罪咎ライフ 俺以外の誰もいない、教会の開いていない休みの日に、裏庭で集めた落ち葉や枝を燃やす。ついでに、不要な書類も。
割と前から、これは俺の仕事だ。
というより、俺が進んでやっている。燃やすもののないときは、進んで薪を購入してやるくらいだから、今の俺の唯一の趣味と言っても良い。
パチパチと燃え盛る火を見つめて手を合わせ、祈りを捧げる格好だけした。特に祈りはない、これは、俺が俺のためにやっているだけのことだから。そもそも、自分の為の祈りなんか、神は聞き入れたりしない。俺のこれは、神にお目溢しを願っているだけだ。
いつまで、この生活を続けなければならないのだろう、とぼんやりと、赤い炎を見ながら思う。いつも思うその考えに答えは出ない。
パチパチと音を立てて上がる炎を、ただ見つめる、炎は落ち着く。本当は蒼い炎が良かったけど、温度だけで蒼くするのは到底今の俺には困難なので妥協した。それに、赤は、俺が焦がれた炎だから、それでもいいかと思う。
しばらく見つめて、そろそろかと、焚き火の中からトングを使って真っ赤になった、細長い縦幅10cm、横幅2cmほどの平らな鉄の棒を取り出す。もとは何だったか、工具だったような気もするし、何かの持ち手の部分だったような気もする。とにかく、程よい幅で、程よい強度があるので重宝している真っ赤に熱せられた鉄の棒を、火の中から救い出した。
そうして、それが冷める前に、服を捲し上げ落ちないよう裾を口に咥えて、腹部へ鉄の棒を当てる。
「——っ!!!」
激しい痛みでぶわりと全身に汗が滲む。刺すような刺激と、肉の焼ける音と匂い。
ジュワジュワと音を立てる腹部から、鉄をベリベリと引き剥がして、地面に放る。ふー、ふー、と息を吐いて、じぐじぐと痛む患部を見た。焼け爛れたそこから、体液が滲み出て来る。
もう何度やったかも覚えていないほど行われている行為の痕は、ひどく歪に皮膚に残り続けている。今回もその痕達の上に刻んだわけだが、これでまた暫くは平気だろう。
火傷の痛みが無いと、荼毘を忘れてしまう。
時の流れはあまりにも緩やかで残酷で、どうせやりたいことなどないのだから、もう神に裁かれるような行いは辞めようと決め、穏やかな時間を過ごすうちに、荼毘の頃の事を思い出すことが少なくなっていった。
俺にはそれがひどく不安だった。
あれほど胸のうちに刻みつけた、死の恐怖すらも凌駕した強い感情が、時間と共に薄れて消えることも恐ろしかったが、なによりも、きっとそのまま何もかも忘れて遠い記憶にして、幸せを掴んでしまえば、神は嬉嬉として俺からそれを取り上げるだろう。
俺はそれだけのことをした、きっとまだ、罰は残っている。だから、荼毘を忘れないように、また罰を与えられないように、こうやって火傷を刻むことで、常に懐かしい痛みで己を苛むことでしか、俺は俺を忘れない方法が思いつかなかった。俺の憎悪と罪を、繋ぎ止めておく方法はこれしかなかった。
最も、今回に関しては、お父さんに縋ってしまった自分への罰のようなものだが。荼毘を忘れてはならない。でも、荼毘に染まるのも、駄目だ。
あのお父さんは、今ではもう他人なのだから。荼毘が持つ感情をぶつける相手では無くなってしまったのだから。
しばらく酷い火傷痕を見つめてから、着衣の乱れをなおし、また炎の前で手を合わせる。まだ肉の焦げる臭いがする、早く部屋に戻り治療をしなければ。でも、焼いたばかりのそこに衣服がこすれる痛みは脳が痺れる程で、は、と息が漏れる。
懐かしい、前に痛みを感じていた頃に負ったのはもっと浅い火傷だったけど、腹部の焼ける痛みは随分と懐かしく、いつも、つい、浸ってしまう。
あと少し火を見たら後始末をしようと思ったところで、不意に後ろから声をかけられた。
「今日って閉まってるんです? 神父さん」
バッと振り返った先に、へらりと軽薄な笑みを浮かべたホークスが立っていた。急に動いたから酷く火傷が傷んで、悲鳴が出そうになって口を噛み締めてから、一つ息を吐いて口を開く。
「っ、ホークス…………見てわかんだろ、勝手に侵入すんな、住居不法侵入で訴えんぞ」
「いい加減その名前辞めてほしんスけど……てかやっぱオフか、着てるのがシャツとズボンだけだったからそんな気はしてたけど……」
さっさと追い出したいが、ジグジグと痛む患部に、冷や汗が止まらない。痛み自体は慣れているが、慣れているからと言って感じないわけではないから、少し動いただけでも刺すような痛みで身体が勝手に固まる。深い火傷の叫び出しそうなほどの熱と痛みは、勝手に顔が歪む。
それでも、なんとか隠しきって、先程放り投げた鉄の棒が足元に隠れるように立った。
「なんで焚き火? てかなんか、焦げ臭くない?」
「不要書類の処分と落ち葉の処分、焦げ臭いのはそりゃ、焚き火してるからな」
興味深そうに小さく燃え盛る炎を見たホークスに、痛みで流れた冷や汗をコッソリと拭う。不味いな、一応インナーは着てるが、白いYシャツだけでは火傷から滲んだ体液が見えてしまうかもしれない。
「んー……いや……違う、これ肉の焼ける匂い……?」
バレたか、鼻のイイヤツ。いや、勘が良いのか。
だが、バレたとして、俺自身を焼いているとは流石に分からないだろう。ホークスの訝しむ目を挑発するように見つめ返して鼻で笑い、空気を誤魔化した。
「疑ってんなら今すぐ消して見てもいいぜ、誓ってなんもしてねぇ」
火の周りを彷徨いて観察し始めたホークスに、ヒラリと両手を上げて無罪だと言わんばかりの態度を取って更に煽る。バレないと思って図に乗っているのではない、冷静になられたら困るから言葉で少しでも気を逸らさせようとしているんだ。
火元に何もないと分かれば、流石に勘違いだと思うだろう。
足元の小さな鉄板はだいぶ冷めたので、上に足をおいて完全に隠す。少し身動ぎするだけで火傷の痛みで声が震えそうになるのを、深く息を吐いて堪えた。
ジロジロと見て火元をトングで漁ったホークスは、首を傾げて立ち上がる。やっと諦めたかと少し息を吐いたら、こちらをジッと見ていたホークスと目があった。瞬間、何かに気がついたのか金色の目を見開いた。
「……お前っ、まさか!」
「っ!」
好きにさせていたから、いきなり伸びてきた手が服の裾を掴んだことに咄嗟に反応できず、バッと服を持ち上げられ、焼いたばかりのそこが露出した。いつかのお父さんに同じことをされた記憶が蘇る。
こちらが何かを言う前に、ぐしゃりと顔を歪めたホークスが、口の端を吊り上げる。
「っ、は、これも神の教えってやつ?」
完全にバレたか。
バレたなら、今更何を取り繕っても無駄だろう。諦めてため息を吐く。
「……バカ言え、こんなの神が推奨するわけねぇだろ。むしろ、神はこんなの許してない、俺ら人は神に作られたんだ、神の所有物である身体を傷つけることは冒涜的な行為だ」
「ならなんで、」
「俺は神に愛されてない。だから、神に愛された神の所有物と言えるような物じゃない、俺は見捨てられた罪人だ」
だから自分の身体に何をしたって、神は気にも止めないだろう。だが、ホークスはその回答が気に食わなかったのか、怒気をまとわせて低い声で唸るように口を開く。
「それはお前が決めることじゃないだろ」
「……そうかもな」
確かに、そう思いたいだけかもしれない。最も、これまで幾度となく行ったコレに対してなんの罰も与えられていないので、少なくともこの程度はどうでも良いと赦されては居るのだろう。
特に俺が態度を変えなかったからか、ホークスは頭を抱えて大きくため息を吐いた。
「はぁ〜……手当は?」
「このあと自分でする」
捲り上げられたままのシャツを引っ張って戻し、火の始末を始める。少しの動作で息が詰まるが、今更隠したところで意味はないので特に演技で隠したりはしない。もうバレてしまったならどうでもいい。
「今日は教会は閉めてる、悔い改めるなら別の日にしろ」
言外に帰れと含ませれば、ホークスはひくりと頬を引き攣らせたあとに、腹立つほどわざとらしくニッコリと笑った。
「これ見てハイそうですかと帰れるほど素直じゃないんで、手当してあげる」
「ハァ? いる訳ねぇだろ帰れ」
「警察として怪我人を見過ごすことって出来ないんですよね〜」
後をついて回るホークスに散れと言いたがったが、痛みが本格的に強くなってきて、さっさと手当をした方が良いと諦めて自室に戻る。
「不法侵入であとで苦情入れてやる」
「はいはい、もうそれでいいから。で、救急箱は? あと氷と水」
自室のベットに腰掛け、物の少ない自室で端の方に置かれた木製の箱を指差す。もう好きにさせないと帰らないようなので、諦めて気が済むまで付き合ってやることにした。抵抗しようにも痛みで動くのも辛いことだし。
救急箱を開けたホークスは顔を歪める。
「うわ、露骨に火傷の処置道具に特化してる。まぁでも、とりあえず冷却……さっき見かけた冷蔵庫から氷取って来ていい?」
「もう好きにしろ」
部屋から出ていったホークスを見送って、シャツを捲し上げる。いつもは冷やさずに軟膏だけ塗ってガーゼを貼っているから、それでいいと思うのだが。
戻ってくる前に勝手に処置するかと思ったところで、驚くほど素早くホークスが戻ってきた。
「絶対に病院案件だと思うけど、どうせ行く気ないんだろお前」
「無い」
「だと思った……ほら、横になってて」
ホークスに押し倒されて、上から袋に入れてタオルで包んだ氷水を当てられた。嫌でも傷口に当たって激痛が走る。
「っ!」
「痛みはあるんだ」
「だ、からやってんだ、っ、おい、もっと丁寧にやれよ……!」
「自分でやっといて何言ってんの?」
険しい顔つきで腹部の火傷のあとを見たホークスは、大きなため息を吐いた。勝手に来て勝手にしてるくせに、なんでこんな気分にならなきゃならないんだ。
「うぜぇ、面倒なら帰れよ」
「面倒でこんな気持ちになってる訳じゃないから、馬鹿な奴だなぁって呆れてんの」
下から睨みつけるが無視される。
というか、コイツなにしに来たんだよ。
「今日はなんの用だよ」
「用なきゃ来ちゃだめなんです? ここって誰がいつ来てもいいって場所じゃないっけ」
ああ言えばこう言う。もう面倒になって会話をやめた。
しかし、こちらが黙っていたら、ムカつく鳥は勝手に話し始めた。
「……別に、もういーんじゃない? 今世のお前は犯罪者じゃないし、こないだなんか善行したし、罪とか罰とか、気にしすぎだって」
「お前が決めることじゃねぇだろ」
「ああ言えばこう言う……」
それはお前の方だ。
「まぁ、ちょっと聞きたいことあって来たんだけど……流石に今日は無理か」
なんだよ、あんじゃねぇか用事。
後日に回されても困る。もう二度と会いたくないというのに。
「今話せ」
「いやいや、頭入んないでしょこんな怪我してたら」
「お前みたいな鳥頭と同じにすんな、こんな程度、何回やってると思ってんだ」
いつの間にかガーゼまで貼られていた腹に力を入れてベットから起き上がり、シャツの前を閉める。当てとけと言わんばかりに押し付けられた氷水を嫌々当てていると、視線を感じた。
目じゃなくて口を動かせ。
「さっさと話せ」
下から睨み付ければ、ホークスは気不味そうに頭を掻いて視線を彷徨わせた。
「あ〜……っと、話すなら、懺悔室? だっけ、そこがいいんだけど」
「ハァ? テメェが懺悔? 何に? 生まれてきたことにか?」
「あーあ、神父様がそんな事言って良いんですかね〜?」
青筋を立てたホークスがわざとらしい笑みを浮かべて見下ろしてくる。しばらく待ってみたが、懺悔室以外で話すつもりも無ければ帰るつもりもないらしい。今すぐ出ていって二度と会わない事を願っていたのだが、どうやらそれは無理なようなので深く深くため息を吐いて立ち上がった。
「こっちだ」
「どうも」
懺悔室、と言っても、洋画のような立派なものはない。もっと簡素な、どちらかというと刑務所の面会室に近いような作りの部屋に通す。
この部屋はお互いに顔は見えない。この部屋で誰が何を話しても、俺は口外できない。ここで罪を告白した人間に直接俺が赦しを下す事はない。赦しを下すのは神のみ。つまり、ここで話す内容は信者と、俺という存在を通した神しか知り得ない。俺を通して神が赦しを下す、なんて、正直に言うと俺なんかが神に取りなす事など無理だと思っているので、ここは専らあの人に任せきりの場所だ。
座っていられるから、足が悪くても問題ないしな。
「へぇ……なんか、ちょっと面会室っぽくてあんまり気が乗らないけど……まぁ、それじゃ、ここから話すのは守秘義務の範囲だから、誰にも言うなよ。だから懺悔室にしたんだし。てかそういう話だったよね?」
「俺がそれを聞いて黙ってると信用できるなら、勝手に懺悔してればいいんじゃないか?」
「お前自身はとにかく、神父様としては信頼してるよ」
随分と安い信頼だ。あんな事をしでかした人間に、よくもそこまで言えるものだ。ああ、でもそうだな、お前は楽観的で、見通しの甘い奴だった。だから出し抜けたんだ。だからあれほど犠牲が出た。
少しは痛い目を見て慎重になるかとも思ったが、人間はそんな簡単には変われないということか。迂闊なところは変わらない。
「はぁ……、さっさと話せ」
痛みで流れる冷や汗を拭って、息を吐く。向こう側のホークスは少しばかり躊躇ってから本題に入った。
「まず、お前の記憶力を頼りたいんだけど……この顔に見覚えある?」
目の前の板についている窓の隙間から差し込まれてきた写真を眺める。
隠し撮りに近い角度からで、画像も荒い。よく観察してみたが、記憶の中に思い当たる顔はない。教会に来ていれば間違いなく覚えているが、外で出会った人間全ての顔は覚えていられない。それこそ、前回のように、少し記憶に残るような仕草でも無い限りは。
「いや、見覚えないな」
「うーん、ここらへんじゃ無いか……もう県外出ちゃったかな」
困ったような、間延びした声には明らかに落胆が見えた。
俺はお前のひみつ道具では無いのだから、勝手に期待するなと蹴り飛ばしたくなる。
当てが外れたと言わんばかりの態度で、ホークスはさらに続けた。
「じゃあ、とりあえず、ここらへんでもしも何か困ってそうな若い女の子……特に未成年、見かけたら声かけてあげてくんない?」
「理由を話せ」
理由も知らずに手当り次第声をかけたら俺のほうが刑務所行きになる。
あーだのうーだの唸って、しばらく考え込んだホークスはようやく口を開いて理由を話し始めた。
「マジで黙ってて欲しい事なんだけど……実はさっきの写真の男、アイツ、ネットで女になりすまして若い女の子向けの支援してんの」
「匿名で女を騙っただけで逮捕か?」
「まさか、お前だって薄々わかるだろ、支援なんて嘘っぱち、今すぐ家から出たい女の子にSNSで声かけて、シェルターと言う名の違法風俗部屋に押し込んで客とらせてんだよ」
普通に犯罪だな。
買う方も買う方だ。薄々犯罪と気がついていて己の欲望を晴らすために金銭を使って女体を買うなど、理性が働いていない獣のようだ。
「普通に考えりゃ怪しいと思うだろうけど、今すぐ家から出たい子にはのっぴきならない理由があるからね。それこそ、怪しい話を天からの蜘蛛の糸だと縋るほどに」
まさに蜘蛛の糸。
縋っても天国には行けず、結局は地獄へ真っ逆さまってことか。
「のっぴきならない理由ねぇ」
過去の記憶が薄く蘇る。
無かったことにされた家から、その身一つで出ていったあの夜。
「純粋に家庭環境が荒れ果てているか、家の中の逆らえない相手から諸々要求されているか、無理矢理手をあげられているか、他にも理由は色々と……聞けば聞くほど、本当に憂鬱になるよ。未成年が巻き込まれてる事件は特にね」
「とにかく目先の地獄から逃げたくて頼った先が、更なる地獄とはな。救いようがねえ」
世の中そんなもんだ。人の善性に期待なんかするだけ無駄。むしろ、期待する甘い人間ほど悪人の食い物にされる。そうしてズタボロになっても生き抜いた人間は、今度はまるで復讐するように甘い人間を搾取する側になるんだ。
「助けられたら……良かったんだけどね。俺らは家庭にはあんまり首突っ込めないから」
突っ込みたくないだけじゃないのか。
「それで? その犯罪者がここらへん彷徨いてるって?」
「ここらへんに拠点があったんだよ。っても、まぁもう少し駅寄りのとこだけど……」
まったく知らなかった。
ここらへんはそれなりに閑静な住宅街だが、駅前にはそれなりに歓楽街もある。少し道から外れたらそれなりに侘しいところだ、薄暗いこともしやすいだろう。
「この前の協力してもらった事件あるだろ? アレもちょっと絡んでてさ、いもづる式に捜査に上がってきたんだよね」
ここまで酷いとは思わなかったけど、と付け加えられた言葉とため息に、ふと疑問が湧く。
「まだ泳がせてんのか? そこまで分かってて?」
「いやいや、別の課で摘発したんだけど……」
「コイツには逃げられたと」
「そゆこと。おかげで俺らも捜索に駆り出されてんの。こういう案件は俺らの管轄じゃないんだけど、まさか実行犯に逃げられるなんて……」
実行犯逃してんじゃねぇよ。使えねぇな。
「お仲間に聴取してるけど、どこ行っちゃったかな……まったく……暴対案件かと思いきややったの一般人だし、生安となんかごちゃごちゃやってて本当に使えない、いいからさっさと動けっての……実行犯が地主の息子だか知らないけど、権力持ちがこういう事すると捜査の妨害されるからややこしいったら……」
ブツブツと文句と愚痴を言い始めたので、写真を持って部屋から出る。
やはり見覚えのない顔だが、念の為頭に入れておく。逃げてるならこの辺りではもう見かけそうにないが……。
写真で痛みによる冷や汗をヒラヒラと仰いでいたら、部屋から勢い良くホークスが出てきた。
「ちょっと! 一人にしないでくれます⁉」
「まだ話してたのか?」
「ああもう……! まぁいいや、写真返してくれる?」
持っていた写真を渡すと、写真ごと手を掴まれる。
「あ? んだよ離せ」
「いや……、つい最近の事だから、もしかしたら他に犯人から声をかけられた女の子がまだここらに来てるかもしれなくて、身なりの粗末な子、視線を気にして不審な子、そういう子がいたら、少しでいいから気にかけてやってくれる?」
返事はせずに手を振り払う。
「……頼むよ」
「もう分かった、さっさと帰れ」
「はいはい、もう帰りますよっと」
出ていったホークスの背中を見て、扉を閉める。
ジクジクとした火傷の熱さと痛みは変わりなく、全身が火照っているように思えた。実際に、熱もあるのかもしれない。
誰かにいちいち心配などされても鬱陶しい。熱冷ましも飲んでおこう。
外から、誰かの笑い声が聞こえる。無邪気な子供の声と、女の声。さっき聞いた話なんて、別世界のことのように思える。だが実際に起こったことだ。
この世界では、つくづく、女は生きにくそうだ。
なにせ、男に対して対抗手段がない。個性の当たり前だったあの世界では、男よりも女の方の個性が強いことはザラにあったし、下手に襲えば返り討ちだ。
性的な犯罪としてあったのは、陰湿な身内によるグルーミングを兼ねたものか、あるいは顔見知りによる犯行か。わざわざ個性をひけらかしながら生きている一般人は少ないし、一般人の個性の使用は基本的にアウトだったから、知る機会も少ない。
まぁ、英雄思想に取り憑かれた馬鹿や、目立ちたがり屋の一般人は事件に首を突っ込んで個性をひけらかしていた事はあったが。
それも踏まえて考えると、個性というのは、女の防衛本能から生まれたものなのかもしれない。男に対して肉体的に敵わない女が、同じようにひ弱な我が子に抵抗する力をもたせるよう進化した、とか?
なんて、考え過ぎか。
でももしもそうならば、いつかこの世界も、そんな進化を辿るのかもしれない。
そうなったとしたら、二度とこの世に生を受けるなどゴメンだな。どうせ俺がなれるのは出来損ないに決まっている。
深く息を吐いて、熱を下げる薬を飲む。どうせ今日は他にすることもない。さっさと寝てしまおうとも思ったが、どうにも熱が篭っているような感覚があって、外へでる。
別に、ホークスの言っていた事の為ではない。
ただ、この街には、もう家族ではないしなんの関係もないが、血の繋がらない元妹が居るから。少しでも女にとっても平和であってほしい、ただそれだけ。
曖昧な理由と気分で、フラフラと周辺を散策してから、相変わらずあの写真の男は見つけられず、薄暗くなってきたところで教会に戻った。普通に痛みでクラクラしてきたから切り上げたのだが、教会の閉じた扉を開こうとする不審者に、後ろから声をかける。
「今日は開いてねぇぞ」
「ひゃっ!」
たいそう驚いたらしい制服姿の女はその場で尻餅をついて勢い良く振り返った。
「あ?」
随分と見覚えのある顔だ。かつての仲間トガヒミコそっくり、というより、本人かこれは?
「えと、ちょっと迷ってしまいまして……誰か居ないかなって」
居ないことを理解して開けようとしていたように見えたが。少し警戒したトガヒミコの様子からは、以前の生を覚えているようには見えない。俺が荼毘と似ても似つかないところを差し引いても、俺の知っているトガヒミコはこんなにオドオドとはしていなかった。
「家出か?」
「っ! ち、違います」
図星らしい。
まさか、例の話に釣られてきたか?
続きは誠意作成中です!
最終的に熱心な信者にとやくんが痛い目に合わされたりする予定