?帰ってたの?」
「っ?!すみません、起こしてしまいましたか。いつから⋯?」
顔を上げ、声の方を見ると少し驚いたような表情でこちらを見ていた。
「起きたのはついさっきだよ、それは別にいいんだけど⋯ふふ、リーは手を握るのが好きなのかな?」
「え?」
意味のわからない言葉に困惑しつつ手の方を見ると、いつの間にか自分の手は相手の手を覆っていた
「ぁ⋯いや、ちが⋯すみません、そんなつもりじゃ」
誤魔化すように早口で言いながらパッと手を離すと、いつからか感じていた体温がスっと消えていき物寂しくなる。
意識海ではいつから?本当に僕が?と自分でも予想外の自らの行動に困惑していた
無意識に。まるで求めていたように。
「なにかに怯えているの?」
「リー⋯?
⋯大丈夫だよ。私はずっと、側にいる。君たちが、君が望むならいつまでも。」
宥めるように、安心させるように指揮官は先程のように手を握り、そうやって僕に言った。
この人には心を読む魔法でも使えるのかと度々思う。
そう思えてしまうほどにこの人はいつも僕が心から求める言葉を寄り添うように与えてくれる
それに安心すると共に、失った時がより怖くなるのだ。
いつか失った時、知らなければ良かったと後悔するかもしれない
それが堪らなく怖くて。
貴方が与えてくれた贈物も言葉も感情も、全て僕のもののはずで、
貴方を信頼したのも全て間違いじゃなかったと思っているはずなのに、
貴方がいなくなった時にそれら全てが間違いだったと思ってしまうかもしれない。
それが怖いんだ。
苦しいが、きっと貴方は知らないでしょう?
いや、知らなくていい。知らなくていいんです貴方は
握られた手に体温が伝わってくる。
“生きている”と言わんばかりに伝わる体温と貴方の血の流れ。
生きている。まだこの人は、僕の側にいる。
感じていた不安が少しずつ引いていく
握られた手を強く握り返す
もう離さないように。
苦しみも喜びも後悔も、貴方に貰った全てのものを離さないように。
「⋯僕も、ずっと貴方の側にいますから。」