モブ視点桐生一馬という人間は、気を許した者の前ではかなり気の抜けたところを見せる人間だった。
年上である真島や冴島の前ではもちろん、年下である大吾や峯の前でも構わず、緩んだ空気を纏う。「坊の世話しとったんや、もう家族みたいなモンなんやろ」と真島が言っていたのを思い出す。
自分に対してはもちろんそんな姿は見せようとしなかったが、それを続けるにはあまりにも同じ空間にいることが多かった。
桐生が自分に対しても緩んだ姿を見せるには、幾月もかからなかった。
「真島さんは嫉妬とかされないんですか」
「嫉妬ォ?」
隻眼が瞬き不思議そうにこちらを見る。
二人の関係を知ってから時折思うのだ。例えば自分の付き合っている相手が他の人間と距離が近かったら、嫌じゃないのだろうかと。
桐生は身内に対してのパーソナルスペースが極端に狭くなる。近くに真島がいてもいなくても、遠慮というものがない。
「ウーン…」
真島は悩んでいるというよりも、どう言葉にしようか探している様子で宙を見る。
「まぁせんことはないけど、それよりも俺は嬉しいのが勝っとるかなぁ」
「嬉しい…?」
予想外の返事に今度はこちらが目を瞬かせた。
「ウン、ホラ桐生ちゃんて何でもしょい込んで1人でどうにかしようとするやろ。そんな人間が、ああやって周りに甘えられるようになったんやと思ったら、嬉しいやろ」
あまりにも真島らしくない、言うならば理想的な回答に思わず二度見する。その驚愕の視線に気付いているだろうに、真島は素知らぬ顔で煙を吐いていた。
桐生と付き合って、真島の道徳心も成長したのだろうか。
まさか他人の幸せをこうも喜べる人間だとは思わなかった。
立派な倫理観になって…とその横顔を見ながら親のような感動を噛みしめていると、
ス…っと視線だけがこちらへ向けられた。
蛇のような、温度のない目。
――あ、絶対嘘だ。
数秒前の暖かい気持ちは、その視線ひとつで粉々に打ち砕かれた。
「……そういう台詞が映画にあったんですか」
「いんや、本に書いてあった」
「一瞬倫理観が芽生えたのかと思ってしまいましたよ」
「俺の演技力、中々のモンやろ」
「で、本音は?」
「腹ン中にどす黒い蛇が渦巻いとる気分や」
「駄目そうですね」