酒は飲んでも呑まれるな こいつがこんなに酒に弱いなんて思いもしなかった。
目の前でぐらぐらと頭を揺らしている南雲を見て、神々廻は頭を抱えた。
仕事帰りに何となく酒が飲みたくなった神々廻が、宅飲みが気楽でええなと思いながら近場のコンビニで酒やつまみを選んでいると不意にカゴの重量が増した。顔を上げればよく知っている男がニコニコと笑みを浮かべて立っている。
「会計は別やで」
なんで居んねん。なんて言葉はもう言い飽きてしまったし、この男の神出鬼没さにも慣れてしまっていた。
過去にGPSでも仕込んでいるのではと本気で疑った神々廻が服から持ち物全てひっくり返す勢いで確認したことがあったし、今でも時々確認するが、そういった類の物が見つかったことはない。勘だけで居場所を突き止めるのだから恐ろしい男だと思う。
「僕が出すからいいよ」
そう言ってカゴをひったくった南雲は「これも美味しそうだね〜」と期間限定と書かれている缶チューハイやお菓子をいくつか追加してレジへと進んで行った。
そして当然のように神々廻の家に上がり込んだ南雲と深夜の宅飲みが始まり、ぐでんぐでんに酔っ払った南雲が完成した。ぐでんぐでんと言っても飲んだのはアルコール度数3%の缶チューハイで、しかも一本も飲みきっていない。
「弱いのに何で酒買うたん…っておい、寝んなら片付けてからにせぇ」
ローテーブルに突っ伏す南雲が指先だけで持っている缶を抜き取って肩を揺さぶる。。
「〰︎︎〰︎︎」
南雲なりに何か言っているようだが全く聞き取れず、思わず「お前は篁さんか」とツッコミを入れてしまった。
「…?坂本くん、眼鏡やめたの?」
不意に顔を上げた南雲が首を傾げる。顔はほんのり赤く染まり、目も普段の半分ほどしか開いていない。
(俺が坂さんに見えとんのか?これはもう完全に出来上がっとるわ…)
「髪下ろしてるの初めて見たかも〜」
「もうずっとこうやろ」
「あれ?髪染めた?伸びた?」
「染めとらんし、伸びてもない」
「楽しいね〜坂本くん」
「俺は全然やけどな」
その言葉の通り、神々廻は無表情という表現がぴったりの顔で酒を煽った。
「聞いてよ坂本くん!ししばがさぁ〜」
そんな神々廻につられたのか、今まで楽しそうにしていた南雲が突然声を荒げてテーブルを叩く。
(何や、本人目の前にして文句言うつもりなん?聞いたろやないか)
ちょっと面白くなってきた神々廻は一言一句聞き逃さないよう身を乗り出して耳を澄ませる。
「ししばがさ!」
(俺が何やねん。はよ言えや)
「……ぐう」
「いや寝るんかーい」
ほぼ開いていなかった目は、とうとう完全に閉じた。先程より激しく揺すっても体が揺れるだけで、自分の腕を枕にして完全に眠りに落ちてしまったようだ。
せっかく面白くなってきたのに興醒めだ。時計を見れば日付はとうに変わっていて、片付けは明日に回してもう寝てしまおうと寝支度を始める。南雲はそのまま放ったらかしにしてもよかったが良心に負け、お情け程度にブランケットを掛けてやると神々廻もソファに横になった。
「ししば…すきだよ」
ちらりと南雲に視線を向けるも起きた気配はなく、ただの寝言のようだった。神々廻は照明を落とすとブランケットを頭まですっぽりと被る。
ふにゃりと緩みきった南雲の顔が目の奥にまで焼き付いている。そして静かに溶けていった声が耳に、頭に、胸に残って消えない。
──自分だけ呑気に寝よって、ほんま腹立つ。
きっと今夜は眠れそうにない。