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    滝の中

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    滝の中

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    世界の端っこのとあるサミ缶

    それは路地裏のゴミ山の端に転がっていた。
    なぜそんな所で見つけたかと言うと、自分もそのゴミ山のゴミと同じように地面に体を放り出していたからだ。服はもう何日着たかわからないしあちこち擦り切れてボロボロで、髪も髭も伸び放題。とにかく何か腹に入れたくてゴミ山を漁ったが、めぼしいものもなくやがて体に力が入らなくなりそのまま倒れ込んだ。もうここで終わりだろうか。最期までろくでもない人生だったな、と瞳を閉じるとくだらない思い出達が脳裏をかすめて、これが走馬灯かと自嘲気味に笑った。
    その時、コン、と耳に金属音が届いた。
    ネズミだろうかと薄く目を開けると、かすみがかった視界の中に一際存在感を放っている、ひとつの缶詰があった。こんなもの先程まであっただろうか。這いつくばったままにじり寄り、震えている手でそれを掴んだ。缶詰はあちこち錆びていて表示がうまく読み取れない。何かの──シロップ漬け、ということがどうにかしてわかる程度だ。見るからにしてかなりの月日が経っている代物のようだった。だが外側が錆びていても内側は大丈夫かもしれない。今はとにかくその缶詰に天啓のように感じ、少しでもいい、腐っててもいい、口の中に入れられれば!
    ゴミ山の中にマイナスドライバーがあったので、それを縁にあてて上から石をぶつけた。ガン、ガン、と乱暴な動作だが徐々に缶の蓋が切り開かれていく。もう少し、もう少しだ。既に尽きたはずの体力や気力が、一縷の希望に縋って底から湧き出てくるようだった。半分ほど開けたところで、ドライバーを差し込んでてこの原理でこじ開ける。
    「やった!!!…あれ、」
    中を覗き込む。それは確かにシロップ漬けだった。蓋を開けた瞬間ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。そしてその中に、人がいた。
    正しくは人のようなものだ。手のひらサイズくらいのそれは眠るように甘い海の中に揺蕩い、缶の蓋が空いたのに気づいたのかゆっくりと、小さな瞳を開いた。小粒のアメジストと目が合う。そうしてふわりと微笑んだ。
    ドキリ、と胸がひとつ高鳴った。恐る恐る"それ"を眺める。一体これは何なのだろう。不思議な装束を着てはいるが、ただ人間の縮尺を変えただけのような小人。無言で見ていると思い出したかのように腹が大きく音を立てた。正体不明のものについて考えるには脳に栄養が足りない。だが、しかし、じっとこちらを見つめるだけのそれを口に入れるのは躊躇われた。大きくため息をついてもう一度地面に体を投げ出した。こんな訳のわからないものがあったところで自分の現状はどうしようも無い。目を閉じて忍び寄る死を待つだけだ。
    その時、口になにかが口元を濡らした。
    薄く目を開けると、缶の中に居たそれが自分の口にシロップまみれの体をねじ込もうとしている。
    「おい、やめろ…やめろ。お前なんて食べる気にならない」
    ほとんど息の交じった掠れた声でそう言うと、それは1歩引いて悲しみを孕んだ表情でこちらをみた。すると缶の方に向かっていそいそとまた戻ってくる。小さな小さな手ですくい上げたシロップを、乾いた唇にかけてくる。それを何回も、何回も、頼んだ訳でもないのに繰り返した。
    その姿にどうしようもなく苦しくなった。どうして、そんな事をするんだろう。自分は震えながらぺろりと舌で唇を舐めた。すぐに口の中に甘い味が広がる。ねっとりとした、強い甘み。どこか花のような香りが鼻をぬけていく。
    これは花畑だ。幼い頃親に手を引かれて見に行った大きな花畑。紫色が美しかったのを覚えている。花々はこちらに挨拶をしてくるかのように風に乗って楽しげに咲いていた。大きく息を吸うと花の香りに包まれて、思わず笑った。足取りは軽く踊るように走る。見上げる空は青くどこまでも続いていて、鼓動が高鳴っていた。

    「…う、…ぅう」
    いつの間にか瞳から涙が流れて、地面を濡らしていく。缶の中の小人は自分の頬を撫でていた。小さな手なのにそれはとても暖かかくて、水分なんて抜けきったはずの体からどんどん溢れてくる。思わず小さな体を両手で縋るように包んだ。小人はされるがままに、包んだ両手に擦り寄ってくる。薄紫色の髪からシロップが伝って手に落ちた。悲しみを帯びた祈るような、願うような顔をしていた。どうしてそんな顔をするんだろう、自分が泣いているからだろうか。声は嗚咽に消えて声にならず、う、う、と唸ったままその体を指先で優しく撫でた。小人は驚きつつも頷いて、指先を撫で返してきた。
    何度も、何度も、それは自分を撫で続けた。それは大きな温もりとなり、シロップの甘さと花の香りに体が柔らかく包み込まれていくのを感じた。






    「おはな、ひとつください」
    店先の子供がバケツに活けていた花を指さして言った。そこから1輪抜き出してカウンターに向かう。
    「誰にあげるの?」
    「えーと、ないしょ」
    「ええ?」
    恥ずかしがる子どもの様子にくすくすと笑ってラッピングをする。どうぞ、と綺麗に包まれた花をみて子どもは顔を輝かせた。
    「ここのおはながいちばん綺麗だってきいたの、ほんとうだね」
    「ありがとう」
    「どうしてだろうね」
    「大事な人に見せてあげたいからかな」
    綺麗に咲くこの部屋の花々はどれも愛情を受けて優しく微笑みかけてくる。大事に育てた分だけ、大事な人に幸せを運ぶように願って。子どもはありがとう!と大きく礼を行って店を飛び出していった。
    店の看板をクローズに裏返してから奥に足を向ける。開かれた窓から初夏の涼しい風か入って頬を掠めていった。その先の小さな庭にラベンダーの鉢があり、その横には古ぼけた錆びた缶がひとつ置かれていた。
    「ただいま」
    そう声をかけると缶の後ろから小さな体がぴょこっと飛び出てきた。薄紫の髪はサラリと風に揺れて、アメジストの瞳は柔らかい温度を宿している。
    「おかえりなさい」
    小さいけれど、不思議と耳にハッキリと聞こえる声でそれは返事をした。
    指を差し出すと、ちょこんと小さな手を指先に置いて、花が咲いたように小人の彼は微笑んだ。
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    滝の中

    DONEくもさみとモブ土曜日の15時すぎ。ホットのオリジナルブレンド。窓際の斜めに向き合う2人席の片方に座り、読みかけの本を開く。
    中心街の端の方にあるこのカフェはわたしの行きつけになっていた。立地のせいか店内はあまり混んでおらず、洒落たジャズをBGMにゆったりとした時間が流れている。以前たまたま通りがかって試しに入ってみたところ店の雰囲気と挽きたてのコーヒーの味が気に入り、こうして決まった日に来ては本を読んだりぼうっとしたりと好きに過ごして日々のリフレッシュをしていた。

    そんないつも通りのとある日。もはや定位置となった席につきコーヒーを味わっていると、隣のテーブルに一人の男性が座った。足音がとても静かで椅子の引く音で存在に気がついたほどだ。なんとはなしにそちらに目をやる。
    ぐ、と喉が詰まった。一言で、きれいな人だった。楝色の髪が風も吹かない店内でサラリと揺れている。横顔は完璧な稜線を描いていて、手元のカップに視線を落とす切れ長の目元は涼やかだがきつい感じはしない。長い指を取っ手に添えてカフェラテを一口飲むだけでも絵になっていて、映画か何かのワンシーンのように思えた。わたしの意識は完全にその彼に向けら 4160

    滝の中

    DONE世界の端っこのとあるサミ缶それは路地裏のゴミ山の端に転がっていた。
    なぜそんな所で見つけたかと言うと、自分もそのゴミ山のゴミと同じように地面に体を放り出していたからだ。服はもう何日着たかわからないしあちこち擦り切れてボロボロで、髪も髭も伸び放題。とにかく何か腹に入れたくてゴミ山を漁ったが、めぼしいものもなくやがて体に力が入らなくなりそのまま倒れ込んだ。もうここで終わりだろうか。最期までろくでもない人生だったな、と瞳を閉じるとくだらない思い出達が脳裏をかすめて、これが走馬灯かと自嘲気味に笑った。
    その時、コン、と耳に金属音が届いた。
    ネズミだろうかと薄く目を開けると、かすみがかった視界の中に一際存在感を放っている、ひとつの缶詰があった。こんなもの先程まであっただろうか。這いつくばったままにじり寄り、震えている手でそれを掴んだ。缶詰はあちこち錆びていて表示がうまく読み取れない。何かの──シロップ漬け、ということがどうにかしてわかる程度だ。見るからにしてかなりの月日が経っている代物のようだった。だが外側が錆びていても内側は大丈夫かもしれない。今はとにかくその缶詰に天啓のように感じ、少しでもいい、腐っててもいい、口 2490

    滝の中

    MAIKINGくもさみ いのちの匂いがする。
    だだ広い本丸の畑にしゃがみこんで、村雲はそう思った。凍えるような冬を溶かしてこの本丸にも春がやってきた。遠くに望む山々も緑が生い茂り視界が徐々に色彩を持ちはじめている。風はぬるく頬を撫でるし、日差しは徐々に暖かく大地を照らしている。
    村雲にとってこの本丸で迎える初めての春だ。寒さに震える日々よりずっといい。大きく深呼吸するとつちやくさのにおいが鼻腔をくすぐる。むくむくと、新芽が土を割り地表に顔を出す音まで聞こえてくる気がした。
    この季節は何かと忙しいらしい。雑草を抜き畝を作り土壌を整えてから苗の植え付けや種をまいて…等など、説明を受けるだけで混乱するほどとにかくやることが多かった。指示通りの区画を耕し終えたところで立ち上がりひとつ大きく伸びをする。しばらく屈んでいたせいで節々が軋んだ。
    「雲くん、お疲れ様。そろそろ日が高くなってくるしちょっと休もうか」
    「桑くん」
    少し離れたところで同じように作業をしていた桑名が歩いてきた。当番であろうとなかろうと畑にいることが多い彼だが、今日は正式な用命だ。桑名はまだ土があるだけの畑を見渡してひとり満足そうに眺めている。
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    滝の中

    MAIKINGモブ←☔←☁遣らずの雨


    外はざあざあと雨が降り続いていて、空には厚い灰色の雲が敷き詰められている。どんよりとした世界はどこか薄暗い。雨音をBGMにして、五月雨は誰もいない講義室の窓際にひとりで座っていた。ぼんやりと気に入りの句集を読み、高い湿度でふやけた感触のページをめくる。
    長雨の隙間を縫うように家を出たのが悪かったのか、傘を忘れたことに気づいた時には既に遅く、雨足は激しさを増すばかり。売店で新しいものを買うか、いっそ濡れながら走って帰るかとも思ったが、特に急ぐ用も無いからとこうしてしばらく雨宿りするに至る。
    無人の講義室をもう少し味わいたかったのも本音だ。普段の喧騒から逃れるように雨音が外界を遮断して、心地よい空間を作り出していた。
    そうしてしばらくすると、静けさを割くように人の足音が聞こえてきた。パタパタという音が酷く浮いて感じる。その音量は徐々に増し、どうやらこちらに近づいてきてるようだった。出入口の引き戸を見つめていると、予想通り数分の間もなくカラカラと控えめな音を立ててそれは開かれた。
    「おや」
    顔を出したのは白髪混じりの初老の男性だった。人が残っているとは思わなかったのだろう 6025

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