駄作「夜桜を見に行こ!潔!」
そう蜂楽に誘われ、夜の公園に繰り出した今夜。
同棲中のマンションの近くには、都合よく小さな公園があった。春になると一斉に桜が咲き、夜には日替わりでライトアップが行われる。最近ではちょっとしたフォトスポットと化しているらしい。ピンクというより、白に近い色。蜂楽に誘われるまで、横目でみるくらいしかして来なかった、立派な桜並木。
蜂楽曰く、桜は意外とすぐに散ってしまうそうで、なるだけ早く見に行きたいとのこと。まだ違和感でしかない、結婚指輪を左手薬指に付けた蜂楽の手をとる。二人で手を繋ぎ、エントランスを目指して歩く。荷物が運びやすいように、と蜂楽の希望で我が家の部屋はマンションでも下の階であった。エレベーターより、階段を使った方が楽で。一緒に音を立てながら階段を降りる。
エントランスを抜けると、外には桜並木が続いていた。大分散ってしまったようで、地面は白ピンクの絨毯が出来上がっていたが、木にはまだ綺麗な花が咲いていた。どっしりとした幹雄の先に可愛らしく咲く花がつく。蜂楽が俺を誘った理由が、何となく分かった。
桜、綺麗だ。
祝い事で飾られる花瓶に生きる切花も綺麗だが、それとは違う。生き生きしている。生きてる、っていうのが直感で分かる感じ。極端にいうと、切花は死んでて、今、目の前の桜は生きてる。正確にいうと、間違ってはいないがそれを知らしめられるって感じ。桜は俺よりもずっと人間らしく真っ直ぐに生きてる、てことが肌でわかる。
蜂楽と歩調を合わせて桜並木を進んでいく。俺の目には桜しか映っていない。花の美しさのトリコになっていた、と言っても過言ではないだろう。そのくらい、桜は魅力的で生き生きしていた。
桜に見入っていると、蜂楽は不満気にこちらを覗き込む。
「えい!」
サックと俺に目潰しを喰らわせる蜂楽。「いっだ?!(いった)」と声を漏らすと、膨れ上がった蜂楽が言う。
「桜もいいけど、そんな見てると妬けるな」
そういうと蜂楽は、あっていた目を逸らし顔を赤くした。繋いでいた手をギュッと強く握られる。
思わず、反射で握り返してしまった俺の手は少し…大分汗ばんでいたと思う。なんせ、今心臓がうるさい。蜂楽の不意打ちにはこうも胸に刺さるのか、と認識を改める。バカップル発言かも知れないが、蜂楽は俺の世界一のパートナーだ。世界一、だ。世界でこれ以上に愛らしい人がいるだろうか。否、居ない。
「潔、どーした?」
蜂楽の声に、自分の赤くなった恥ずかしい面を隠していた手をどける。「なんでもない」と濁すと、「ケチ!」と斜め上の解答が返ってきた。
周りでは親子連れや、自分達同様のカップや夫婦、友人同士でこの桜並木を楽しんでいる。写真を撮ったり、花びらを拾ったり。ちょっとしたスペースでは花見を行う集団もいて、夜とは思えないほど賑やかだった。
普通のマンションの前でこうされると大抵、苦情が来るのが目に見えるが来ないのだからこうも賑やかなのだろう。
改めて蜂楽を見る。蜂楽の目には今、さっきの自分の様に桜しか映っていないのだろう。どんなふうに見えているかは分からないが、ほのかに蜂楽の口角は上がってる。嬉しそうで、楽しそうでなによりだ。桜に妬いてくれるのは嬉しいけど、俺が見ていて自分まで生き生きするのは、後にも先にも。お前だけだよ、廻。
こちらの視線に気づいたようで、顔を向ける蜂楽。明らかに頭にハテナが浮いており、さっきまで桜が映っていた大きな目には、俺の顔があった。
何も言わず、蜂楽の顎に手を置く。それで何かを察したように目を閉じる蜂楽。
幸いにも、桜並木を進んでいくと通行人や鑑賞人は減っていった。辺りに誰もいないことがわかっていた。
——っ
蜂楽の唇にキスを落とす。音を立てない、無音のキス。
キス、口づけ、接吻、ちゅー。言い方を変えても、外で堂々とやるものではないと分かっているけど、どうか許してほしい。バカップルの言い分を使えば、これは誰にも迷惑かけてないからいい。それとは少し違う気もするが。
器用に片目だけ開け、こちらを見る蜂楽。終わり?とそこか物欲しそうな顔で見つめられるが、これ以上、屋外で行うのはご法度だろう。欲しがっているものを今すぐはやれないが、次ので許して欲しい。
蜂楽のおでこに再びキスを落とし、抱き締める。今夜はご要望通り、ベッドっで盛り上がろう。そう心に決め、腕の中で太陽のような笑顔をこちらに向ける蜂楽を見る。
「廻、愛してる」
「俺も!潔のこと…世一のこと愛してる」
にしし、と笑う蜂楽を見るとついついまた唇を奪ってしまいたくなる。愛してる、とは随分重いことを言ったなと結婚前は思うだろうが、結婚した今ではまた別の重みがある。お互い左手、薬指についている指輪が何よりの証だ。
俺の愛しい蜂楽。俺と結婚してくれてありがとう。
目を瞑り、自分の額を蜂楽と合わせる。お互いを包む腕は強固なあまり、少し痛い気もするが、愛の印。
蜂楽が妬いてくれていた桜も、今や俺の眼中に無い。俺の目に映るのは、生き生きした結婚相手。蜂楽だけ。
あいしてる。
心の中でそう言うと、不思議と笑みが溢れる。俺が口角を上げると、つられれたように蜂楽も口角を上げる。
幸せの象徴
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「潔、お誕生日おめでとう」
夜桜を見て自宅へ帰った後。決めていた通り、蜂楽とベッドで盛り上がった。お互い、体力も気力も尽きた頃。蜂楽の寝顔をベッドで観察していると、その言葉が降ってきた。さっきまでスヤスヤと寝息を立てていた蜂楽の目はいつの間にか開いていた。デジタル時計は夜の0時を表示しており、丁寧に日付まで表示されていた。4月1日。
すっかり忘れていた。
まだ寝起きの虚な目をした蜂楽は、ゆっくり起き上がると、目を擦りながら何かを探していた。ベッドのそばに置かれた棚の中に手を入れて、暗がりの中手探りで何かを必死に探す蜂楽。俺は明かりでもつければよかったのに、なぜかそうせず、ベットに体だけ起こし蜂楽を見ていた。
「あった、あった」と回らない滑舌でつぶやく蜂楽。4月の頭とはいえ、全裸は寒そうだなとブランケットで蜂楽を包む。イタズラ気に蜂楽と軽いキスを交わすと、都合よく手元に転がっていたランプをつける。手元だけが照らされ、お互いの顔がやっと見える。
蜂楽は手に何かを隠していた。なに?と目で聞いてみると、蜂楽は半開きの目と塞がりそうな口で答える。
「はっぴー、バースデー、世一」
そう言ってこちらに渡してきたのは、小箱だった。結婚指輪を買ったときついてくるような、高級感のある箱。俺が買った時は紅色だったが、蜂楽が渡してきたのは青色の少し大きめの小箱。受け取って、恐る恐る開けてみる。そこには
「ペア、ネックレス」
「そ」
それだけいうと、バタンと倒れた蜂楽。再び寝起きを立てて眠ってしまった。幸せそうな寝顔を確認すると、受け取ったものに目をやる。プラチナの土台に、小さな宝石が二つずつ埋まっている。白く光る石と、緑に光る石にはどちらも見覚えがある。ダイヤモンドとペリドット。結婚指輪の石。
とっさに自分の薬指を見る。そこにはネックレスと同じように輝く宝石が光る。そこには紛れもない、ダイヤモンドとペリドットがあった。
ダイヤモンドの石言葉 変わらぬ愛
ペリドットの石言葉 夫婦愛
俺と結婚してくれて本当にありがとう、廻。
愛してる、廻