温もりのそばで*
まだ夜明けも遠い薄暗い部屋で目が覚めた。辺りはしんと静まり返っていて、時計の秒針が規則正しく時を刻む音だけが響いている。
(二度寝…いや、三度寝くらいしちゃおうかな。この際無職ニート生活を満喫してみてもいいかもしれない)
なんて考えながら寝返りを打つと、そのタイミングで起き上がった坂本くんと目が合った。えいっと反動をつけて体を起こして目線を合わせる。
「どうしたの?こんな時間に起きるなんて、お年寄りだね〜」
「俺はお年寄りじゃない」
不満げに眉間に皺が寄る様子を眺めて笑っていたら不意にベッドから下りた坂本くんがそばに寄って来て、何だろうと首を傾げている僕の両肩を掴んでベッドに押し戻そうとしてきた。思わずその腕を掴んで押し返したら、更に負けじと押し返してくるものだから暫く無言の押し合いが続く。
「えっ、なに?さっきからなんなの?」
「寝かしつけてやろうかと」
寝かしつけって、あの寝かしつけ?坂本くんが?僕に?何で?
「……あっははははは!!」
じっくり考えれば考えるほど意味が分からなくて面白くて、笑いが止まらなくなった僕はすっかり体の力が抜けて素直に背中から倒れ込んだ。
「さ、さかもっ…寝かし……ッ…ふっ……あははは!ゲホッ…」
「うるせー!何バカでかい声で笑ってんだ!殺連員に見つかったらどーすんだよ!!」
若干呼吸困難に陥り全身を小刻みに震わせながら蹲っていると、まるで殴り込みかのように勢いよく入って来たシンくんに思いっきり頭を引っぱたかれた。君の方がうるさいし、怪我人に対してひどいと思う。
遅れて宮バァと眠そうな声をしたルーちゃんも来て坂本くんと何か話してるみたいだけど、自分の乱れた呼吸がうるさくて何も耳に入ってこない。でも坂本くんが不機嫌なことだけは何となく感じ取れた。
「はー……やっぱバカだな〜坂本くんは!」
やっと整ってきた呼吸の仕上げとして深く息を吐き出してから体を起こす。
先程様子を見に来た三人の姿は既になく、恐らく寝に戻ったのだろう。わざわざ様子を見に来るなんて律儀だなぁ。ま、確かに殺連員に見つかったら困るし黙らせに来るのは当然か。
「それで?何で寝かしつけようとしたの?」
自分のベッドに戻っている坂本くんは未だご機嫌ナナメな様子でこちらを睨んでいる。
「……花が、眠れないと言う時がある」
「ふ〜ん」
「その時と似てる気がしたから、寝かしつけてやろうと思った」
「じゃあ坂本くん一緒に寝ようよ。そしたら寝れるかも〜」
「いやだ」
すごく嫌そうに表情を歪めた坂本くんは、さっさと寝床を整えて背中を向けてしまった。
唯一の話し相手が居なくなって仕方なく仰向けに転がる。勝手に人を寝かしつけようとしておいて、こっちから頼んだら断るんだから勝手だなぁ。坂本くんが断るのは分かりきっていたから何とも思わないけれど。
でも。
『それは俺の役目じゃない』
背中を向けた時に坂本くんが残した言葉が頭から離れない。
(じゃあ、〝それ〟は誰の役目?)
当たり前にそばにあった、あると思っていた温もりは、今ここにはない。
すっかりぐしゃぐしゃになってベッドからずり落ちそうな肌掛けを掴んで肩まで引き上げた僕は、抱き締めた枕に顔を埋めた。
***
エアコンで冷やされたのか、僅かに身を震わせて目を覚ます。寝苦しくて目が覚めることはあっても寒くて目が覚めることなんて滅多になかった。
「アホ…」
一人では十分すぎる広さのベッドで、かつてはそこに存在していた温もりを探すかのように冷えたシーツをひと撫でする。
肌掛けでしっかりと包んだ体を縮こませれば、自然と背後にもう一人横になれる程のスペースが生まれた。