とうやくんは報われないの続き少しだけ 勢い良く向かってくる量産型脳無の胸目掛けて、鋭く尖らせた氷をぶつける。何かを叫んで氷に突き刺さった脳無に、更に頭以外を氷で覆い尽くし、動けなくした上で1つ息を吐く。
ふわりと、機械の隙間から白い息が漏れた。
焼け爛れた喉は治らず、未だ酸素マスクのような機械が鼻から下と鎖骨辺りまでを庇っている。だが、以前の自分が思い出せない故に、それに対する違和感は特に感じない。
「ほほ、個性の使い方が上手くなったのぉ」
『……どーも』
脳無との模擬戦をとこの場をセッティングしたドクターに、機械音に近い声で返答をし、大きなトレーニングルームから出る。
「寒さはあるか?」
『いや、全然』
部屋を出た先でされたドクターからの問いかけに首を横にふる。個性を使っても大して寒くはない、この身体と合ってるらしいからそういうものなのだろう。まぁ、流石に使い続ければ寒さを感じもするが。
「ふむ、リハビリも訓練もしっかりやっているようだね」
久しぶりに来た仮面の男を見上げ、コクリと頷く。
「君は相変わらずだね」
少し笑って言われた言葉の意味を考えることなんか無い。言われたままに受け取って、また頷く。
「さて、調節も良い具合になっているようだし、君に新たにお願いがあるんだが、聞いてくれるね」
『あぁ』
お願い、などと言うが、拒否権などないのを知っている。最も、空っぽの俺にとっては何かを拒絶するということ自体、ありえないことだ。
思考の欠落、感情の欠落。
俺は俺というものをすっかり忘れてしまったらしい。しかも、何かを考えると、すぐに頭が痛くなる。だから言いなりになるのが一番楽で苦痛がない。
「君にはこれから、僕の後継に会ってもらう。そして、今後はその子の言う事を聞くんだ。分かったね?」
黙って頷く。
言う事を聞く相手が変わっただけ、これまでと何ら変わりない。
「そうだ、君の名前を決めなければね。さて、どうしたものか。君はもはや亡霊のような存在だ。どんな名前でも構わないといえば構わないが、何か希望でもあるかな?」
『……それでいい』
「それ、と言うと?」
『亡霊、それでいい』
考えるのは億劫だ。
「ふむ……亡霊……では、ゴースト、なんてどうかな。」
縦に首を振る。名前なんて心底どうでもいい。
「なら決まりだ、僕の後継をよろしく頼むよ、ゴースト」
その後、大した指示はされなかった。俺が覚えていて、守らなければならない約束は2つ。
一つ、炎を使わないこと。
これは少し大変だった、この身体は咄嗟に炎を使ってしまうから、きちんと炎を出さずに居られるまで、何度も何度も身体に教えこまされた。おかげで今は大して考えなくとも炎は使わない。
もう一つは、言うことを聞くこと。
これは気にしなくても良いぐらいには楽な約束だった。
言うことを聞いている方が楽だし、自分で物事を考えるのは苦手だ。だからちょうど良い。
渡された装備を着て、鏡を見る。
顔が分からないよう、呼吸機と繋がった機械的なマスクに、髪の毛の色が分からないように頭を覆うフード。
自分が無い、自分が分からない。
そんな俺にとってはお似合いのような格好だ。
『ゴースト……』
先程言われた名前を繰り返す。しっかり覚えようとしないと、また忘れてしまう。反応できなくなってしまう。
ズキリと頭が痛む。呼吸が荒くなる。
嫌だ、何も、考えたくない。思い出したくない。
考えるな、考えるな、考えるな!
『っ、ふー、ふぅ……』
早く、後継に会おう。何も考えなくて済むように。
なんかここまで来るととやくんなのか分かんなくなって筆が進まなくなりけり