過剰飲酒とキス魔「にいさん……ん、んっ」
「…っ!?…っふ、まっ……き、りゅちゃっ!?」
「んぅっん、…っはぁ……んっ」
ぬる、と熱い舌が真島の口内に入り込み、逃げる舌を絡めとられる。
咄嗟に肩を掴んで引き剥がす前に片方の手首を掴まれ、もう片方の手でガッチリと後頭部を固定されて壁際に追い込まれる。
膝の上に乗られたせいで身動きが取れない。
首を振って逃れることもままならず、息継ぎの合間に慌てて制止の声を上げる。
「きりゅ…っんぅ、っは、ちょぉ、まっ…」
「ん、にいさん…っはぁ、かわいい…」
ガチガチに固まった真島を宥めるようにちゅ、ちゅ、とかわいらしい音を立てながら唇を啄んだ桐生は、真島の声を聞くことなくまたすぐに舌を差し込んできた。
くすぐるようにうなじを撫でられ、掴まれた手首の血管をすり…と撫でられ、その間にも絶えず舌を絡め吸われて上顎を擦られる。
「んんんぅっ、ま、やっんむ……っ」
とても巧みなキスだった。
真島は四つ下の弟分から熱烈なキスをされながら、以前この男が舌でサクランボの茎を結んでいたのを思い出した。パフェのてっぺんを飾っていたサクランボの茎はあっという間に綺麗に結ばれ、ぺっとペーパーナプキンの上に出されていた。
あの時は特に何も思わなかった。
だってまさか、こんなことになるとは――
「ふっ…んッ…ふぁッ、っや、め」
「はっぁ、ふぅ、んん……ッんっ」
優しくも逃れられない拘束も、ひたすら快感を引きずり出されるようなキスも、桐生のつけているホワイトムスクの香水も、隠されることなく響く甘い声も。
何もかも、真島の理性を丁寧に引き剥がしていくものだった。
唯一自由な右手で桐生のスーツを掴むが、うまくいかない。
頭がぼーっとしてきて、気付けば桐生に誘導されるままに頭を傾けキスを受け入れていた。諦めて自ら舌を擦り合わせれば、桐生の鼻にかかった甘ったるい声が大きくなる。
「ん、う、んんっはぁ、ぁ」
「っふ……ん、き、りゅちゃ…っ」
桐生の服を掴んでいた手を背中を撫でる動きに変え、キュッと締まった腰へと下ろしていく。抱き寄せるように腕を回し、身体を密着させる。腹筋に桐生の硬く兆したモノの感触を感じた。
真島は掴まれていた片手を振りほどき、自分の上に跨った太腿の内側を撫でた。びくびくと震える内腿と無意識に揺らめく腰の動きに、とっくに痛いほど張り詰めていた真島のモノが更に刺激される。
防戦一方だった舌の動きを変え、自ら桐生の舌を追いかける。
飲み込めなかった唾液が口の端から垂れた。
「んんぅっ、ンッ、はぁっ、ん」
「はっ、なぁ、抱きたい、きりゅうちゃん…っ」
「ん、にいさん…んぅっきもちぃ…」
いやらしく尻を撫でて唇を合わせながら囁いた言葉に桐生は頬を赤らめ、真島はその男の劣情を煽る表情に、心臓が破裂しそうなほどドキドキした。
もうここが居酒屋の個室だとか、このあと大吾が遅れてやって来るとか、そんなことは頭から抜け落ちていた。
――このとびっきりいやらしい男を抱きたい。
それだけが脳内を占めていた。
抱きたい、なぁおねがい、すき、かわええ、と甘えた声を出しながら唇を舐めれば、桐生はとびっきり綺麗に微笑んで……そっと目を閉じた。
「もっとキモチイことしたるから…な、きりゅ…………え?」
熱っぽく桐生に囁いていた真島は、ほっぺを赤くしながら規則正しい呼吸を繰り返す桐生に固まり、二度見した。
「…………えっ?」
お手本のような、見事な二度見だった。
◇
個室の雰囲気はお通夜のようだった。
掘りごたつに落ちないように座布団で作られた防波堤の向こう側で安らかに眠る桐生。
ゲンドウポーズで地の底まで沈む真島。
その正面で静かに酒を飲む大吾。
「すー……すー……」
「……」
「……」
大吾が到着した頃には桐生と真島は既にこの状態で、大吾は「桐生さんがいるから来たのになぁ」と思いながらも席についた。
そしてなぜか瀕死になっている真島がぽつぽつと、彼の妄想の産物としか思えない「桐生ちゃんにべろちゅーされた」という話を始め、大吾はすぐに一番記憶を飛ばすことのできる日本酒を頼んだのだった。
真島の話を纏めると、二人はどうやらこの店に来る前に、軽くバーに寄ってきたらしい。そこはカクテルが豊富で、これはどんな味だ?これは?と興味津々な桐生が可愛くてたまらなかった真島は、ひとつひとつ丁寧に説明して片っ端からご馳走した。
そうして慣れない酒で密かにアルコール許容量の超えた桐生は、この店で最初のビールを半分ほど飲んだところで、死体安置所でかかる年間光熱費の話をしていた真島の顎を掬って濃厚なべろちゅーをした。
……とのことだった。
そして語り終えた真島は「懺悔は終わった」とばかりに黙り込み、それっきり重い沈黙が部屋を満たしているのだった。
「俺は、用意すべきやろか」
「…えっ?すみません、何をですか」
身近な人間二人の、それも片方は幼い頃から憧れている男のそんな話を聞いたせいで半ば放心していた大吾は、沈黙を破った真島の声に意識を戻した。
真島は覚悟の決まった男の顔をしていた。
幹部会でも中々見ることのできない真面目な顔に、思わず姿勢を正す。
「エンゲージリング」
「えっ……?」
「やから、エンゲージリング。桐生ちゃんに」
「……」
大吾は徳利から胃に、直接酒を流し込んだ。
正気で聞ける話ではなかった。
「肝臓いわすで」
「なんでそんな結論になったんですか」
気遣う素振りがこれっぽっちもない真島の言葉に被せるように尋ねる。
大吾の持ち得ている情報は、桐生が酔い潰れる直前にキス魔になるということだけだった。そして桐生に流された真島が押し倒そうとしたところまで。
それがなぜ、一生一緒エンゲージリングの話になるのか。
「俺は……桐生ちゃんが、あんなえっちな子ぉやとは知らんかった…」
「…はい」
「ずっと俺が片想いしてんのはお前も知っとるやろ」
「え……?あ、ええ、まぁ」
まったく知らなかったが、とりあえず頷く。
ドスを片手に街中追い掛け回すのが求愛行為だったのだとしたら、やはり真島のことは一生理解できそうになかった。
「やから、俺はずぅっと我慢してたんや。なのに今日は桐生ちゃんからキスしてきて……でも桐生ちゃんは酔っ払っとるやろ。俺以外でも桐生ちゃんはこうしたんやろか…」
「……ええと、まぁ、そうなんじゃないですか」
「なんでそんなこと言うん…」
「……」
大吾は、帰りたいなぁ…と思った。
そんな大吾をよそに、真島の苦悩に満ちた暗い声が続く。
「俺はもうどうすればいいかわからん。桐生ちゃんは覚えとるんやろか。それともぜんぶ忘れて、今日のこともなかったことになるんやろか」
「…どうなんでしょうね」
「極道のラマヌジャンと名高い俺でも、この問題はどうにもならん…」
「その評価は幻聴ですよ」
無駄に高い自己評価を下しながら頭を抱える真島を前に、大吾はふと思いついた。もし真島が桐生の気持ちを確認したいのなら、場所の用意が出来る。
正常な思考回路なら口が裂けても声に出さなかった思い付きだが、大吾は急性アルコール中毒一歩手前で思考が正常ではなかった。
「東城会の忘年会に呼んでみればいいんじゃないですか。手ごろな男もたくさん来ますし」
そう、正常ではなかった。
大吾は酒で、真島は精神的ショックで、きちんと物事を考える力を失っていた。
「ええやん」
真島はギャルのように頷いた。最大の悩みが解決する予感に口角を上げて、放置していたビールを一気に煽り、ドン、とグラスを置く。
そして真島は今日の己の失態と来たる忘年会への覚悟を込めて、厳かな声で言った。これは不意打ちとはいえ桐生のキスに翻弄された自分への宣誓でもあった。
「明日の俺は、今日の俺よりも俺らしく生きようと思う」
大吾はキャンメイク東京みたいなことをのたまう真島を無言で見つめ、ズズ…と徳利から酒を啜った。
早くも頭の片隅で、頭痛の種が芽吹いていた。
調子が良ければ(あるいはすこぶる悪ければ)、東城会ワクワク忘年会~キス魔vs極道の男たち~編を書きます。