潔凛オメガバ(マシュマロリクエスト)『凛、俺と番にならないか?』
ある晴れた昼下がり、郊外にあるレトロな雰囲気の喫茶店。俺の向かいに座った凛は、未だ仲直りに至っていない兄にだって向けたことがないであろう凶悪な顔で俺を睨んだ。
凛は俺の呼び出しに素直に応じてくれた。平日、この喫茶店に来てほしいと伝えると、「わかった」とだけ返ってきて、今目の前に座ってくれている。
凛が襲われたらしい。
その会話が聞こえてきたのは、練習終わりのロッカールームでのことだった。
「凛が、なんだって?」
中途半端にタンクトップを脱ぎながら、会話に加わる。
「自分のチームのスタッフに薬使って襲われたんだってさ。社会への影響が大きいから、マスコミはまだ発表できないらしい。もう犯人は逮捕されたって」
凛のチームメイトから聞いた話だから、かなり信憑性は高いよ、ともう一人のチームメイトが言う。
「凛を襲ってなんになるってんだ?金目当て?恨みでも買ってたのか?」
潔の質問に、チームメイトたちは目を丸くして答える。
「そんなの、凛がオメガだからに決まってるだろう」
ずっと狙ってたらしい。かなり計画的な犯行で、悪質だって言ってた。番っちゃえば、凛を自分のモノにできると思ったんだと。
潔の頭はハテナだらけになった。オメガ?凛が?
「凛って、オメガなの?」
「え?いまさら?!」
電話の向こうの千切が素っ頓狂な声をあげたので、思わず潔はスマホを耳から離した。
「千切は、知ってたのか」
「全員知ってるよ。って思っていたけど、お前は知らなかったんだな。ブルーロックはアルファの奴が多かったから、抑制剤とか飲んで周りに影響を与えないようにしてたらしい。具合悪そうにしてること結構あったぞ。一部の面倒見のいいベータの奴はそのこと知らされててさ、こっそり面倒見てやってたって話だ」
「千切はアルファだろ。教えてもらってなかっただろ。なんで気づいたんだ?」
「匂いだよ。薬で抑えてても、やっぱ他のやつらと明らかに違うから」
「匂いかぁ」
潔は感じなかったか?と聞かれて、全然、と答える。
潔はいわゆる「出来損ないのアルファ」というやつだ。アルファの名に相応しく、常人よりも優れた身体能力を天から与えられた。けれども、おそらく先天的に、オメガのフェロモンを受容する器官に欠陥があったのだ。どれだけ至近距離でオメガがフェロモンを発したとしても、潔がそれによって発情を誘発されることはない。
かつてこんなことがあった。ブルーロックが終わり、プロチームに入った潔は、その大雪の日も練習場でトレーニングのに励んでいた。ある女性ファンが、練習場のエントランスで出待ちをしていた。潔が出るタイミングですぐに寄ってきて、潔のファンだと言い、体を寄せた。女は、明らかにヒート状態で、故意にフェロモンを撒いていた。おそらく彼女は、潔がフェロモンに当てられて、自分を襲ってくれることを望んでいたのだろう。ただし、計画は失敗に終わった。潔はフェロモンを感知することができなかったからだ。
異変に気づいた警備員が彼女を取り押さえ、拘束した上で警察に通報した。何をされていたかわかっていない潔だけが、彼女は何もしていない!と言い彼女を庇っていた。
「凛が襲われた話、潔も聞いたんだろ」
凛も災難だったよな、と千切が続ける。
「早く誰かと番になればいいんだよ。そう簡単には行かないと思うけれど」
番?
「番ができると、凛にとっていいことがあるのか?」
「いいに決まってるだろ。番ができれば、そいつにしかフェロモンは効かなくなるし、ヒートも安定するらしい。中には薬が要らなくなることもあるらしい」
「凛に番ができれば……」
「そうだ、潔、お前がなればいいじゃん!番!」
電話の向こうで千切はキャッキャと楽しそうに笑っていた。
「ひさしぶり、凛」
凛は頬と首に大きなガーゼを貼っていた。襲われた時に負わされたらしい。聞いてはいたが、痛々しい姿に俺は顔を顰めた。
「スタッフにやられたって聞いた。ケガの具合は大丈夫なのか?」
「見た通りだ。練習にも出てるし、ほとんど元通りだ」
元通り、と言うことは一度傷つけられた、損なったことは確かなのだ。会ったこともない男への殺意が燃え上がる。
「そんなことで呼び出したのか?ケガの具合聞くだけなら、電話でもよかっただろう。何かもっと言いたいことがるんじゃないのか?」
凛が自分のコーヒーをスプーンでクルクルと回している。ミルクも砂糖も入れていないから、ただ手持ち無沙汰で遊んでいるだけなんだと思う。
「凛さ、将来結婚とか考えてる?好きな人とか、いるの?」
凛はスプーンをガシャンと落とした。大丈夫?と声をかけたけれど、無言のまま、反応は薄い。
「好きなやつは、いた。けれどそいつとどうこうなる予定はない。結婚しない。一生。多分」
凛は顔を上げると、俺の目をまっすぐ見つめて言った。それを聞いて俺は、ここ最近、ずっと考えていたこと、決意を固くする。
「凛、俺と、番にならないか?」
凛が、目をまんまるく開く。凛ってやっぱり、本当は目がでかいんだな、と思う。
「俺さ、出来損ないのアルファなんだ。フェロモンを感じることができないから、ヒートに当てられることはない。俺はお前を襲ったりなんか、絶対にしない。お前のフェロモンは俺にしか向かなくなるから、もし突然発情期になっちゃっても、誰かに襲われる心配が少なくなる。らしい」
凛は俺に胡乱な表情を向けている。そりゃそうだ。突然こんなこと言われても、困るかも。
「番になって、潔、お前にはなんのメリットがある?」
「俺は、お前にこんなことでサッカーやめてほしくないんだ。オメガってことが原因でサッカーができなくなるなんてこと、あっていいわけない」
「そんなこと……」
凛は顔を伏せた。
「そうだな、お前にとっては、そんなこと、なんだろうな」
「凛?」
やっぱ嫌だっただろうか。もし俺が嫌なら、他の信用できるアルファの奴に会わせてみるか?いや、でも俺を選んで欲しい。だって、俺は。
「わかった。お前と番になる」
覚悟しろよ、と言って凛は、片頬だけ引き攣らせた悪役映画スターみたいな顔で笑った。
その数日後、二人揃ってまとまったオフをもらい病院へ行き、医師の監視下のもと、凛のうなじに俺の歯形を刻んだ。
それから、凛のヒートのたびに、俺は呼び出されることになった。
「潔、頼む、なぁ、抱いてくれ」
凛は、栓の閉め方を忘れてしまったのかと心配になるくらい、目から涙を溢れさえて必死に俺に声をかけてくる。
「凛、かわいそうに。大丈夫、大丈夫だぞ。全部ヒートのせいだからな」
そう言って俺は凛の頭や頬や、背中、性的な匂いが出ないようなところを選んで撫でてやった。でも俺が触れるたびに凛はビクビクと反応する。凛をどうすることもできない自分が憎たらしいし、途方にくれてしまう。
「い、いさぎ!うしろっ、が、さみしい、なぁ、おまえで、埋めてくれよ」
凛は体をくねらして、俺の手を掴んで、必死に誘惑してくる。
「うんうん、大丈夫だよ凛、俺がそばにいるから。守ってやるから」
「おま、おまえだって!たっ、勃ってる、じゃねぇか、よ、入れて!入れてくれよ、頼むからぁ」
なぁ、どうしたら抱いてくれるんだよ。凛が泣いている。
「何もしてあげられなくて、ごめん、ごめんな凛」
凛が俺に絶望した顔を向けてくる。そんな顔されたって、俺だって困る。これが3日〜7日続く。お互いにとって、地獄でしかない。
「凛、俺、ヒートの時、一緒に居てやるの、きついんだ」
ここは俺が、番になりたい、と凛に話した時と同じ喫茶店。あれから一年以上経っている。あの時と違うのは、とっくのとうに閉店時間を過ぎているため、自分たち以外に誰も客がいないという点だ。
「……」
「ごめん」
重たい沈黙が俺たちの間に凝っている。
「番、解消するか」
凛が恐ろしく小さい声で言った。
え?
「え?いま、番解消するって言った?」
しないよ、しないだろ。俺はいいけど、凛にとってそれは大問題なはずだ。
「ああ、俺と番を解消しても、お前はまた違うオメガと番えるだろ」
「それは、そうなんだろうけど」
「おまえは結局何がしたかったんだ?俺と番になって、何を企んでた、楽しかったか?俺が乱れた姿を至近距離で高みの見物するのは」
「解消は、ちょっと待って。話し合おう」
「でもお前は、この先、俺のヒートに付き合う気はないんだろう?」
だって。だって!
「だって、俺、凛を守りたくてこの関係を持ち出したのに、このままじゃ、俺が加害者になっちまう」
髪をかきむしって、どうにか叫び出さないように自分を押さえつける。
「加害者?なんの話だ」
「お前が誰かに踏み躙られないように、陵辱されないように番になったのに。俺、お前のこと襲いたくて仕方がなくなるんだ」
「あ?」
「ヒート中お前さ、いれて、って言うだろ?あれやばいんだよ。ガチガチだよ俺の息子。涙目で見つめられるのもめちゃくちゃグッとくるし、フェロモンなんか全然わかんねぇけど。凛、お前可愛すぎ。もっと自分が可愛いってこと自覚しろ。やばいんだって本当に」
「襲えばいいだろ。入れたきゃ入れればいい。番なんだから」
「だって俺、凛のこと好きなのに、酷いことしたくない」
「俺に何するつもりだ、……待て、お前、俺のこと好きなのか?」
「好きじゃなきゃ、番になってなんて言うわけないだろ」
情けなくなって、俺の目からいつの間にか涙が出ていた。
「凛のこと好きで、守りたくてこのポジションを手に入れたのに。俺がお前を傷つけるなんて。自分を許せるわけがない」
「お前にとって、セックスは暴力なのか?」
「?そうだろ」
凛が顎に手を当てて、少し考え込むような表情をしている。
「俺も、潔、お前のことが好きだ」
「嘘だ」
「お前になら何されてもいい。サッカーに影響のない範囲なら。俺のどこを触ってもいいし、入れたきゃその粗末なイチモツを入れたらいい」
「見たことないだろ!」
「俺がお前のそれを撫でて、舐めて、」
「やめろ!エッチなこと言うな!さてはお前!凛の偽物だな!凛はそんなこと絶対言わない!!」
「俺に突っ込んで、好きなだけ腰を振ればいい。お前なら、特別に生でヤらせてやる」
「もう黙れよお前。これ以上俺の凛像を壊すな」
「お前のガキを産んでやってもいい」
キッチンの方から盛大に皿を落とす音が響いた。ガシャーン。これは俺の頭の中に雷が落ちた音。
「は?」
「そのくらい、お前のことを、好き、いやなんでもない。この話はやめる。番を解消したいって話だったか?いいぞ」
「解消したいは一度も言ってない!するつもりは毛頭ない!じゃなくて、俺の子供、産んでくれるの?……結婚は?結婚は含まれますか?」
フフっと凛が笑う。
「まぁ、そうだな。産まれてくるガキに、最初から父親がいないのは酷だからな。父親役に抜擢してやる」
「待って、なんの話だっけ?俺、ヒート中の凛のそばにいるとムラムラして手を出しちゃいそうになるから、ヒート中に会いに行くのやめたい、って言いにきたんだよ」
「そうだったのか。危うく番解消するところだったな」
「子供を作ること前提に、結婚してくれるの?」
「お前は出来損ないらしいから、こさえられるかわかんないけどな」
「俺、ちゃんと治療する」
「そうしろ。そもそもそんな重大な不具合を今まで放っておいたことが大問題だ」
俺は凛の両手をそっと握る。顔をあげると、大きな窓から月明かりが差して、凛の横顔を照らしていた。凛は、本当に美人だ。月の明かりに溶けてしまいそう。
「凛、俺と、結婚してください」