荼毘燈矢の告発映像を見た夏くんの話 教室がにわかにざわつき始め、最初は真面目に授業聞けよ、と思っていたが、ヒソヒソと聞こえる超大型ヴィランだとか、避難指示だとか、大被害とか言う単語に、ついスマホからネットニュースを開いた。
そんなに不味い状況なのか、焦凍は無事なのか、母さんや姉ちゃんのいる所は問題ないか、アイツは、またやられてしまったりしないだろうかと不安なままニュースを苦い顔で見つめていると、不意に画面が切り替わった。
俯いたままソファに座る黒髪に継ぎ接ぎだらけの不気味な男、見覚えがある、あの時、九州で脳無が出たときにアイツの前に立ち塞がったヴィラン連合の奴だ。
ゆっくりと顔を上げたそいつは、静かに言葉を発した。
『僕は……轟燈矢。No.1ヒーロー、エンデヴァーの息子です。』
忘れるはずも無い、その名前。
その名前が誰の事なのか、認識した瞬間、ゾワリと鳥肌がたって、バクバクと心臓がうるさく脈打つ。
嘘だ、こいつは嘘を言っている。
キーンと耳鳴りがして、嫌な予感と馬鹿馬鹿しい主張に頭が痛くなった。
『エンデヴァーはかつて、力に焦がれていました……』
ありえない、だって燈矢兄はもう死んでいる。
アイツが見なかったから、逃げたから、追い詰められてたった一人で山で燃えて死んだはず。こんなのは許されない嘘だ。
『より強い個性を持った子を作るため……』
そもそも、燈矢兄はこんな顔じゃない、髪だって白かった、声だって、全然違う。唯一似ているのなんか、その目の色くらいで、そうだ、コイツは嘘を言っている。こんなの燈矢兄じゃない。
『僕は父の利己的な夢のために作られた』
お前は燈矢兄じゃない、だから、頼むよ、黙ってくれ。
燈矢兄とは全然違う顔と声で、燈矢兄と同じような事を言わないでくれ!
『しかし、どうやら僕は失敗作だったようで、程なくして見限られ、捨てられ、忘れられました』
ひゅっ、と息が詰まった。
その言葉で漠然と理解してしまった、コイツは、この人は、燈矢兄だと。何もかも違うけど、その中身は燈矢兄本人なのだと。
他人が知る由もない、燈矢兄の嘆き、悲しみ、苦しみ。毎晩聞かされていた、毎晩、泣いていた。今となっては、おそらく俺しか知らない哀れな幼子の言葉。
血の気が引いて、目の前が揺らぐ。
嘘だと思いたかった。でも、嘘ではないと他ならぬ俺自身、理解してしまった。
なんでだよ、燈矢兄。生きてたなら、帰ってきてよ。なんでそんなところで、そんなことしてんだよ。どうして、帰ってきてくれなかったの。俺、ずっと悔やんでた、あの時もっとちゃんと燈矢兄の話を聞いていれば、寄り添っていれば、あんな結末にはならなかったんじゃないかって。
ずっと思ってたよ。
でも、それじゃあ、俺じゃ、駄目だったんだろうな。駄目だったから、燈矢兄は今そこに居るんだろう。あぁ、嫌だ、見ないふりをしていたものが、突きつけられる。もしもに思いを馳せて、今は亡き燈矢兄のいる世界を夢想した事は、一度や二度ではない。その世界では、俺が燈矢兄を引き留めていて、燈矢兄は俺の話を聞いてくれていた。
でも、そんな生者の傲慢な夢に、現実が追いついてしまった。
燈矢兄は、俺じゃ止まらない、止まれなかったんだ。
今も昔も、あの人の見ている先には、親父しかいない。
荷物を乱雑にバックに詰めて駆け出す。姉ちゃんと、お母さんに会わなきゃ。
俺が燈矢兄を止めるんじゃなくて、俺が、親父をぶん殴って無理矢理にでも燈矢兄と向かい合わせていたら、もっと、違う結末だったのかな。俺じゃだめなら、親父をどうにかするしかなかったのに、俺は、俺自身があの日死んだ燈矢兄を救いたいと思ってしまった。酷い妄想だ。俺には、なんの力もないのに。燈矢兄を止められる言葉も持たないくせに。
だけど、今からでも、親父を燈矢兄に向き合わせたら、何か変わるかな。何も変わらなくても、燈矢兄の何かは救えるかな。それなら、俺はいくらでもアイツを支える。心底嫌だけど、ずっとずっと許せないけど、それが俺にできることなら、いくらでもしよう。
だから、もう一回、少しでいいから、話をさせて。
燈矢兄が望んでなくても、俺は話をしたいんだ。