どういたしまして/1 生まれついてからこの方、優しさというものは特別持ち合わせていなかった。父母の愛情はそれなりに受けていたし、生活は豊かでなくとも最低限満たされていたが、端的に言って余裕が不足していた。否、好奇心とでも言おうか。将来自分の役に立つと諭された武芸や拙い読み書きをする気概はあったのだし、家族のために骨を折ることは少しも厭わなかった。
優しさとは生まれついての素質ではなく、習慣である。赤の他人に進んで手を貸し、身を切る行動原理は理性によるものではない。そうあるべきだと、そうありたいと思わせる土壌あってこそと言える。父母は他者に優しかったかもしれないが、ナワーブにそれを強いることはなかった。当然ながら、発展途上にある子供が己の不足に気づく由もない。
6587