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    vita_712

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    vita_712

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    春の拳修そのに。
    あまあま。たいちょのキャラ崩壊注意です。

    #拳修
    boxingPractice

    春に唄う花たちよ 少しずつ、夜の気配が滲みだす頃。六車宅の縁側では二人きりの宴会が開かれていた。
     口にした酒の柔らかな口当たりと軽やかな飲み口に、本当にいい酒を開けてくれたのだと檜佐木は知る。
    「旨いっす」
    「そうか」
     同じ酒の注がれた盃を片手に、六車は何でもないふうに答えた。
     昼間より少し冷える空気は、酒で温まる体には心地よく、時折吹く風は穏やかにふたりの髪を揺らした。
     襖を開け放った部屋の灯りを光源に、縁側と庭の一部を照らした空間は、まるで世界から切り取ったかのように明るく、暗く、静かだ。
     檜佐木がちらりと隣を窺う。庭へと体を向けて胡坐をかく六車は、前を見たままやはり静かに杯を傾けている。
     それに倣い、檜佐木も目の前に広がる庭の風景へと目を向ける。
     六車邸の庭は、むき出しの土に不規則に庭石が配され、その間に高低様々な木々が植えられている。ささやかに吹く風に、其処彼処から葉擦れの音がさらさらと鳴っていた。
     深く息を吸えば、春の、胸が浮つく匂いが肺に満ちる。
     静穏な宴に、檜佐木の心は安らいでいた。
     何より、隣の男の気配は暖かく、落ち着いた霊圧は同じようにゆったりとした時を共有しているのだと感じられて、檜佐木をひどく安心させた。
     ふと、六車の言葉が思い出される。
     ――俺が居んなら、いらねぇだろ。
     まったくその通りだと、檜佐木はひっそりと笑みを浮かべた。
    「修兵」
     呼び声に隣を向けば、六車が杯を置くところだった。
     のそりと立ち上がると縁側を降り、沓踏石の下駄を突っ掛け地面へと降り立つ。
    「来てみろ」
     そう言って歩き出した六車に、檜佐木も慌てて下駄を履いた。
     とん、ざり、かろん。
     乾いた土を踏む鈍い音に、飛び石を踏んだ時の軽やかな音が混じる。
     通路に沿って庭の奥へと歩を進める六車に、声を掛けるのは何処となく憚られ、檜佐木は黙って後に続いた。
     ほんの少しの距離を歩いたのち、明かりがかろうじて届くところで、六車が立ち止まる。
     ひとつの庭石を前に檜佐木を振り返り、下を指し示した。
    「ほら」
    「?」
     それだけでは意図を読み取れず、檜佐木は僅かに首を傾げる。足元に何かがあるのだろうかと、庭石の前で膝を折ってしゃがみ込み、薄い闇に目を凝らした。
     何の変哲もない濃い灰色の岩。そこから更に視線を落とせば、その根元にひとつの小さな色彩を見つけた。
    「これは……スミレ、すか……?」
     地面と石との境の窮屈そうな場所で、地面を覆うように生い茂る鏃型の葉。
     その中心からいくつも伸びる細い茎。
     茎の先にほつりと咲いた、紫色の花。
     紛れもなく、春の野草、菫だ。
     ――昼間に言っていた、庭の花とはこのことだったのだろうか。
     檜佐木の脳裏に、再び昼間のやり取りが浮かぶ。花見の提案に対し、「庭の花良い」と言っていた六車の声が。
     確かに春の風物詩ではあるものの、桜よりもだいぶ華奢なこの花が良いとは。単に六車の好みの問題かも知れなかったが、どのような理由があるのか檜佐木は気になった。
     そして素直にその疑問を投げかけようと、口を開く。
     吸った息がその喉を震わせるよりも早く、背後で下駄がコロリと鳴る。
     背に、手が触れた。
     檜佐木がそう思った次の瞬間には、その手が滑り、肩を覆い。
     ざりり、と、砂が擦れる音がして。
     ごそり、自分のものではない衣擦れの音がして。
     どっと鈍い衝撃を受け、檜佐木の体は、右隣で同じようにしゃがんだ六車の腕に背を抱え込まれるようにして抱かれていた。
     急に縮められた距離に、檜佐木は息を飲む。
     死覇装越しにじわりと伝わる体温は、酒などよりも強烈に熱をもたらした。
     未だうめき声すら発せずにいる檜佐木の耳元に、ひたり、柔らかく温かいものが触れる。
     すう、と空気の動く音がして、それが六車の唇であることに気づく。
     同時に、ぞくり、と腹の底が震えた。

    「俺の、お前の花」

     六車が、囁く。
     吐息を多分に含ませて。
     艶を、存分に滲ませて。
     その音が、振動が、檜佐木の耳から首筋へと駆け、背を走り、腰をじりりと焼いた。
     息をすることも忘れた檜佐木の視界に、太い腕がぬっと現れる。肩を抱く手と対になるその手が、小さな野草へと伸びる。
     武骨な指先が、暗緑色の葉を撫でる。
     儚げなほどに細く、けれども天へ向けてまっすぐ伸びる花茎を辿り。
     慎み深い紫色をした花弁に、触れた。
     「綺麗だろ」
     再び注がれた音に、檜佐木の脳がくわんと揺れる。
     多くを語られなくとも、六車の言葉の意味するところを理解した。理解してしまった。
     本当に、だとすれば。
     確かに、六車の好みの問題だったのだ。
    「く、どいてん、すか……?」
    「いいや?」

    「そう思ったから、言っただけだ」

     檜佐木が、うっと言葉を詰まらせる。
     音にしようと息を吸い、音にならぬまま息を吐く。
     吸って、吐いて、吸って。
     やはり何も言えぬまま、かくりと頭を垂れた。

     ――どうして、こういうことを、平気で言ってしまえるんだこの人は。

     檜佐木は胸中で歯噛みした。
     もっとも、その思いを言葉にしていれば、六車は酷く憤慨しただろう。どの口が言うのだ、と。
     そんなことなど想像もしない檜佐木が、また一つ、ため息を吐く。
    「……隊長、今日、泊まっていいんすよね?」
    「ああ? 当たり前だろ」
     六車は密着していた体を離し、檜佐木の様子を窺うように体を傾けた。
     そろり。俯いていた顔が六車に向けられる。
    「こんな気分にした責任、取ってくださいよ?」
     赤い頬もそのままに、檜佐木がキッと挑戦的な眼差しをする。
     六車は少しだけ目を丸くしてから、フッと笑った。
    「存分に可愛がってやるよ」
     そう言って檜佐木の頭をわしゃわしゃと撫でる。
     多少乱暴さのある手つきに、腰のある黒髪があちらこちらに振り回された。
     最後に一度、跳ねた髪を撫でつけるように滑らせてから六車が手を退ければ、その下から驚いたように目を瞬かせる檜佐木が現れ、
    「……はは」
     こぼしたのは、ため息のような嘆声。
     刺青と傷跡の走る頬が、ふにゃり、力を抜くようにして笑みを湛える。
    「やっぱり、隊長には敵わないっすね。かっこいいや」
     柔らかく緩んだ目元を朱に染めて、鋼色が六車を見上げる。

     ――嗚呼。

     六車は、そっと感嘆の溜息を吐いた。
     この表情を惜しみなく見せてくれるのは自分に対してだけだと、六車は知っている。
     「桜が好きだ」と言ったあの時と、同じこの表情を。
     それは、死神として、そして九番隊副隊長としてひたむきに生きる彼の、柔らかな部分。
     ――自分がどんな顔してるかなんて、分かっちゃいねえんだろうな。
     指先が、じりじりと痺れる。
     喉が塞がれ、胸が苦しい。
     突風でも吹いたかのように、ごうごうと耳の中で音が響く。
     そして、それらすべてが六車を突き動かす。

     ――まるで、春の嵐だ。
    「た、隊長……!」

     心の中でのつぶやきに、焦りの滲む檜佐木の声が重なる。
     そのころには、六車は檜佐木の体を真正面から抱きしめていた。
     珍しいまでの熱い抱擁に目を白黒させる檜佐木には気付きつつも、六車はその腕を緩めようとはしない。
    「服が、汚れます、よ……」
     地面へと着いた六車の両ひざを指して檜佐木が訴える。
     それでもやはり、六車は檜佐木を抱くことを止めず、ただ、感触を確かめるように檜佐木の背で掌を滑らせた。筋肉の凹凸を、鋭敏な神経が捉える。
     六車の、副官として隣に立つ男の背だった。
    「ッ、たっ、隊長ッ……おれ、俺もう、キャパオーバーっす……イテ」
     泣き言を漏らす檜佐木の側頭部にごつりと頭をぶつければ、黙って六車の腕の中に収まった。
     ややあって、六車の背中にもそっと手が添えられる。決して引き寄せるような強さがないのが、もどかしくも愛おしい。
     腕の中に満ちる温もりに、六車は目を閉じた。
     いつの春だったか、庭で見つけた小さな菫。片隅に慎ましく在る姿に、六車は目を惹かれた。
     春を表すにはどこか暗い色彩。けれど、すらりと伸びた花茎は清らかで。
     俯きがちに咲く花は可憐でありつつも、特徴的なその形が官能的でもあり。
     庭石の陰に咲き主張をしないその生命は、六車の目にとても美しく映った。
     無意識に、一人の男をその花の姿に重ねていた。まだ、己の副官でしかなかった男。
     あの瞬間から、六車にとってはそうではなくなった男。
     青みのある黒髪は夜の帳のよう。けれど背筋を伸ばして立つさまは清麗で、朝の空気のよう。
     くるくると表情を変える三白眼は時に可愛らしく、切れ長の眦は時に、ぞっとするほど艶めかしい。
     己の後ろに慎み深く控える姿は信頼を寄せるに十分で。たった一度、命を救っただけの男に憧憬の情を抱き、誰よりも死神らしく在る。
     とても美しいものに、六車の目には映っていた。
     自覚した、と言ったほうが正しかったのかもしれない。以来、まるで毎年同じ箇所で花咲く菫のように。六車の心には、いつも彼への思いがある。
     ――住み着いたのか、住まわせているのか。
     詮無いことを考える己に、六車は自嘲の笑みを浮かべた。
     何れにせよ、あの頃から想いの通じ合った今に至るまで、六車の胸に春をもたらすのは専らこの男だ。
     六車が腕に力を籠め、叩きつけたままだった頭を摺り寄せる。腕の中では、檜佐木が両肩をそろりと持ち上げた。
     
     ――お前のくれた“春”に高鳴る鼓動が、少しでも伝わればいい。

     ぴたりと合わせた胸に、そう願った。



     思いがけず見つけた一凛に、お前を映したあの時から。

     俺の傍らに咲き続ける。



     しなやかで美しい、俺の―――






     《菫に恋せし春の王》
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