燈矢が死んでからずっと幻覚と幻聴が止まないお父さんの話『お父さん!』
また幻聴だ。
息子の式を終えてから、ずっと幻聴と幻覚が止まない。
「燈矢……」
『お父さん、疲れてるの?』
遺影の前で項垂れていると、いつも気遣いとともに伸びてくる小さな手。
幻覚の燈矢の姿が幼いのは、俺がしっかりとこの子を見ていたのは、この頃しか無かったからだろう。
一生懸命な子だった、努力を嫌わない、強い子だった。
そんな子から希望を取り上げて、放り出したのは他でもない自分だというのに、この結末をずっと嘆いている自分がいる。
『お父さん、なんで泣いてるの?』
「燈矢……すまない、すまなかった、辛かっただろう。」
燈矢はその身が炭になるまで、個性の使用をやめなかった。骨まで炭になった亡骸は、酷く軽くて、人であったと言われても信じられないくらいに、真っ黒に焼け焦げた何かだった。
本当に、その生命を燃やし尽くすまで、燈矢は止まらなかった。
『俺つらくないよ、お父さんの方がつらそうだよ。』
「俺の辛さなど……」
燈矢の辛さには遠く及ばないだろう。
もう、幻覚でも幻聴でも良い、幼く小さな身体に手を伸ばして抱き寄せようとした手は空を掻いた。
『お父さんかわいそう。誰がお父さんをいじめたの? 俺が倒してきてあげる。』
「っ、」
涙が止まらない、次から次にあふれる涙が、幻覚をかき消す。
何度あの子の事を、荼毘と呼んだだろう。
本当に酷い名だ、そんな名前で、俺は何度燈矢の事を呼んだだろう。燈矢だと分かってから、そんな酷い名前で呼べなくなってしまった。呼べるはずがない。
「燈矢、俺は……俺はっ、」
お前が無事でさえいてくれれば、またやり直せると思ってしまった、そう、勘違いしてしまった。
『お父さん、泣かないで。』
「燈矢……! 燈矢……!」
お前が何もかもを終わらせるつもりだったなんて、知らなかったんだ。
奴らが燈矢に何をしたのか聞いた、そして、どうして生きていたのに戻ってこなかったのかを焦凍から聞いた。全ては俺のせいであると突きつけられた、贖罪など、もはや遅すぎたのだと。それでも、俺はお前に、生きていてほしかった。沢山の人の未来を奪ったとしても、俺は、燈矢に生きていてほしかった。そして、共に罪を償いたかった。
『お父さん俺ここにいるよ、大丈夫だよ、泣かないで、ねぇ……』
「っ、ふ、ぐぅ……」
燈矢の幻覚と幻聴で自分を慰めているだなんて、情けなくて仕様もないが、燈矢の姿形をしたものを蔑ろになどできず、縋るように片手で空を掻く。
「いつまで、お前はここに居てくれるんだ……」
どうか、幻覚でもいいから、どこにも行かないでくれ。
もう、どこにも。
『俺はお父さんが、俺を忘れるまでここに居るよ。』
「は、はは……そうか、ずっと、居てくれるのか……。」
忘れたことなどない、忘れたことなど無かった。俺自身の炎を見るたびに、焦凍の炎を見るたびに、いつだって、お前を思い出していた。
これからも、俺は炎を見るたびに鮮明にあの頃のお前を思い出すだろう。まさに、今目の前にいる幻覚と同じ燈矢を。
『もう、俺の事、忘れないでね。目をそらさないで、ずっと、見てて。』
「ああ、もう、見ないなどとは、言わない。ずっと見ているから、俺のそばにいてくれ燈矢。」
共に地獄に落ちてやれなくてすまない。
だが、必ず迎えに行くからどうかもう少しだけ待っていてほしい。燈矢の罪は俺の罪、落ちるのであれば、共に。
『俺、いい子で待ってるよ、お父さん。』
幻覚の燈矢が、記憶の中の懐かしい笑顔で笑った。