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    滝の中

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    滝の中

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    くもさみ

    いのちの匂いがする。
    だだ広い本丸の畑にしゃがみこんで、村雲はそう思った。凍えるような冬を溶かしてこの本丸にも春がやってきた。遠くに望む山々も緑が生い茂り視界が徐々に色彩を持ちはじめている。風はぬるく頬を撫でるし、日差しは徐々に暖かく大地を照らしている。
    村雲にとってこの本丸で迎える初めての春だ。寒さに震える日々よりずっといい。大きく深呼吸するとつちやくさのにおいが鼻腔をくすぐる。むくむくと、新芽が土を割り地表に顔を出す音まで聞こえてくる気がした。
    この季節は何かと忙しいらしい。雑草を抜き畝を作り土壌を整えてから苗の植え付けや種をまいて…等など、説明を受けるだけで混乱するほどとにかくやることが多かった。指示通りの区画を耕し終えたところで立ち上がりひとつ大きく伸びをする。しばらく屈んでいたせいで節々が軋んだ。
    「雲くん、お疲れ様。そろそろ日が高くなってくるしちょっと休もうか」
    「桑くん」
    少し離れたところで同じように作業をしていた桑名が歩いてきた。当番であろうとなかろうと畑にいることが多い彼だが、今日は正式な用命だ。桑名はまだ土があるだけの畑を見渡してひとり満足そうに眺めている。
    「今年もいい畑になりそう」
    「わかるんだ」
    「いい土だもの。いい冬を越せたんだ」
    「冬?」
    「うん。春に向けて、冬の時期からの土づくりが大切なんだ。土壌を綺麗にしたり、乾燥しないように耕したり。きちんと手入れすれば土の中の微生物がゆっくり元気にはたらいて土を強くよくしてくれるよ」
    桑名はしゃがんで足元の土を手に取りじっと観察する。上から覗き込むように見るが、村雲からすると何の変哲もない土だ。
    「何も見えない」
    「うん。目に見えないくらい小さいから」
    「でも生きてるの?冬の間も?」
    桑名は立ち上がり、うん、と頷いて村雲に笑いかけた。厚い前髪に隠された瞳はきっと柔らかくこちらを見つめているのだろうと、そう感じた。
    「ずっとずっと、生きてるよ」
    帰ろうか、といって桑名が歩き始める。その背を追う前にもう一度、畑を見回した。豊かな土壌だ。桑名ほどの知識がなくとも不思議とそう思えた。また大きく息を吸い込み、吐き出した息はさらりと春の風に流されていく。
    「生きてるのかあ」





    自室に戻る途中、縁側で短刀を見かけた。うんうんと何事か悩んでいる様子だった。
    「どうしたの?」
    「あ、村雲さん!こんにちは」
    「こ、こんにちは…」
    秋田藤四郎と五虎退だ。ぱっと顔を上げた2振りにこんにちは、と返して、縁側に腰掛ける2振に並ぶように座る。
    「こんなところに固まってどうしたの?お腹痛い?」
    「いえ、お腹は大丈夫です!」
    「あの、僕たち、さっきまで裏山の方行ってて…」
    これ…と五虎退が手に握られたそれを見せてくれた。
    「桜?」
    「はい」
    小さな手に握られていたのは細い1本の桜の枝だった。枝先にはいくつかの蕾がついていた。薄く色づきふっくらと膨らんできていて、あと数日には咲きそうな様子だ。
    「強い風でも吹いたのでしょうか、これだけ地面に落ちていたんです」
    「…このままじゃ、枯れちゃうんじゃないかって…」
    秋田は眉を下げてじっと枝の先を見つめた。五虎退も肩を落として小さく震える手でぎゅっと枝を握りしめている。
    「皆と一緒に咲くことはできませんか?」
    秋田の空色の瞳がゆれて村雲を見つめた。重く瞬きをひとつして、桜の枝を見る。そして秋田と五虎退を交互に眺めて、安心させるように頭をぽんぽんと撫でた。
    「…きっと大丈夫だよ。水につけてみたら咲くこともあるらしい」
    「本当ですか!」
    秋田はぱあっと表情を明るくさせ、五虎退も水気の含んだ瞳を輝かせた。2対の眼差しを眩しく感じ圧倒されながら、村雲は吃りつつも頷く。
    「うん、たぶん。…あんまり持つかはわからないけど」
    「で、でも…それでも、少しでも…」
    五虎退はほっと表情を和らげて小さく微笑んだ。
    「少しでも、咲いて欲しいです…」
    「僕もそう思います!」
    2振は笑いあう。綻ぶようなそれをみて村雲もほっと息をついた。喜色の交じった小さな笑い声が庭に響く。陽気に負けない長閑な空間に心落ち着けつつ、それじゃあ俺はこれで、と立ち上がろうとした時、秋田が、あ!と声を上げた。何かを思いついたように秋田は五虎退に目配せをして、互いに頷きあう。何事かと見ていると、五虎退は村雲にそっと枝を差し出した。
    「あの、これ…」
    「村雲さんに差し上げます」
    「え?」
    予想外の言葉に驚き、ふたつの顔を交互に見つめた。2振は真っ直ぐな瞳で見つめている。秋田は小さな手で村雲の手をとり、そっと枝を握らせた。
    「きっと喜ばれると思います」
    「きれいに、咲きますように」
    秋田は朗らかに笑った。五虎退は枝を持たせた村雲の手を優しく、祈るように撫でる。村雲はそれに何か言おうとして、口を閉じた。なんと言葉にしようか迷い、何度か口を開いて、そして小さく口元をほころばせた。
    「うん…。ありがとう」
    村雲が枝を握り直し受け取ると、2振りはもう一度安心したように笑った。咲いたら見に行きますね!と言って、すっかり緩んだ空気の縁側を駆けていく。ひとり残された村雲はもう一度手の中を眺めた。
    小さな枝だ。本丸の庭の大木とは比べ物にならないほど、繊細で儚い。簡単に手折られてしまいそうな頼りないそれを指先で少し撫でて、持ち上げて青空に透かした。
    この枝も、願っているだろうか。咲いて散ろうとも、枯れず花開くことを待ち望んでいるだろうか。ぼんやりとした春の空に青さが滲み、瞳を細める。
    綺麗に咲くといい。囁くように、小さく願う。




    村雲の部屋は中庭から少し入り組んだ方にあるが、不思議とここでも桜の花びらが流れて飛んできているようだった。縁側に散らばったそれらが歩く度に楽しげに舞い踊る。
    「ただいま、雨さん」
    障子を開けると、瞬間に風が通り抜けて大きく花びらが舞った。わ、と小さく驚き声が出た。薄紅の花弁は差し込む光を受けてきらきらと煌めいて、それは雪のようにはらはらと舞い、静かに浅紫の髪や陶器のようにすべやかな肌にふわりと降り立つ。
    風が止むと、部屋の中はぴたりと時間が止まったようにシン、とした。最後の1枚がゆっくり落ちるのを見て、足を踏み入れる。横たわる体の傍に膝をつき、手に握った枝を見せた。
    「綺麗に咲いたら…雨さんは喜んでくれるかな」
    掠れるほど小さな独り言は部屋にとけて消え、言葉が返ってくることはなかった。
    瞼の上に落ちた1枚の花弁ごとそっと口付ける。長く頬に影を落とす睫毛が震えて、その瞳が開かれる──そんなことも起きはしなかった。唇を離して硝子細工に触れるように柔らかく、髪を、頬を愛しげに撫でる。
    村雲はこの五月雨の瞳がどのように世界を映し、己を見るのかを知らない。触れるこの手を握り返すことも無い。


    この本丸の五月雨江は顕現したその日から、眠り続けたままだ。







    (政府から打ち直しが命じられ、この五月雨との別れまで数日、村雲は五月雨と話す夢を見る、みたいな流れになる、たぶん)
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    滝の中

    DONEくもさみとモブ土曜日の15時すぎ。ホットのオリジナルブレンド。窓際の斜めに向き合う2人席の片方に座り、読みかけの本を開く。
    中心街の端の方にあるこのカフェはわたしの行きつけになっていた。立地のせいか店内はあまり混んでおらず、洒落たジャズをBGMにゆったりとした時間が流れている。以前たまたま通りがかって試しに入ってみたところ店の雰囲気と挽きたてのコーヒーの味が気に入り、こうして決まった日に来ては本を読んだりぼうっとしたりと好きに過ごして日々のリフレッシュをしていた。

    そんないつも通りのとある日。もはや定位置となった席につきコーヒーを味わっていると、隣のテーブルに一人の男性が座った。足音がとても静かで椅子の引く音で存在に気がついたほどだ。なんとはなしにそちらに目をやる。
    ぐ、と喉が詰まった。一言で、きれいな人だった。楝色の髪が風も吹かない店内でサラリと揺れている。横顔は完璧な稜線を描いていて、手元のカップに視線を落とす切れ長の目元は涼やかだがきつい感じはしない。長い指を取っ手に添えてカフェラテを一口飲むだけでも絵になっていて、映画か何かのワンシーンのように思えた。わたしの意識は完全にその彼に向けら 4160

    滝の中

    DONE世界の端っこのとあるサミ缶それは路地裏のゴミ山の端に転がっていた。
    なぜそんな所で見つけたかと言うと、自分もそのゴミ山のゴミと同じように地面に体を放り出していたからだ。服はもう何日着たかわからないしあちこち擦り切れてボロボロで、髪も髭も伸び放題。とにかく何か腹に入れたくてゴミ山を漁ったが、めぼしいものもなくやがて体に力が入らなくなりそのまま倒れ込んだ。もうここで終わりだろうか。最期までろくでもない人生だったな、と瞳を閉じるとくだらない思い出達が脳裏をかすめて、これが走馬灯かと自嘲気味に笑った。
    その時、コン、と耳に金属音が届いた。
    ネズミだろうかと薄く目を開けると、かすみがかった視界の中に一際存在感を放っている、ひとつの缶詰があった。こんなもの先程まであっただろうか。這いつくばったままにじり寄り、震えている手でそれを掴んだ。缶詰はあちこち錆びていて表示がうまく読み取れない。何かの──シロップ漬け、ということがどうにかしてわかる程度だ。見るからにしてかなりの月日が経っている代物のようだった。だが外側が錆びていても内側は大丈夫かもしれない。今はとにかくその缶詰に天啓のように感じ、少しでもいい、腐っててもいい、口 2490

    滝の中

    MAIKINGくもさみ いのちの匂いがする。
    だだ広い本丸の畑にしゃがみこんで、村雲はそう思った。凍えるような冬を溶かしてこの本丸にも春がやってきた。遠くに望む山々も緑が生い茂り視界が徐々に色彩を持ちはじめている。風はぬるく頬を撫でるし、日差しは徐々に暖かく大地を照らしている。
    村雲にとってこの本丸で迎える初めての春だ。寒さに震える日々よりずっといい。大きく深呼吸するとつちやくさのにおいが鼻腔をくすぐる。むくむくと、新芽が土を割り地表に顔を出す音まで聞こえてくる気がした。
    この季節は何かと忙しいらしい。雑草を抜き畝を作り土壌を整えてから苗の植え付けや種をまいて…等など、説明を受けるだけで混乱するほどとにかくやることが多かった。指示通りの区画を耕し終えたところで立ち上がりひとつ大きく伸びをする。しばらく屈んでいたせいで節々が軋んだ。
    「雲くん、お疲れ様。そろそろ日が高くなってくるしちょっと休もうか」
    「桑くん」
    少し離れたところで同じように作業をしていた桑名が歩いてきた。当番であろうとなかろうと畑にいることが多い彼だが、今日は正式な用命だ。桑名はまだ土があるだけの畑を見渡してひとり満足そうに眺めている。
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    滝の中

    MAIKINGモブ←☔←☁遣らずの雨


    外はざあざあと雨が降り続いていて、空には厚い灰色の雲が敷き詰められている。どんよりとした世界はどこか薄暗い。雨音をBGMにして、五月雨は誰もいない講義室の窓際にひとりで座っていた。ぼんやりと気に入りの句集を読み、高い湿度でふやけた感触のページをめくる。
    長雨の隙間を縫うように家を出たのが悪かったのか、傘を忘れたことに気づいた時には既に遅く、雨足は激しさを増すばかり。売店で新しいものを買うか、いっそ濡れながら走って帰るかとも思ったが、特に急ぐ用も無いからとこうしてしばらく雨宿りするに至る。
    無人の講義室をもう少し味わいたかったのも本音だ。普段の喧騒から逃れるように雨音が外界を遮断して、心地よい空間を作り出していた。
    そうしてしばらくすると、静けさを割くように人の足音が聞こえてきた。パタパタという音が酷く浮いて感じる。その音量は徐々に増し、どうやらこちらに近づいてきてるようだった。出入口の引き戸を見つめていると、予想通り数分の間もなくカラカラと控えめな音を立ててそれは開かれた。
    「おや」
    顔を出したのは白髪混じりの初老の男性だった。人が残っているとは思わなかったのだろう 6025

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