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    hitotose_961

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    hitotose_961

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    尻切れ蜻蛉です

    蓮池本丸 この本丸の宿舎の南側一帯全部には、蓮池が広がっている。
    初めはそんなもの無かったらしい。気がついたら、南の方にあった筈の建物全部が中身丸々西の端の方に引っ越していて、南の濡れ縁の土台のところから先が一帯蓮池になっていた、らしい。
    別に大きな音がしたわけでもなし、強いて言うなら前日は珍しく日付が変わる前に本丸中の皆が床についていたことがわかったが、残念ながらこれは原因の迷宮入りを指していた。本丸のシステムにも特に異常はない。蓮池ができてから1年は何かと政府の人間が出入りしていたが、最近ではそれもなくなった。
    本丸の南の蓮池では年中花が咲いている。花弁の縁が紅色に染まった白い蓮の花々が一面パッと並んで、緑色は殆ど見当たらない。ひとつ掬ってみると周りの花々がその空間を埋めるように寄せてきて、矢張り一面花になる。生き物のように動いていると言うよりも、もとよりぎゅうぎゅう詰めだったものから花を摂るから、花々が自分の居場所を獲得しようと流れているだけなように感じる。
    蓮池は見渡す限り一面ずっと花が咲いているが、その一部でも緑に埋まったのを見たものはいないし、枯れている花を見かけたこともない。どうやら蕾から満開になるまでがこの蓮池の花々の寿命らしい。政府の人間が1年程出入りしてわかったことはこのくらいだった。悪さはしないので、主は本丸をこのままにすることにした。過去に飛ぶための扉である朱塗りの鳥居が、一面の花々の中心にぽつんと残ってしまったのだけが少々不便であった。

    山姥切国広は南の蓮池を小舟で渡っていた。
    船尾に取り付けられた櫓を漕ぐと、小舟の先端が花々を左右に別わけて通り過ぎたところからまた寄せる。小舟ほどの大きさになると寄せるのにも時間がかかるから、通ったところは道のように黒い水面が見えていた。こうやって櫓を漕ぐのはこの本丸の男士達にとってすっかり手慣れてしまった作業だ。国広の漕ぐ小舟は、泳ぐように朱塗りの鳥居へと向かっていた。足跡のように細く続く黒い水面には冬の星々がチラチラ映っている。それで、その黒く続く道とこの小舟とによく似たものが、居間で流れていたドキュメンタリー番組に出てきたのを思い出した。密着、南極観測船、ペンギンを守れ、云々。ペンギンは可愛かった。南極については、よくわからなかった。小難しい内容だったからか、短刀達よりもじじい連中がこぞって見ていたように思う。国広が特別興味を持ったのはその船だけだったので、後のことは忘れてしまった。
    そうやってぐるぐる他所ごとを考えながら小舟漕いでいると、段々朱塗りの鳥居が近づいてくる。その真横にある木造の物見櫓に灯りがあるのを確認して国広は小さく息をついた。
    「おい」
    国広がぶっきらぼうに上へ呼びかけると物見櫓から金髪頭が一つ、ひょっこり現れる。
    「交代だ。喜べ、今日の晩飯はハンバーグだった」
    「あ、マジで?聞いたか鯰尾!ハンバーグだってよ!」
    「やったぁ!俺たちラッキーですね、獅子王さん」
    国広の喜ばしい報告を聞いてパッと笑った獅子王が頭を引っ込めて相方の刀に弾んだ声で報告した。物見櫓の奥の方にいたもう一人も嬉しそうに声を弾ませている。それらに少し笑みをこぼして、国広はもう一度櫓に手をかけた。
    物見櫓の下の乗ってきたものと他にあるもう一つの小舟は、桟橋の周りに打ち込んだ杭に縄で括り付けられている。国広はその隣に舟を寄せると、縄を持って桟橋に飛び乗り、同じようにくくりつけた。大きく舟が揺れたので花々がチャプチャプ揺れて波打って、それが波紋のように広がって、そこら一面はまるで大地が揺れたみたいになった。
    物見台は鳥居よりも少し高い位置にある。過去に飛ぶための扉として作用している鳥居と本丸御殿に異常がないか見張るためである。
    見張り番の夕餉は厨番が別に調理してくれるから、いつもより暖かくて美味しいと評判だ。先ほど食べたデミグラスソースの味を思い出しながら国広は腹をさすった。心なしかもう腹が空いてしまったように感じる。デミグラスと男の拳ほどの肉の塊、それから随分と奮発したらしいナントカとか言うチーズは癖がなくて大変美味しかった。あれを特別に調理してもらえるのはとても幸せだろう。
    てっぺんへ通じる階段を登りきると、戦闘着の獅子王と鯰尾がめいめい体を伸ばす動作をしていた。開けた中心にはストーブがあるが、皆かすかな音も取りこぼしたくないからか、あまり付けたがらない。今日も古っぽい石油ストーブは役目を与えられずに、隅っこの方で煤けていた。
    「あれ?もう一人はどうされたんです?」
    いち早く国広を視界に入れた鯰尾があざとく首を傾げて尋ねる。獅子王は気軽な様子で国広に近づいて肩を組み、無理やり座らせてきた。太刀と打刀の力の差に抵抗する気にならなかった国広は黙って冷たい床板に座りこんだ。物見櫓は吹きっ晒しであまり綺麗ではないから慌ててついた手が砂っぽい。
    「少し遅れるらしい」
    「えぇ〜じゃあ俺たち帰れないじゃないですか!ハンバーグ!」
    「まあまあ、待った方が美味いって言うし」
    「もう充分ですよぉ」
    鯰尾がわざとらしく口を尖らせて文句を言うと、今日の国広の相方を知っている獅子王は彼を宥めて苦笑いをした。国広が居た堪れないのだか有難いのだがわからないでいると、鯰尾は何かを察したようでわざとらしいため息と呆れ顔をした。
    「まぁたやってるんですか?まぁだやってるんですか?」
    「そう簡単な問題じゃねぇって。俺もじっちゃんの事だったらって思うとさ」
    「そう言うのって甘やかしじゃありません?長義だってガキじゃないんですからね」
    「それは充分わかっているんだ」
    「あなたが一番どうたか知れないと思うんですよね、俺は」
    「国広も、ま、難しいよな。お互いあんま話は得意じゃなさそうだし」
    「それも、充分わかっているんだ」
    本丸の南側は一面が蓮池になってしまったが、いつだって風はなく穏やかだった。国広がつれないことを言うから二振はすっかり黙ってしまった。じいと見つめてくる紫と金の瞳が心の臓に刺さるようで痛い。国広は気まずさに唇を舐めて、口をもごもごさせながら瞳を右往左往させた。
    やがて獅子王の方が諦めてストーブをつけに行った。
    「なあ国広、マッチあるか?ちょうど切れちまったみたいなんだ」
    物見櫓の中央に置かれた時代遅れの石油ストーブは火種を必要とする。その火種がもう尽きてしまっていたらしかった。国広は船に乗せて持ってきたメッセンジャーバックの中を漁ってマッチ箱を取り出した。
    「あるにはあるが、あまり残ってないようだ」
    軽いマッチ箱を揺らして見せるとからからと音が鳴る。使えるのはあと数本と言ったところだろう。
    「これで良いなら置いていくが」
    「充分よ。さんきゅ!」
    投げて渡してやると獅子王はそれを難なく受け取った。彼はそのうちの一本だけを取り出して赤い頭をしゅっと擦る。持ち上げたストーブの点火部分にマッチの頭が押し付けられると小さく火が灯ったストーブはやがて柔らかな熱を放ち始めた。




    生き物の寝静まった夜に部屋の隅に差し込んだ、一筋の月明かりみたいな人だと思った。山姥切長義、己の本科のことである。
    彼が顕現したのは6月の末。第3回特命調査〈聚楽第〉にて好成績を収めた褒美として政府から譲り受けた刀だった。初めは緊張していた。次に、高揚した。恐れるほどに想った刀がどんな形をしているかに、強い興味があったからである。
    果たして、本科山姥切は冷たい人だった。少なくとも写し国広にとっては疑いようもなくそうだった。彼は国広を偽物と呼ぶ。彼は国広には微笑みを向けない。なにより彼にとって国広は、憎くて憎くて仕方がないようであった。常に国広を避けて生活して、たまに目が合えば敵に向けるような鋭い眼光で睨みつけてくる。もしかしたら国広に向けられた視線は、敵である遡行軍に向けるそれよりも鋭く刺々しいものだったかもしれない。あの刀は立場と感情を分けて振る舞いたがる節がある。まるで自身の有能さを誇示するように。
    「俺はさ、長義のことはよくわからないんだよね」
     見張り番を国広と交代してガスストーブに当たっていた鯰尾が、突然国広に投げかけるように言った。国広は思わず振り返ってしまいそうになるのを抑えて、特に返す言葉が思いつかずに風除けにしていたボロ布を整えるふりをした。獅子王は素知らぬ振りで見張を続けている。普段は明るく振る舞う癖にこういう時ばっかり、彼は他の古い刀と同じやり方をする。
    「あの人について詳しいのは多分南泉くらいだ。俺は正直苦手。真面目で堅物で、普段から何を考えているのかよくわからないし」
    「あんた、古馴染みじゃないのか?」
    「同じ人のところにいたってだけ。そんなもんでしょ?」
     鯰尾がかすかに笑ったのが気配で分かった。古いガスストーブはごうごうと音を立てて国広の背中を温めている。池のすぐ側、空のだいぶ低いところにオリオン座が顔を出していた。
    「俺は仲良くやるのが好き。だから長義とは仲良くできない。あの人は競うのが好きだから」
    「そうだろうか」
    「絶対そうだね。でも長義は賢いから、仲良くやる必要も知ってる」
     ずいぶんな評価だな、と思った。写しの国広とてあの刀の素晴らしさは理解しているつもりだけれど、鯰尾ほど好意的に彼を見ることはできないし、鯰尾ほど達観的になることもできない。国広にとっての長義は傲慢で、自信家で、何かにつけて一々線引きをしたがるような、そんな刀だ。
    「俺はさ、長義と山姥切が仲良くできなくても良いと思ってるよ」
    「意外だ」
    「そうかな」
     鯰尾の声色は本当のことを言ってる時の渇いた雰囲気を纏っていたので、国広はこれが本心なのだと思った。仲良くしなくても良い。本当にそうだろうか。本科と写しと言う関係を除いて考えても、あんまり良くないような気がする。
    「あ、やっと長義が来ましたよ」
     鯰尾が指差した先で小舟が一艘、花をかき分けてこちらに向かってきていた。先端にランプを乗せているから櫓を漕いでいる人影や花々がオレンジの光に照らされて、そこらだけがぼんやりオレンジ色に浮かび上がっているので少々不気味に見える。
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    hitotose_961

    CAN’T MAKE監査官さんと初めての冬の話。
    冬を知らない監査官さんうちの元監査官殿は冬を知らないらしい。最近南泉の周りでもちきりの噂である。
    最も、この精々100振りかそこらの刀と、人間が一人と、言葉を話す狐が数匹いるばかりの本丸において、噂というのは尾ひれはひれつく前に事実の確認が済んでしまうから、この話が本当のことだというのもまた誰もが知っていることだ。単刀直入に、南泉の腐れ縁もとい友人もといひっつき虫は冬を知らなかった。実際に何気なく聞いてみたところ『ああ、あれね。寒くて雪が降る季節』くらいの認識だった。『雪って綺麗だよね』とも言っていた。残念ながらこの本丸に降る雪は綺麗どころで済ませられる物量ではない。半分くらいは災害だという風に南泉は思っている。審神者が生まれも育ちも冬になれば人、車、電柱、家ありとあらゆる物が当たり前に埋まるくらいの豪雪地帯で生きてきたから感覚が麻痺しているだけで、決して今年はホワイトクリスマスかも知れないねとか呑気に言えるような気候ではない。就任初年の審神者がまるでトイレットペーパーかあるいはティッシュBOXを買い忘れた時のように『そうだ!除雪機買わなきゃいけないじゃん!』などと言ったから聞いていた初期刀がそんなものかと納得してしまっただけで、気を抜くと冗談でなく死人が出る。一年目を生き抜いた猛者どもに語り継がれる伝説の数々は決して誇張ではない凄みとリアリティがある。そんな本丸である。
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