彼は誰時の終わり*
「まぶしい…」
すっぽりと埋まっていた布団から顔を半分覗かせた南雲。思いきり顔を顰めたと思えば呻くような声を絞り出した。
窓の外も部屋の中もまだ薄暗く、眩しいと表現する要素はどこにもない。一足先に目を覚まし、一日の予定を確認していた神々廻は思わず「どこがや」と呆れ声でスマホから隣の膨らみへと視線を移した。
「ちがう…」
「何が」
「ししばは朝だね…」
「…あっそ。ほんなら俺実家帰るわ。あとは好きにせえ」
いつだったか朝が嫌いだと言っていたことを思い出した神々廻は、わざと感情を乗せず言い放ってベッドから立ち上がった。
「いやだ」
咄嗟に伸びてきた手が神々廻の寝巻きの裾を掴む。
「置いてかないで」
いつも振り回してくる南雲への意趣返し。ちょっとした意地悪。そのつもりだったのに。
(…何やねんその顔)
普段の飄々として食えない男の姿はそこにはなく、縋るように揺れる瞳が長い前髪の隙間から覗く。神々廻が暫しの間視線を逸せないままでいると寝巻きの裾を強く引かれベッドに倒れ込んだ。そして南雲が被せた布団により暖かな闇が二人を包み込む。
「お前は夜みたいやな」
闇の中に浮かび上がる赤みを帯びた月を思わせる南雲の瞳が、じっ…と神々廻を見つめている。
「ししばは夜好き?」
「…まぁ、そこそこ」
「僕はね、夜が好き」
どうしてもやってくる朝は憂鬱でも、その先にある夜が楽しみだ。闇に紛れてしまえば誰も自分の存在など気付かず、気付かなければ居ないも同然。誰にも邪魔されず、好きなことをして好きなように過ごす。そんな至福の夜が終わり、朝を迎えるのなら──
南雲は暗闇の中でも迷うことなく神々廻の唇に軽くキスを落とした。そして二人を覆っていた闇を振り払えば煌めく金色が姿を現す。
彼は誰時は既に姿を隠し、街が動き出した気配がする。
「はよ起きろ。たかだか一分の遅れでもうるさく言われんで」
カーテンを勢い良く開けた神々廻の姿は先刻とは比べ物にならないほどに眩しくて、南雲は愛おしそうに目に焼き付ける。
「僕さ、朝も好きになれそうな気がするんだよね」
──僕を迎えてくれる朝が、世界で一番眩しくて綺麗だから。…な〜んて言ったら神々廻はどんな顔するかな?