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    omo641

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    omo641

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    最終決戦後の啓燈話、本になるかならないかも年齢指定になるかならないかも不明

    本になるかもしれない啓燈、ホ荼 随分と、轟燈矢に入れ込んでいると思っていたんだ。
     
     全てが終わったあと、せめて、あの人が息子との時間を取れるようにと、荼毘に恨みのある医者はつけられなかったから、公安の権力で信用に足る医者を選んだ。
     自分も個性で親から迫害されていた、やった事は許されないが、せめて穏やかに最後を迎えられるように。と言ったあの医師を信頼した。

     その結果がこれだ。

     目の前のベットで、穏やかに眠る白髪の子供。
     エンデヴァーさんの実子であり長男の、轟燈矢、そして、荼毘と名乗りすべてを焼き尽くす憎悪を持って現れた厄災。それが、いま目の前で眠る幼子などと、誰が信じられるか。
     側に転がる気絶させた医者を睨みつける。まさか、あの子の巻き戻しの個性因子を使って、こんな事をするとは。
     あとから分かったことだが、この医者は公安の直々の依頼と嘯いて、柄木の研究とオーバーホールの研究を全て盗み見ていた。そしてそのすべてを、轟燈矢に与えたのだ。
     
     この医師の怪しい話を聞いて、こっそり嗅ぎまわっている中で、轟燈矢が姿を消したと聞いてすぐにこの研究室に駆け込んだ。
     そして抵抗する医師を気絶させ、乗り込んだ先で、正しく、オール・フォー・ワンが望んだであろう、若き頃への肉体的逆行を果たした轟燈矢が眠っていたという訳である。
     その事は少数の信頼できる人間だけで共有し、ひとまず燈矢は俺が預かることにした。
     エンデヴァーさんには渡せない、見せられない。何故かそう強く思ってしまった。
     だから燈矢を隠して、エンデヴァーさんに轟燈矢は亡くなったと伝えた。
     泣き崩れるエンデヴァーさんと奥さんを前に、俺は、まるで人殺しでもしてしまったかのような気分だった。
     死体はいくらでも作りようがあった。なにせ、轟燈矢の肉体はもう、焼死体と区別なんかつけようがなかったからだ。
     荼毘の告発から、ヒーローに不信感を持つ人間が、度々ヒーローたちの目の前でガソリンを被って自死する事件が起きている。それがちょうど良く起きてくれたので、その死体を流用させてもらった。
     酷いことをしているのは理解している。だから、殆どを俺一人でやった。この罪を背負うのは俺だけでいい。
     不幸中の幸いだったのは、預かった子供が、個性どころか、自分の名前すらも覚えていなかったこと。
     だが、油断はならない。なにせ、子供は目覚めてこう言った。
     ここはどこ、と。
     いっそ赤子のようになってしまっていたほうが、安心できた。なまじ知性があるということは、頭の奥底に記憶が残っているということだ。
     いつ何時、なんのきっかけで記憶が戻るかは分からない。生涯戻らないかもしれないし、すぐに思い出すかもしれない。とんでもない爆弾だ。
     とはいえ、轟燈矢の個性因子は損傷が酷かったせいか、目覚めた燈矢は個性を失っていた。これも幸いだったと言わざるを得ない。
     自分の家とは別で、公安の内部の地下に、普通の家と変わらない設備を作った。見守るなら一緒に暮らすほうがいい。
     信用できる人もいるが、燈矢の見た目は普通に幼い子どもだ、しかも、見目も良い。下手に絆されると困るので、生体認証で開くここに入れるのは最高権限を持った公安トップの俺だけ。しかも二重扉。
     指示して作らせてから、人扱いしていないと気がついたが、それだけ奴には煮え湯を飲まされてきた経験があるので仕方がない。
     
     逃げ出すことも、陽の目を見ることも出来ない、牢獄と何が違うのかと思うような家だが、何も覚えていない燈矢はなんの疑問も持たずにこの牢獄で暮らし始めた。
     最初は自我も薄く、電子レンジの使い方も知らない子供の面倒を見るのは大変だった。
     見た目は中学生なのに、知能はほぼ赤子。勘弁してくれ、と思うことも多々あり、いっそ思い出してくれたほうが楽なのでは、と血迷ってこれまで見せなかったエンデヴァーさんや、家族の写真、そして荼毘の写真も見せたが、燈矢はなんの反応も示さず、ただ首を傾げていた。
     その時、ようやくこの子供が本当に何も思い出せないのだと理解した。
     とはいえ、1から情操教育などやってられる暇はない。
     情操教育に良い番組だけが映るテレビを与え、少し様子を見ることにした。
     すると、少しずつ自ら喋るようになり、見た目通りの溌剌とした振る舞いを見せるようになった。
     教育番組には頭が上がらない。
     笑顔も増えたし、会話もきちんと成立するようになった。まるでスポンジが水を吸うように、燈矢は急速に人としての自我を確立していった。そして、まぁ仕方ないのだけど、テレビを見るようになると、ヒーローの話が増えた。
     色々と複雑な気分だ。
     その複雑な気分というのが、まぁ、燈矢の推し、というか、憧れのヒーローは、過去に彼が手酷く拒絶した弟のショートだというのだから、複雑な気分になるなという方が難しい。

    「あ! ほら見て、ショート! カッコイイよね……あーあ、俺にも個性があったらなぁ」
    「無い物ねだりしても仕方なかろ」
    「そーだけどさぁ、個性があったら……」

     今日も今日とて、嬉しそうにテレビのショートを指差す燈矢と、冷凍食品をつつく。眩しそうにテレビを見つめている燈矢の前で冷めていくパスタを指差すと、慌てたように口に運び始める。
     パクパクとあっという間にパスタを食べきった燈矢は、教えたとおりに食器を流しで洗い始める。
     水音にかき消されそうな、小さな声が聞こえる。

    「個性があったら、俺も誰かを守れるのになぁ」

     聞こえないふりをして、自分の分のパスタを口に入れる。

    「そしたら、毎日大変な啓悟のことも助けられるのに、なんで俺には個性が無いんだろう」

     気が付きたくない。これが、まっとうに育った轟燈矢の姿だと。
     分かり合えない者たちだって、何かの要因によって踏み躙られなければ、まともだったなんて、知りたくなかった。
     俺がこれまで踏みにじってきたものが、まともだったかもしれない可能性なんて、考えたくもない。
     ましてや、この善性が歪む原因があの人だったなんて、知ってても自覚したくない。

    「啓悟? どうしたの、大丈夫?」
    「なんでもない、悪いんだけど、これも洗っといてくれる?」
    「うん! 大丈夫、また仕事?」
    「そう、先寝てていいから」

     燈矢の頭をなでて、そのままリビングでPCを取り出す。
     仕事場に家があると、仕事の切れ目がよく分からなくなってしまう。とりあえず燈矢とはなるべく時間を持とうと思っているから帰ってきたが、こなさなければならない仕事は常に山積みだ。
     寂しそうにする燈矢に、申し訳ないとは思いつつもひたすら画面を見つめてキーボードを叩く。
     
     燈矢の人格を歪めたいわけではないから、なるべく好意的に接しているが、そもそもまともな家庭で育ってこなかった自分が、まともな子育てなんかできるんだろうか。常に不安で、いつか、この手にかけなければならないようなヴィランになったら、という想像は尽きない。
     この牢獄で満足してくれていてほしい。それ以上を求めないでほしい。そんな願いのとおりに、燈矢は多くを求めなかった。
     毎日ほんの少しの接触で、嬉しそうにニコニコと笑う。
     絆されないように俺だけが入れるようにしたのに、肝心の俺が絆されそうだ。
     可哀想だと思う。
     この子供は、空も知らない。
     なのに、健気に笑っているんだ。さすがの俺も胸が痛む。
     そんな思いを振り切るように仕事に集中して、その集中力が切れた頃、顔を上げるともうすぐ日付が変わりそうになっていた。
     辺りを見渡すとテレビの前の机に突っ伏して寝ている燈矢がいた。手元には、暇だろうと与えた小学生用のドリルと、折り紙の作り方の本と、鶴が何匹か。
     鉛筆を持ったまま寝ている燈矢の肩を揺する。

    「燈矢、寝るなら部屋で寝んと」
    「んぅ、んん……」

     モゾモゾとムズがって起きた燈矢は、とろりと目尻を下げたまま、見上げてきた。

    「けぇごも、ねる?」
    「寝るよ、だから燈矢も……」
    「いっしょに、ねたい……」

     泣きそうな顔が縋ってくる。
     仕方ないとそのまま抱き上げて、一緒にベットに行く。
     ベットに連れて行って寝転がり抱き締めてやると、安心したように息を吐いた燈矢は、またとろとろとまぶたを閉じた。
     トントンと背を軽く叩く。
     離れたくないと、ささやかに服を握ってしがみついてくる燈矢はきっと、刷り込み的に俺を親のように思っている。
     正直、それがひどく恐ろしい。
     俺がこの子供の人格と人生の責任を持っているという状況に、寒気すらしてくる。
     このまま健やかに育ってくれと願いつつ、燈矢を抱き締めて目を瞑った。最初の頃は他人がいると寝れなかったが、今では慣れたものだ。
     こういった接触は情操教育に良いと、子育て番組でやっていたから、最初の頃は一人で寝るようにさせていたが、今はほんの少しの燈矢の甘えを許容するようにしている。
     この程度しかワガママを言わないから、叶えてやらないわけには行かなかった。
     この控えめで健気な子供は、どんな大人に育つんだろう。俺なんかとしか接してないんだ、ろくな大人にならない気がする。
     不安で仕方ない。
     
     
     
     
     
     
     朝、啓悟を見送って、玄関で少しだけしゃがみこむ。
     毎日、朝が来なければ良いのにと思ってしまう。
     そうしたら、啓悟はずっと一緒に居てくれるのに。でも、仕事だから仕方ない。テレビでも、お父さんはみんな仕事で朝は家を出ていっちゃうから。
     啓悟は多分、俺のお父さんじゃないんだろうけど。
     俺のお父さんとお母さんはどこに居るんだろう。
     どうして、この家には窓がないんだろう。
     どうして、玄関を開けたら、また扉があるんだろう。
     外って本当にあるのかな。
     空って本当に青いのかな。雨って、本当に水が降ってくるのかな。
     全部、不思議で確かめたいけど、きっと忙しい啓悟にそんな事を聞いたら、迷惑だと思われるから、聞けない。
     最初の頃、覚えが悪かった俺に、少し嫌そうにしていたから。きっと、俺が迷惑かけたら、捨てられちゃう。ゴミはゴミ箱に捨てるんだって。俺が捨てられるとしたら何処だろう。

    「大丈夫、大丈夫、まだ、大丈夫……」

     自分で自分を抱き締める。
     大丈夫、啓悟の言うことを聞いて、良い子にしてたら、一緒に寝てくれる、抱き締めてくれる。だから、きっと大丈夫。
     啓悟に嫌われてなんかない。大丈夫、大丈夫。
     ゆっくりと深呼吸して、立ち上がる。玄関は寒くて暗いから好きじゃない。テレビでまたヒーローを見なくちゃ。
     ヒーローの話をしているときは、啓悟は嫌そうにしないから、ヒーローの話ならきっと正解なんだ。前に昔あったらしい災害の話をしたら少し嫌そうにしていたから。
     ヒーロー以外の話はわからない、学校がどんなところか聞いたら、行ったことがないから分からないって啓悟も言っていたし、きっとみんなが行くところじゃないんだ。
     もしかしたら、個性が無い人は外に出ちゃいけないのかな。
     だって、テレビだと個性のある人しかいないから。
     俺は個性が無いから、生きてる価値がないのかも。
     啓悟に1回だけ個性の事を聞いた事がある。
     啓悟は個性を持っているのか、どんな個性なのか、と。すると、少しさみしそうな顔をして教えてくれた。昔個性を持っていたこと、焼けて、最後は奪われてしまったことを。
     だから、もともと個性を持っていない人を、俺は俺以外に知らない。
     俺だけが、何も持ってない。
     記憶も、個性も、何も無い。
     その事が、苦しいと思ってしまう。何も無い俺を、啓悟は面倒みてくれてるのに。
     啓悟にはきっと俺は必要ない。でも、俺は啓悟が必要。だから、嫌われないようにしないと、好かれるように、頑張らないと。
     視界が歪む。最近、何もしてないのに涙が出る。どうしてかわからない。悲しいわけでもないのに。
     涙は悲しいと出る、なら、この涙は何なんだろう。
     あぁ、なんだか、とても、寒い。
     
     
     
     
     
     
     
     
     仕事の都合で、久しぶりにエンデヴァーさんと顔を合わせた。
     轟燈矢の偽の死体を引き渡したとき以来だ。罪悪感がすごい、見ず知らずの他人を、轟家の墓に入れてしまったという生理的な不快感を俺は一生背負って生きていくんだろう。

    「少し顔色が悪いな、無理をしていると聞いた、たまには休め」
    「いやー、休みたいのは山々なんすけどね、やんなきゃいけないことまだまだ多くって」

     今すぐに土下座したい気持ちを押し殺して、頭を掻く。取り繕うのは得意だ。仕事の話をしていたら、そういえば奥さんがいない事に気がついた。
     いつもエンデヴァーさんの車椅子を押していたのに。

    「今日、奥さんはいらっしゃらないんですね」
    「あぁ……今日は、焦凍の誕生日だから、祝いに行ったんだ」
    「えっ、こっち来てていいんですか?」

     それなら、今週か来週の土曜日で指定したから、別に来週でも良かったのに思ったが、エンデヴァーさんは少し俯いて悲しいことを言った。

    「俺は……呼ばれていないから行けない」

     うわ、可哀想。
     複雑なご家庭事情に俺が口を出すわけにもいかないだろう。せめて仕事の話で流そうとしたが、エンデヴァーさんは、ふ、と笑った。

    「それに、来週は燈矢の誕生日だ。日程を来週にはズラせなかった」

     危うく変な声が出そうになった。
     アイツの誕生日、焦凍くんと一週間ちがいなのか。
     知らなかった。知っていたとしても、知らないふりをしたかもしれない。腹の奥でぐるぐると渦巻く罪悪感にまけて、いらないことを聞いてしまった。

    「エンデヴァーさんは……轟燈矢が生きていたら、会いたいですか?」
    「馬鹿なことを言うな、あの子は死んだ。お前も見ただろう」

     はい、赤の他人の死体を、轟燈矢だと思い込むあなたを。

    「だが……そうだな、燈矢の事だ、案外、本当に生きていたりするかもしれないな」

     生きていてほしい、と言いたげな声色に、頬が引き攣った。不味い、表情が作れない。手で口を覆う。
     どこか、寂しそうに笑うエンデヴァーさんは、独り言のように続ける。

    「あの子が仮に生きていたとして、会いにこないということは、もう俺などどうでもいいと言うことなんだろう。ならば、俺はただ、あの子が幸せであることを祈るしかない」

     あぁ、しまった、聞くべきではなかった。
     俺は、あの子供を、幸せにしなければならなくなってしまった。
     それが、エンデヴァーさんの願いなら、叶えなければ。
     
     
     そう、思ったのに。
     ここ数日幸福について頭が痛むほど考えたが、全くもってわからなかった。轟燈矢にとっての幸福を突き詰めるなら、それこそあの家に帰してやるべきなんだろう。
     でもそれはできない。それだけはできない。
     ならば、少しでも、外に出してやるべきか。
     いや、それは、リスクが高い。色々な人物の目に触れてしまう。公安の中には轟燈矢の姿を知っている人間だって多い。
     あの地下に燈矢を移転した時点で、もうあそこから出す事自体が難しくなってしまった。
     ならばせめて、少しでも甘やかしてやろうと思ったのに、燈矢はここ数日何も強請らなかった。あんなに毎日一緒に寝たいと言って、俺が寝るまで我慢してたのに。
     自分の部屋でしっかり寝ている燈矢に、こちらが寂しくなってしまうなんて。
     ただ、ここ最近、やけにボンヤリしているのが気にかかる。熱でもあるのかと額に触れても、人肌より少し冷えているくらいで、目に見えた体調不良では無さそうで困っていた。
     医者を呼ぶべきか、様子を見るべきか。
     
     この時、すぐに医者を呼んでいれば良かった、と後悔するのは数日後、燈矢が布団の中で白い息を吐いてガチガチと震えているのを目にしたときだった。
     
     
     
     
     
     
     
     
     最近、凄く寒い。
     なんでかは分からないけど、胸のあたりが酷く冷たくて、布団から出られない。啓悟に迷惑かけられないのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。
     一緒に寝ると、具合が変なのがバレてしまいそうで、一人で寝ていたけど、どんどん悪化していく。
     冷たい、寒い、奥歯がガチガチ鳴ってる。
     昨日までは、啓悟が帰ってきたら起き上がって普通に出来ていたのに、今は起き上がることさえできない。
     寒い、さむい、おれ、このまま死ぬのかな。
     死ぬって、なんだろう。
     テレビでやってた、死ぬことは当たり前の知識として存在しているみたいな言い方だった。
     死んだら幽霊になる?
     死んだら何もない?
     天国と地獄があって、悪い人は地獄に落ちて、良い人は天国に行く。俺はどこに行くんだろう。天国と地獄って、本当にあるのだろうか。死んだ人はもう喋らないから、どうなったかなんて分からないんだ。
     じゃあ、死んでみるのも、楽しみかもしれない。
     誰も知らない世界を知れるかも。
     何も無い俺と同じで、死んだところで、何も無いかもしれないけど。
     吐く息がさっきから真っ白だ。
     雪の中に居る人は白い息を吐いてた。なら、寒いのはこの部屋が寒いって事なのか。
     雪、真っ白で綺麗だった。触ったら冷たいんだって。
     外に出てみたかったなぁ。
     頭の中がぼやぼやしてくる。
     震えが止まらない。
     誰かに呼ばれてる気がする、啓悟、帰ってきたのかな、出迎え、できないや。
     迷惑かけちゃう、ごめんなさい。
     ごめんなさい。
     
     



     家に入ったときから、やけに静かだとは思っていた。
     いつもなら出迎えに来る燈矢が来なくて、名前を呼びながらリビングに行ったのに、電気すらついていなかった。嫌な予感がして燈矢の部屋に飛び込めば、布団が盛り上がっていて、体調が悪いのかと布団で隠れた顔を覗き見る。
     ガチガチと奥歯を鳴らして、口の隙間から白い息を吐いている燈矢を見て、すぐに尋常ではないと判断して布団をはぎ取った。瞬間、ふわりと冷気が辺りに広がる。おかしい、布団の中のほうがまるで冷蔵庫の中のように冷たいなんて。
     氷のように冷たい燈矢を抱いて温めて、急いで信頼できる医者に連絡を入れた。
     この医者は個性研究にも精通している公安お抱えの医者だ。
     燈矢の症状は、明らかに個性由来のものだ。ああクソ、なんで忘れてたんだ、エンデヴァーさんは言っていた、燈矢には氷個性もあったと!
     死の間際にのみ現れる個性ならば、普段から表面化しておらず、個性因子の調査の時に見逃した可能性もあり得る。もう個性は無いと思っていたが、無くしたのは炎の個性因子のみだったと、なぜ気が付かなかったのか。
     氷みたいな燈矢を必死に温めて、駆けつけた医者を家に迎え入れる。
     公安で独自に研究していた個性抑制剤を医者に注射してもらうと、燈矢の体温は徐々に元に戻っていった。
     燈矢の震えが止まった頃、ようやくまともに息が吐けた。もう大丈夫と医者が言って、いまさら全身がカタカタと震える。本当に生きた心地がしなかった。
     
     個性の暴走。理由は不明。
     もともと、死の間際にしか発現しないかなりイレギュラーな個性だったから、何かの拍子にトリガーが入ったものの、個性が出れば出るほど死に瀕していく、そしてさらに個性が強く発現するという悪循環に陥ったのではないか、と医者と話して予測を立てたが、本当のところどうしてなのかは分からない。
     とりあえず抑制剤をいくつか家に常備することとなった。
     個性のブースト剤が出回ってから、ブーストができるなら逆も可能なのではないかと密かに公安で研究していた甲斐があった。効果も良好、そのうち警察と連携してヴィラン確保の際に使用されるようになるだろう。
     俺の理想に世界が近づいて行く。ヒーローが、隙を持て余す社会に近づいている。そう思うと少し報われた気にもなる。
     それと同時に、目の前の報われない子供に対して申し訳無さが湧く。
     医者からは燈矢にカウンセリングをすることを勧められたが、快諾はできなかった。こんな状況に置かれている子供を放置して、ただメンタルケアだけするカウンセラーなど居るだろうか。
     
     傍から見たら、俺は鬼のような所業をしているんだろう。
     自分自身理解している。
     
     それがどうした、そもそも同情するような相手じゃない、どうせ人殺しの凶悪犯だ。手違いで幼くなっただけ。記憶を無くしただけ。罪がなくなるわけじゃない。
     自分を正当化したくて、燈矢を劣悪な環境においてる言い訳が頭の中に湧きあがる。
     罪人と言うなら、俺もそうなのに。
     ようやく穏やかに眠り始めた燈矢の前で、自嘲する。
     苦しくてたまらない、手放したい。このままだと、どうにかなってしまいそうだ。

    「ハァ……、きっついすわ……」

     エンデヴァーさん、すみません、多分俺はこの子を幸せにできない。
     中途半端に生かして、手を汚す覚悟すらできない。
     こんな扱いを受けるなら生まれてきたくなんか無かった、って、この子供も思うのかな。昔の俺みたいに。
     ようやく温度が戻ってきた燈矢の小さな手に、指を絡める。俺はきっと子供を慈しむことはできない。自分の環境と比べてしまうから。
     そんな程度か、自分よりもまともな暮らしだろう、なんて。
     俺は他人の心に寄り添うことができない人間だと理解している。だから、トゥワイスの事も手にかけるしかなかった。
     俺が報いを受ける日はいつだろう。
     こんな環境に置いたこの子供にいつか、殺される日が来るかもしれない。テレビを与えた以上、情報として入る外の世界への渇望は止められないだろう。
     落書き帳に、青いクレヨンで沢山空を描いているのを知っている。知っていて、無視をしている。
     青いクレヨンだけ、もう無くなってしまった事を知っている。けど、足してくれと言われない限り足す気もない。
     
     いっそ、殺してくれ。
     楽になりたい。
     
     愛してやれなくてごめんな。
     
     
     


     
     
     燈矢を抱いて眠りについた。
     浅い眠りの縁で、腕の中の燈矢が動くのが分かって意識が覚醒する。合わせる顔がない、でも、もう体調は大丈夫か聞かなければ、と声をかけようとして、あっさりと腕の中から燈矢が抜け出して声をかけるのを止めた。
     俺の知ってる燈矢なら、起きたら真っ先に抱き着いてくる。
     それを、まるで邪魔だと言わんばかりに腕を跳ね除けられたのが気にかかった。いや、別に傷付いてないし、そういう気分だったのかもしれないし、単にトイレがギリギリだったのかもしれないし。
     いや、無いな、アイツ、迷わずリビングの扉を開けた。耳を澄ます、キッチンの戸棚を開ける音がした。
     あー、そこには包丁がありますね。包丁を取る音もしましたね。少しは忍んでくれ。
     ううん、これは俺死ぬかもな。
     確かにいっそ殺してくれとか思ったけど、まさかそんなすぐフラグ回収することある?
     俺が殺されたとして仕事の引き継ぎ大丈夫だろうか、いや、万が一の時用のフォルダはあるし、緊急の仕事とか、絶対にやらなきゃいけないことはタスクで残してある。うん、多分平気。
     ペタペタと子供の足音がして、この部屋に燈矢が戻ってきた。
     燈矢は今どんな顔をしているんだろう。憎悪で染まってたら悲しすぎるのでできれば見たくない。
     俺が追い詰めておきながら何を言っているのやら。
     ごろりと仰向けに転がされて、上にズシリと容赦なく燈矢は馬乗りになってきた。頼むからもうちょっと忍んでくれないかなぁ、ここまでされて起きない方がおかしいだろこれ。
     それでも頑なに目を閉じていたら、燈矢は何もせずただこちらを見下ろしているようだ。殺るなら早く殺ってくれ、

    「おい、起きてんだろ、鳥のくせに狸寝入りしてんじゃねぇ」
    「イッタ!」

     突然、バチンと頬を平手打ちされて、流石に驚きで目を開く。

    「なん⁉」
    「あぁ? お前が寝たフリなんかしてるからだろ」

     これは、うん、まごうことなき荼毘ですわ。俺の可愛い燈矢の顔で、そんなにも心をへし折るような蔑む目が出来たんだ。てか、なんでわざわざ起こしたんだよ、右手にはあからさま過ぎる包丁を持っているし。

    「俺はお前に殺されても仕方ないと思って、寝たフリしてやってたのに、なんなん⁉」
    「ハッ、んなこったろうと思ってたぜ」

     ニタリと笑った燈矢、あらため恐らく荼毘は包丁を両手で握る。下にいる俺に刺すなら逆手にしないと、刺しにくいだろうに。

    「分かってねぇな、前にも言ったろ? お前の生死なんざどうでもいいんだよ。でもまぁ、少しくらいは責任を感じてもらわねぇと、な?」

     言われた意味を理解する前に、包丁の切っ先が狙っているのは燈矢の喉元だと気がついた。それと同時に、自らの喉を掻っ捌こうと勢い良く突き立てられた包丁の刃を、咄嗟に手で掴んで止めた。

    「、う゛!」

     刃は容赦なく肌を裂き、肉を断ち切る。
     焼けるような痛みと共に、噴き出す血で滑りながらも無理矢理燈矢の手から包丁を引っこ抜いてベットの下に叩き落とす。

    「ハッ、は、んぐ……、いってぇ……」

     どこ刺されたって痛いが、手は格別痛いと知った。
     息を詰まらせながら、燈矢を見れば、冷たい目が無感情に俺を見ていた。

    「なんで止めた?」
    「は、ぁ?」
    「お前にとって俺はただの荷物、しかもとびきりの爆弾だ。素直に死なせたほうが楽だろ」

     何を、言って?

    「あぁ、それとも、目の前でいきなりやったから反射的に止めたか? そりゃ悪かったな、もう止めなくていいぞ」

     そう言って、俺の上から退いてベットの下の包丁へ手を伸ばした燈矢に、襟首を無事な方の手で掴んでベットへ押し倒す。

    「し、なせるわけなかろ、アホか……⁉」
    「お前が面倒を見た燈矢がもう居ないとしても?」
    「当たり前だろ!」

     死んでいたほうが圧倒的に都合がいいのに、何故生かしてきたと思っているんだ。
     俺は快楽殺人者じゃない、死んでいたほうが都合が良くても、殺したいわけじゃない、死んでほしいわけじゃない。

    「ハッ、それで、自分は俺に殺されてもいいって? 狂ってんな」
    「俺の異常性はお前が一番良く知っとるやろ」
    「そうだな、そうだった」

     燈矢の顔で、ケラケラと軽薄に笑う荼毘に、じわりと不快感が心に広がる。

    「思い出した、のか?」

     荼毘の記憶を思い出したのか、そう聞きたかった。
     スルリと表情を無くした燈矢は、温度のない瞳で虚ろに見上げてくる。

    「そうだと言ったら? 殺す気はないんだろ? 一生ここで飼い殺しにするつもりか?」
    「……まぁ、外には出してやれんし」

     はぁあ、と息を吐いた燈矢は、顔を覆ってしまった。

    「この偽善者が、無駄な事しやがって……殺さねぇなら、お前を殺して外に出て、外の連中を殺すって言っても生かすつもりか?」

     バカにするな、リスクは排除できる限り排除した。お前が記憶を取り戻す可能性も、その危険性も、十分に考えてある。

    「俺がこの家の中で死んだら、外の扉は内からは開かなくなる。内からはロックされて外は解錠される仕組みになってるから、すぐに武装した部隊が駆けつける、個性のないお前にできることは無い」
    「ふ、ふふ、あははっ! そりゃいい、最後は武装部隊に射殺か? 死にたくなったら心中しかねぇってことか、ははっ、お前と心中とか、頼まれてもゴメンだな」

     はーあ、とため息を吐いた燈矢は、吐き捨てるように言い放つ。俺だってお前と心中なんかゴメンだ。これまで暮した燈矢に死にたいと言われたら、慰めるなり何なりするが、コイツに言われるとどうも反感を持ってしまう。

    「まぁいい、生きるのはアレに押し付けたんだ、お前がうまくやってくれれば、二度と俺がお前と顔合わせることもねぇだろ」
    「は?」

     アレ、というのは、今までの燈矢の事だろうか。

    「燈矢はもう居ないって……」
    「あぁ、そうなりゃ俺を捨てるかと思って吐いた嘘だ。あの燈矢なら病んで寝てるだけ、あっちが出てこれなくなって俺が引き摺り出された」
     
     
     




    本になるよう頑張りたい
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