その後てきな 葬式の経験なんて、殆ど無かった。あっても仕事の仲間の葬式ぐらいで、ここまでこじんまりとした内々の葬式は初めてだった。
俺が用意した別人の遺体を使った轟燈矢の葬式。
ご家族だけの葬儀に世話になったからと呼ばれはしたものの、来なければよかったと思った。万が一バレてしまった場合に備えて来たが、改めて自分の罪を突き付けられた気分だ。
啜り泣くエンデヴァーさんと奥さん、手を合わせて肩を震わせている娘さんに、俯いている焦凍くん。そして、もう殆ど縁は切れたと聞いている次男の夏雄くんはわざわざ葬儀に足を運んでくれたようで、強く唇を噛み締めていた。
遺骨を骨壷にみんなの手で納める。
みんなの泣き声に胸を掻きむしりたくなった。キツイ、苦しい、今すぐこれは別人の骨なんだと白状したい。
やっと骨が壺に納められて見えなくなると、ようやく少し息が吸えた。
甘く見ていた。きっと、あまり自覚がなかったんだ、己の所業がどれほどのものか。弔いなんか、身に覚えが無いものだったからなおさら。
自分がどれだけとんでもないことをしたのか、いまさら自覚して指先が冷えていく。エンデヴァーさんに声をかけられて、やっと動くことができた。礼を言われたけど、なんと返したのか覚えていない。俺はあのとき、どんな表情をしていたんだろう。
葬儀のあと、四十九日に轟家の墓に納骨をするらしい。
納骨までは行かなかったが、あの家族がどう納骨したのかありありと想像できた。どこの誰とも知らない他人の骨を、大事に大事に抱えて、家族の墓に入れるこの人たちを。
それをさせたのは俺だ。
自分の所業の結果だと分かっていても、勘弁してほしいと思ってしまう。俺は一生この嫌悪感と罪悪感を抱えて生きるのだと、しばらくは眠る事すら出来なかった。
だけど、それがどれだけ罪深いことでも俺さえ黙っていれば、あの人たちは解放されると思っていた。
今度こそ家族をやり直せるんじゃないかって。
まぁ、常闇くんに諭されて、考えを改めたけど。
そんな罪の記憶から3年、ようやく燈矢から、巻戻しの個性を消失させることに成功した。燈矢の二度目の戸籍上の死から3年も経ってしまったが、身体検査でも無事に肉体の成長を認められた。
顔を見かけるたびに何か言いたげにしていた常闇くんにも伝えていたが、意図せず付与されてしまった個性を無くし、肉体の巻き戻しが消失したら、俺は自分の罪を燈矢の家族に打ち明けるつもりだった。
だったのだが、生きていると伝えれば、会いたいと言われるのは必然だろう。
もはや、これは俺だけの問題ではない。なので一旦燈矢に意思を確認することにした。
「というわけで、久し振りに家族に会ってみない?」
「バカか? いまさら会いたいわけねぇだろ。もしも無理矢理会わせてみろ、目の前で舌噛んで死んでやる」
剣呑な顔つきでそう言った燈矢に、ですよね、と棒読みの台詞が口から出た。
「でもほら、その、毎日顔合わせるとかじゃなくて、本当に顔見せ程度でいいんだけど……」
「俺にメリットがない、それお前が楽になりてぇだけだろ」
ギクリと肩が跳ねて嫌な汗が流れる。
まぁ、たしかに素直に白状して楽になるのは俺だけかもしれない。本人の意志を尊重するにしても、生きているのが冗談と思われるのは困る。できればちゃんと生きているところを見せてあげたかった。
「とはいえ、俺は今となっては主人格じゃねぇ、表の燈矢が会いてぇなら好きにすればいい」
「えっ!?」
「ま、嫌がるだろうけどな」
「え?」
希望が見えたと思った瞬間、それを取り上げられた気分になる。
表だの言っているが、ようは何も覚えていない燈矢の方だ。
こっちの燈矢は荼毘を経験して、生きることを別人格に押し付けた方。家族の記憶があるのはこっちだから、こっちに聞いたのだが、もう一人の燈矢が許可すればいいということなんだろうか。
向こうの燈矢が家族に会いたいか聞いて、嫌がるイメージはあまりないが……
「嫌がるって、なんで?」
「アイツにとっちゃ、いまさら湧いてきた家族なんかよりも、お前のほうがよっぽど大事だからだ。家族に引き渡されてお前と離されるくらいなら会いたくすらねぇだろうよ」
ほの暗い喜びで変な顔になってしまう。
「何ニヤニヤしてやがる、気色悪ぃ。言っとくがただのストックホルム症候群だからな」
「そんくらい分かってるって」
それでも、誰かの一番になれたことなんか無いから、そんな事を言われると嬉しくなってしまう。我ながら頭がおかしい。
「家族に会うか聞いても、喜んでイエスは言わねぇだろうけど、焦凍になら会いたがるかもな」
「え? 焦凍くん?」
「はじめはただの話題作りの動機でしかなかったが、今は本当にショートが好きらしいから、まぁ会いたがるんじゃねぇの」
それだけ言って燈矢は大きなあくびをして眠ってしまった。
3年もすれば、何も知らない方の燈矢も別人格をある程度把握しており、今ではストレス関係なく割と頻繁に入れ替わっている。
なんでも、表の燈矢はもう一人の自分に楽しいものを分け与えたいと思っているらしい。
人格の差が激しくて風邪ひきそうだ。
というわけで、もう一人の燈矢にも聞いてみることにした。
「燈矢、ヒーローのショートに会ってみたい?」
「えっ!? あ、会えるの……?」
すごくキラキラした目で期待して見上げてくる燈矢に、心の奥でチリチリと焦燥感が燃えた。いや、こんな張り合うつもりなんてなかったけど、ここまで露骨に憧れを見せられると、俺だって昔はNo.2だったんだと言いたくなる。
「うん、今度会えるかも」
「会いたい……!!」
これがジェラシーと言うんだろうか。俺だけの燈矢が焦凍くんに取られてしまう気がして心が落ち着かなくなる。
「ちなみに、もしも、家族に会えるってなったら、あってみたい?」
「家族……って、俺の?」
「そう」
さっきまでの無邪気さは消え失せて、複雑そうな顔で曖昧な声を上げた燈矢は、こちらの顔色を伺いながら、首を横に振った。
「ううん、俺の家族は啓悟だけだし……啓悟以外はいらないよ」
「そっ……か」
ニコリと笑った燈矢の頭を撫でる。
本音はどうかわからない、けど、それ以上踏み込む気も無かった。俺の方がよっぽど、燈矢を手放せなくなっているなんて、本当に愚かだ。
一心不乱に与えられるこの愛を、今更手放せない。燈矢が家族に会いたくないと言ってくれて嬉しかった。こんな悍ましい本音、気が付きたくはなかったけど。
そんなこんなで、エンデヴァーさんや奥さんに会わせるのはまた後々説得するとして、ひとまず焦凍くんには会わせてやりたい。まぁ、その前に轟家に殺されても仕方ないことをしたので、まず真っ先にご両親にすべてを打ち明けて謝罪することにした。
普段のわざとおちゃらけた雰囲気や話し方はすべてやめて、本当に本音で謝罪する。頭を下げながら殴られても仕方ないと思っていたけど、二人とも目を見開いてから、言葉が出ない様子だった。
しばらくして、奥さんが詰め寄ってきて、殴られる覚悟を決めてグッと目を閉じるが予想した衝撃は来ない。
「……?」
恐る恐る目を開くと、口を真一文字にして、小さく震えながら泣いている奥さんが居た。
燈矢に似てる、と漠然と思う。
「本当に、燈矢は生きているの?」
「はい、生きてます。ずっと騙してきてすみませんでした」
もう一度頭を下げる。
俺には、その涙が喜びなのか悲しみなのか分からない。
膝から崩れた奥さんの肩に手を伸ばして介抱しようとしたが、大丈夫だと言われて、さり気なく手を拒まれてしまった。
エンデヴァーさんを見ると、こちらも複雑そうな顔をしていた。
「……殴られても仕方ないと思ってるんで、殴ってもいいですよ」
「いや……俺にはその資格は無いだろう。偽装の遺体については許せないが、燈矢が生きていてくれて、嬉しい感情もある。なんと言ったらいいか……わからない」
いっそ殴ってくれれば、俺も楽になるんだけどな。
「お前の立場ではそうするしか無いだろう。俺達の為を思ってした事だとは理解しているが……権力者に翻弄される気持ちが良くわかった」
権力者か。そうだな、俺がお飾りとはいえ権力を持っているからできた事だ。もっと、公安トップの自覚持たないと駄目だな。
その後、ある程度落ち着いた奥さんとエンデヴァーさんに、燈矢の状況を伝えた。人格が2つになってしまった事とか、家族には会いたくないと言っていること。それから、ヒーローのショートくんには会いたがっていることも。
外に連れ出すことはできないから、もしよければ焦凍くんにも打ち明けて、公安内部で会わせても良いかと提案する。
「分かった、子供たちには俺から話そう。焦凍からお前に連絡を入れるようにすればいいか?」
「えっ、いや、俺からご家族に伝えますけど……俺のやったことだし……」
「燈矢の肉体が巻き戻ったことにお前は関与していないんだろう、俺からきちんと伝えておくから、連絡先を教えろ」
有無を言わさない強さで言われてしまったら、黙るしかない。
偽装した遺体の遺骨はこちらで引き取ることにして、また燈矢の状況が変わったら連絡をすることを約束した。
別れ際、エンデヴァーさんがポツリと独り言のような問いかけをしてくる。
「燈矢は……あの子は、今、笑えているだろうか?」
脳裏に燈矢の笑顔が浮かぶ。
昔みたいな取り繕った笑みじゃない、ちゃんとした笑顔。
でも、すべてを覚えている方の燈矢はいつも仏頂面で、笑顔とは言えないかも。最近は結構柔らかい表情をするようになったけど。
「……はい、これからも燈矢が笑えるように、俺も頑張ります」
「そう、か」
エンデヴァーさんは、どこか卑屈に笑った。
「俺は、あの子を泣かせてばかりだったから、笑えているのであれば良かった」
俺もめっちゃ泣かせました、と言う前に、エンデヴァーさんの姿は扉の向こうに消えてしまった。
疲れた、けど、どこか心のつかえが取れた心地よさもある。燈矢に会いたい、抱き締めたい、抱き締められたい。
これはもう、中毒だな。
後日、すぐに焦凍くんから連絡があり、ぜひ会いたいとのことでオフの日にこっそり公安に来てもらった。
「……こんなところに燈矢兄はいるんですね」
厳重にありとあらゆるロックを突破した先にある玄関で、ポツリと言われた言葉から若干の棘を感じて吹き出しそうになった。
「すみません、別に責めるつもりはなくて、ただ……」
「いや、最もな意見だと思う……」
慌てたようにフォローに入った焦凍くんを手で抑えて、玄関の生体認証を開く。
「あれ、」
いつもならすぐに燈矢が出迎えてくれるのに。
今日は焦凍くんが来ると伝えているからか、朝から緊張していたけど、リビングだろうか。
「燈矢? 焦凍くん来たけど、」
リビングの扉を開けると、すごく肩を強張らせた燈矢が居た。興奮なのか緊張なのか、耳が真っ赤になってる。そして、俺の後ろから顔を見せた焦凍くんを目に入れると、ぱぁあっと効果音でもつきそうなくらい目を輝かせた。
うわ、今すごいジェラシー感じたわ。
「す、すごい、ショートだ……! 本物だ!!」
「え、と……は、じめまして、か? とうやに、……燈矢くん」
複雑そうな焦凍くんだったけど、すぐに微笑んで膝を折り燈矢と目線を合わせた。
いつもはもっとお喋りなのに、緊張と感動でまともに言葉が出てこない様子の燈矢は、もじもじと服を握っている。
「俺のこと応援してくれてありがとな、握手、してもいいか?」
「う、うん!! する!! したい!!」
焦凍くんもファンサが板につきすぎじゃないだろうか。
すごく面白くないが、俺が不機嫌にすると燈矢が気にしてしまうので必死に笑顔を作って微笑ましいと言わんばかりの雰囲気で二人を見守る。本音は嫉妬でおかしくなりそうだけど。
その後もファン交流といった感じで、グッズにサインしたり手のひらに出した氷を見せたりして、実に微笑ましい時間が過ぎていった。
ようやく別れの時間が来て、興奮しっぱなしで真っ赤になってる燈矢に焦凍くんがおずおずと手を伸ばす。
「最後に、抱き締めてもいいか?」
「うん!! いいよ!」
パッと笑って手を広げた燈矢の身体を、焦凍くんが抱き締める。兄弟の抱擁、微笑ましいじゃないか。うん。
小さく肩を震わせた焦凍くんは、燈矢の身体が軽く浮いてしまうほど強く抱き締めた。すがり付くような抱擁に、燈矢も抱き着いて焦凍くんの頭を撫でる。
まって、それ俺が最近良くしてもらうやつじゃん、ズルい。俺だけのだったのに。小さな手に頭撫でられるとなんか、すごい頑張った俺って気持ちになれてイイんだよね。
落ち着け俺、こんなんもう一人の燈矢に見られたら爆笑される。少なくとも1月はネタにされる。アイツ娯楽に飢えてるせいか、最近は俺を馬鹿にすることを生き甲斐にし始めてる感ある。
深呼吸して心の中の暴れる自分を落ち着かせて、名残惜しそうにする焦凍くんを連れて家を出る。上手く話せる気がしないが、自分の手を見つめていた焦凍くんから話しかけられた。
「あの、ありがとうございました。燈矢兄と会わせてくれて」
「いや……会わせるくらいしかできないけど……」
彼の方から頭まで下げられてしまったら嫉妬してた俺が馬鹿みたいだ、慌てて頭を上げさせてフォローする。
「俺の知ってる本当の燈矢兄じゃないって分かってても、嬉しかった。俺は、あの子に恥じないヒーローになります。だから、これからも燈矢兄のことよろしくお願いします」
兄を返せとかじゃなくて、そんなふうに頼まれたら、自分の小ささが露呈して胸が痛くなった。
「また、会いに来てよ」
「はい、ぜひ」
笑って去っていた焦凍くんの後ろ姿を見送ってから、足早に燈矢のところへ帰る。
本当は、家族のところへ帰してやった方が燈矢の為なんじゃないか、と考えるのをやめていた話題が脳裏に浮かぶ。その思考を振り切るように玄関を開ければ、パタパタとかけてきた燈矢が笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり! 本物のショートすごかったね!」
「……うん」
ぎこちなく笑って、そんな顔が見られないように燈矢を抱きしめる。すると、燈矢はすぐに抱きしめ返して、頭を撫でてくれた。
「啓悟もぎゅってしたかった?」
柔らかな手に撫でられていると、モヤモヤした感情や、嫌な自分が少しずつほぐれていく。セラピーと言ってもいいようなそれに縋っていると、なんとなく燈矢の体温がいつもより暖かい気がして身体を離す。
こちらを見上げてくる燈矢の頬は焦凍くんと会った時の興奮と変わらず赤いままで、試しに額に手を当てると明らかに熱かった。
「えっ、燈矢熱ある!?」
「熱?」
慌てて取り出した体温計で計ったら、見事に普段の体温より2度以上も高く、急いで燈矢を寝かしつける。
子供は興奮しすぎると熱が出るということを初めて知ったのだった。
おわり