転生後聖職者になった燈と警察のホの話 物心ついた頃には、清貧な生活が当たり前だった。
捨て子、みなしご、生まれてすぐに教会の前に捨てられていた、戸籍すら分からない赤ん坊、それが俺、燈矢だった。
聖書曰く、果実を食べるように仕向けた狡猾な蛇は神に呪われた。
そして、蛇のように狡猾に、生みの親を地に叩き落とした俺もまた、神に呪われた。
個性、ヒーロー、轟燈矢としての人生。全てを覚えていた俺は、夫婦仲睦まじく歩き、幼い娘と手を繋ぎ、幼い息子を抱く轟炎司の姿を見て、何もかもに絶望した。
お父さん、お母さん、冬美ちゃん、夏くん、変わらない、何も変わらない家に、俺だけが居ない。長男、燈矢の存在しない轟家。きっと、もうじき焦凍も生まれてくるのだろう。
怒る資格などありはしない、この世界で、ただの他人の俺に、個性のない世界で幸福に暮らす血の繋がらない元家族へ、何が言えよう。
その光景を見た時に、理解した。
神は居る。
神は、何もかもを見ている。
神は俺の罪に、裁きを与えた。
犯した罪を人の世で償う事すらせず、己を焼いて全てを焼き尽くして死んだ俺は、償いきれない罪に、罰を与えられた。
この魂が救われることは二度とないのだろう。
人がどれほど良い行いをしようと、どれほど他人を救おうと、神は顧みない。それは人がすべき当然の行いだからだ。当然の行いに褒美などない。
だが、罪は赦さない。神は犯した罪を赦さず、裁きを与える。
罪を犯した魂は二度と救われない。
ここでの教えとは少し違うが、俺は勝手にそう思うようになった。
後々知ったが轟家はどうやら近くに住んでいるようで、時折すれ違ったり公園で見かけたが、その後、焦凍も生まれていたし、変わらず幸せそうであった。お父さんに神は罰を与えなかったのかと思ったこともあったが、轟炎司は人殺しをしたわけではない。どれほどお父さんが子供を追い詰めた事実があろうと、俺がしたことは俺が勝手に壊れて不幸を撒き散らしただけ。その内に秘められた動機など、神にとってはどうでも良いことなのだろう。
お父さんは人を救った、お父さんは、罪を犯さなかった。
神の元で、清貧に、欲を捨てて、ただ従順に暮らす日々。
もう二度と罪は犯さないと誓った、もう、これ以上の罰は耐えられない。今でさえ耐えられないのに、これ以上、なんて。
今更こんな人生ごときでは償いきれない罪だと理解していて、尚も救われたいと願い持つなどと、厚かましいとは思うが、願わずにはいられない。
もう、二度と人として生まれたくは無い、どうか、これが最後の生でありますようにと。
神は全てを見ているから、この心の奥底にしまった浅ましい願いすらも、見抜いているんだろう。
依存先をお父さんから神に乗り換えただけ、そう自分でも思うことがある。でも、もう俺にやりたいことなんてないし、俺の居ない幸福な轟家を壊したいとも、もう、思わない。
欲の薄さを買われて、そのまま孤児院を出たあとも教会で聖職者として生きていけるようになった。教えを受け学び、人に教えを授けられるような立場になった時には、俺はもう立派な大人になっていた。
「神父さん、バイバーイ!」
「気を付けて帰れよ、最近物騒だからな。」
「はーい!」
教会の催しで集まった子供たちに手を振って見送る。キャラキャラと笑う子供の声は、その姿と共に遠くなっていった。ふぅ、と一つ息を吐いて、片付けをしようとしたところで、後ろから声をかけられる。
「あぁ、燈矢くん、ここはいいですから、他に子供たちが残ってないか見てきてもらえますか?」
「……わかりました。」
昔からずっと世話になっている1周り以上は年の離れている神父から、穏やかな声でにこやかにお願いされ、素直に頷く。最近、脚を悪くしてしまってから動き回るのがキツそうになっていた。片付けも見回りも一人でできるから座っていてくれて構わないのだが。
子供好きで穏やかな老人は、俺にこの職を与えてくれた人でもある。もう引退しても良いだろうに、まだまだ子供扱いしてくるおかげで、俺を残していくのが気が引けるといつまでもズルズルと引退を先延ばしにしていた。そんなに不安がられるような要素があるだろうか、といつも思っているが、この人にはいつも、心から信頼できる人を見つけなさい、と穏やかに言われ続けている。ようは、俺が誰とも関わりを持とうとしないのが不安なんだろう。
この先も俺は変わらないだろうから、どうか気にしないでさっさと隠居してくれて構わないのだが。
そんなくだらない事を考えながら、教会の中だけではなく、外も見て回っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「あのー、すみません、ちょっとお話聞きたいんですけど、時間いいですか?」
何か用だろうか、見回りが終わったら閉めようと思っていたが、流石に門前払いする訳にはいかない、と振り返って見た先に居た男に、思わず目を見開いた。
「えっと、ここの神父さんですよね?」
「あ、あぁ、そうです。」
随分と見覚えのある顔だ。その背に羽こそないが、正真正銘、前世でのNo.2ヒーロー、ホークスだった。
「実は、俺こういう人間なんですけど……」
ろくな反応も出来ないうちにホークスが取り出したのは警察手帳で、少し身体が固まる。今はそんな捕まることやってねぇぞ。
「ここらへんで、ちょっと行方のわからなくなってる方がいて……この人見たことありません?」
どうやら俺をどうこうという訳ではないらしい。ついでにコイツ、俺を荼毘だと認識してないようだ。顔が違いすぎるからか、あるいは、何も覚えていないか。後者の方が有り得そうだが、風のうわさで轟炎司は刑事だと聞いたことがあり、コイツも警察関係者、俺には全部覚えててお父さんのストーカーしてるとしか思えない。
気に食わないなと思いながら、ホークスに見せつけられた写真をチラリとみて、すぐにピンときた。
職業柄、ある程度人の顔とそいつの話した内容をきちんと覚えないとやってられないので、持ち前の執念で興味のない人間の顔を覚えられるように訓練した結果、割と人を覚えるのは得意になった。
「……見覚えあります。」
「えっ!! ほ、本当に!? どこで!」
目を見開いて詰め寄ってきたホークスの様子に、そわりと心の内側が浮足立つ。俺だとも知らずに、随分と無防備だな。
あぁ、いけない、こんな気持ちは久し振りだ。でもまぁ、コイツだって清廉潔白な人間ではなかったんだ、少し八つ当たりくらいいいだろう。別に殺すわけじゃないし。
「……その前に、お前本当に警察か?」
「えっ、い、いやほら警察手帳……」
「近頃はよく似たもので警察を騙る奴もいるんだろ? お前がそうじゃないって確信できない、偽物か本物かなんて俺には区別つかないしな。」
信じられない、と目を細めてホークスを訝しげに見つめてやれば、ワタワタと慌て始めた。
「こ、これが信用できないって言われたらもうどうしょうもないんだけど……!?」
「そうか、じゃあ、仕事が終わってからあとで自分の足で警察に行くことにしよう。」
「ちょっ、あぁもう! パトカー持ってくればいい!? それか、ここで署に電話して俺の名前聞いてくれるかな!? 在籍中って言うから!!!」
「ふはっ!」
あんまりにも必死な姿に、堪え切れず吹き出してしまった。
吹き出してしまってから、流れるような動作であくまで冷静に口を抑えて表情を取り繕うと、目の前の男はぽかんと目を見開いてから、ぐしゃりと顔を歪める。
「……揶揄った?」
「さぁな、まぁいい、そんだけ言うってことはそれだけ証拠もあるんだろう、信じてやるよ。」
「俺、こんなに性格良い人初めて見ましたわ〜!」
青筋を立てたホークスに、溜飲が下がったので、剥がれた仮面をかぶり直して、わざわざ敬語で仕切り直す。
「そりゃ光栄ですね。んで、その女だが一昨日の21時頃にこの先にある公園で、黒いバンに乗ってるのを見ましたよ。」
あの日はたしか、身体が熱くてジッとしていられなかったから、夜にフラリと散歩をしていた。
たびたび、もう個性はないはずなのに、時折凄まじく熱く感じる事がある。熱はなく、身体も普通なのに、身体の奥が熱くて熱くてたまらない。だから、夏場は水を浴びて、冬場は外に出ることで熱を冷ますようにしていた。
その一環で外に出たら、夜の公園で黒いバンに乗り込む写真の女を見かけた、というわけだ。
「その時の状況って……?」
「少なくとも、通報しようと思う状況じゃない。自分から乗り込んでいきました。」
「ん……なるほど……」
手帳にメモを取り始めたホークスの頬に、首の方へ伸びる火傷の痕が見えてハッとする。そういえば、あの記者会見でこんな傷があったのを覚えている。お父さんのついでに見ただけだから、さほど強く記憶には残っていなかったけど、多分、俺が焼いた痕だろう。
俺が残した傷痕が生まれ変わっても残るなんてご愁傷さま。
ふと気がついたら、その傷痕に手を伸ばして、指先で火傷の痕を撫でていた。
驚いた顔をして、抵抗もしないホークスを見て、ハッとする。はじめましての他人にする行為ではないと気がついて、ぱっと手を離した。
「……すみません、痛そうだと思って、つい。」
「ぁ、いや、えーと、大丈夫です、もう痛くないんで。痕だけ立派に残っちゃって、背中からここまで大っきいのが。まぁ、気になりますよね。」
「へぇ……、俺は燃えなかったのに。」
お前は燃えたのか。それが神が人殺しのお前に与えた罰なのか。
そう思ってから、自分の失言に気がついた。同時に、ホークスがハッと息を呑んだ音がして、コイツもかと理解する。
「ま、さか、荼毘……?」
「お前も覚えてるとはな。あぁ、もしかして、それも罰なのか。」
驚きのあまり、パクパクと金魚みたいに空気を食み始めたホークスの見たことのないアホ面に、笑ってしまわないよう口を手で覆う。たっぷり1分ほど沈黙した後、ホークスは間抜けな顔で間抜けなことをほざいた。
「お……お前、その格好すごい似合うね?」
「言うに事欠いてそれか? ……まぁ、良いけど。」
何を言うかと期待していたら、脱力するような言葉に、自然と力が入っていた肩がガクリと落ちる。そして、ホークスの言葉に思わず目を下に向けて改めて自分の姿を見直した。
ひと目で聖職者とわかる一般的なカソックと、ロザリオを首にかけた自身の姿は、どうやら、それなりに似合っているらしい。今は燃えなかった燈矢のまま成長した姿だから、違和感はないようだ。
キリいいとこまでかけたら支部にアップ予定です!!